第59話 馬車内軍議

 力強い速さで皇国首都の街道を駆ける6頭立ての豪華な馬車は、今朝セレマウたちが法話のために乗ってきた法皇専用の馬車であった。首都から出立しようと進む、金銀細工が施された大型馬車を目にした街道沿いを歩いていた者たちが皆、片膝をつき頭を垂れる。それほどまでに豪奢な馬車だった。

 御者台に座るのはナナキとルー。ある程度体力が回復したのか、二人がかりで6頭もの馬たちを操っているようだ。

 馬車内の座席にはゼロとアーファ、セレマウとユフィが並んで座り、座席中央に置かれたテーブルに地図を広げて今後の確認が行われていた。大陸全土が描かれた地図にいくつかピンを指しながら、4人は話し合っているようだ。


「女王、東部の反乱に心当たりは?」

「信じたくはないが、反乱鎮圧にゲルプリッターが動くということは、規模は数万を超えるのだろう。東部でそんな反乱が出来るとすれば、東部を治めるウェブモート公爵家くらいなものだ。……王国を守る七騎士団の者が反乱に加担するなど信じたくはないがな」


 自嘲気味に予想するアーファの胸中は複雑だった。東部に怪しい動きがある、との話はしばしば諜報部から伝えられていた。だからこそ、そのための牽制として病気療養を具申してきたグリューンリッター団長のクウェイラート・ウェブモートを東部の生家にて療養することを許可したのだ。

 王国七騎士団の騎士団長たちはアーファが女王になった際、改めてアーファから直接叙勲を授かった者たちだ。自らが叙勲した者が、騎士の誓いに背くなど思いたくないアーファは今回の反乱はクウェイラートの父であるウェブモート家当主であるウェブモート公爵の蜂起であると思い込んでいた。

 だが、グリューンリッター団長であるクウェイラートはリトゥルム王国における最強の魔法使いである。王都を含む王国中北部の次に人口や軍事力を備えた東部で大規模な反乱を起こすなど、一定の力を示す者がいなければ実現は難しいだろう。

 それ故心のどこかで、クウェイラートも反乱に加担しているのでは、という思いも拭えなかった。拭えない、というより、きっとそうなのだろうなという諦めも感じてしまっている。


「シュヴァイン団長が直々に出陣してるってことは、相当数の兵を動員してるってことっすもんね。そうなると、このタイミングで皇国軍の侵攻を受けるのはまずいっすね」

「ゲルプリッターって、最大人数の騎士団だっけ?」

「ああ。総兵力2万5千の王国最大の騎士団だよ」


 自然な口調で問いかけるユフィに、ゼロも自然体で答える。二人の心境に何か変化があったのか、昨日までのように顔を紅潮させる様子は見られない。


「東部の最大兵数は2万。進軍する皇国軍は精鋭込みの1万。王都の全騎士団をもってしても、両面での戦いは厳しいだろうな」

「王都以外からは兵は出せないのか?」


 芳しくない状況予測の中で、セレマウも軍議に参加する。戦場を知らぬ彼女だが、何か自分にはできないかと彼女なりに考えを巡らせる。


「東部に対し南部のグレムディア公爵が派兵してくれておればよいが、王国南部は中立都市同盟との国境を抱え、常にかの同盟を警戒しているからな……。リッテンブルグ公爵ならば派兵要請は出しているだろうが、どれほどの早さで動けるか……。そう簡単には動けまい」


 アーファの顔には不安の色が浮かぶ。冷静に分析すればするほど、状況は悪い。一刻も早く行軍する皇国軍に追いつき、行軍を止めなければ待つのは惨劇だ。

 自分の国の軍なのに、自分の意思と真逆の行動を取っている事実がセレマウの胸を締め付ける。


「法皇よ、どこの国にも野心溢れる者はおるものだ。貴女が気に病むことではない」


 法皇モードの顔つきに陰りを見せるセレマウの様子を気にしたのか、アーファが苦笑を浮かべて彼女を慰める。アーファの方が1歳年下で、法皇モードのセレマウは大人っぽく見えるのだが、立ち振る舞いではアーファに王の貫禄で軍配が上がるようだ。

 アーファの気持ちを察したセレマウは、はっとした顔を浮かべ不安そうな顔を振り払う。


「セレマウだ。法皇セルナス・ホーヴェルレッセンとは長きに渡り受け継がれし名だが、私の名はセレマウ。貴女にはそう呼んでいただきたい」

「わかった。では私のこともアーファと呼んでくれ。貴女とよき関係を築けることを期待するよ、セレマウ」


 密かに行われた馬車内での国家首脳会談で、二人はお互いを名前で呼び合うことを確認し握手を交わす。常識的に考えれば有りえない事態ではあるが、まだ14歳と15歳の少女同士であるというのも事実なのだ。甘い考えだと世界に期待することを諦めた大人は笑うかもしれないが、二人の表情は真剣そのものだった。

