第56話 大司教近衛騎士団長
ナターシャ家の長男として生まれたシックスは、両親の期待を一身に受けセルナス皇国の最高軍事顧問を務める父エドガー・ナターシャの