 美しき友情が結ばれた瞬間でもあったのだが、その光景に驚いていたのはユフィだった。

 先ほどからずっと法皇モードを継続させていることも驚きだが、セレマウが自ら本名を名乗ることなど、今までなかったのだ。流石に素の状態を見せるわけではないが、彼女なりにアーファ・リトゥルムを信用したのだろう。


「今朝に軍勢が出発したとしても、1万の大軍勢なら行軍に時間はかかるだろうし、砦への攻撃開始は早くても明日の夕刻前頃のはず。この速度で俺らが進めば、明日の日暮れ頃には追いつけるだろうし、戦闘開始数時間なら、砦はまだ落とされないはずっす」


 地図を見る目線を王国と皇国の国境付近に動かし、皇国軍の動きをゼロが予測する。王国側も反乱鎮圧に意識を奪われつつも、諜報部は皇国国境の動きを見逃してはいないはずだ。防衛都市に大部隊が編制されている動きを掴み、既に王都へ報告しているだろう。

 そう信じているからこそ、アーファやセレマウと異なりゼロに慌てた様子はない。物理的な距離には誰も逆らえないのだから。


「防衛砦に常駐している兵数は?」

「いや、流石にそれは国家機密――」

「3000だ」


 ユフィの問いに答えをはぐらかそうとしたゼロだったが、代わりにアーファが答える。国家機密といえ、彼女が口にすることは誰にも止められない。冷静に分析していたゼロも予想外のアーファの発言に苦笑いだった。


「部隊の移動は無理でも、早馬を飛ばせば王都から1日半で砦にはたどり着けるだろうから、おそらく父さんが砦側に向かってるんじゃないっすかね」


 ユフィとセレマウを完全に味方と扱うアーファの振る舞いに、ゼロも包み隠さず王国側の動きを予想する。

 王国王都を守る王国七騎士団は全騎士団合わせて総勢3万名ほどだが、大規模な戦闘が可能な騎士団は三騎士団に限られるのが実情だ。現在東部の反乱鎮圧に向かっているという総勢2万5千名の騎士が所属するゲルプリッター、ルーも所属する総勢3000名ほどのグリューンリッター、ベテラン騎士たちが所属する総勢2000名ほどのロートリッターがその騎士団に当たり、アリオーシュ家の者たちが騎士団長を務めるシュヴァルツリッター、ヴァイスリッター、ブラウリッター、そして近衛騎士団であるリラリッターの四騎士団はどこも50名にも満たない人員で構成されている。

 国境を警備する防衛砦の主力は王国七騎士団に属さない国境警備隊だが、防衛砦には指揮官としてシュヴァルツリッターの数名が常駐しており、彼らの指揮の下、国境警備隊は動く手はずとなっている。


 自分の部下が砦を守っているからこそ、有事とあればシュヴァルツリッター団長である父が来るのだろうというのが、ゼロの考えだった。


「砦にはグレイさんがいるし、父さんが最速で来れれば到着は戦闘開始にギリギリ間に合うかどうかのはず」


 ゼロが口にしたグレイとは、ロートリッター団長グロス・アルウェイの息子であり、現在はシュヴァルツリッターにその身を置く、王国の盾と称される防衛砦の指揮官を務めるグレイ・アルウェイのことだ。父を筆頭とするゼロがまだ敵わないと一目置いている騎士であり、アルウェイ家の長兄ではないが次期ロートリッター団長に彼を推す声も多い強者である。


「順調にいけば、国境戦での被害は最小限に抑えられるか」


 ゼロの予想にアーファが相槌を打つ。


「そうっすね。で、法皇様とユフィは急いで皇国軍に停戦を呼びかけ、陛下と俺らは停戦を見届けたらそのまま王都に戻って、東部の反乱に対応できればベストっすね」


 テーブルの上の地図を見ながら自分たちの動きと、皇国軍、王国軍、反乱軍の動きを想像しつつ、ゼロが取るべき行動を見据える。今起きている状況を鎮め、アーファとセレマウの望みを叶えるにはそれが最短ルートだろう。

 ゼロの言葉に3人が頷く。

 あくまで予測の上で全てが順調にいけばというかなり分の悪い賭けだが、今はそれを信じるしかない。


 一行を乗せた馬車は首都の門を抜け、防衛都市へと続く街道を勢いよく進んでいく。

 澄み切った青空の下、セレマウは窓から空を眺める。

 明日の夜まで、長い旅路は始まったばかりであった。

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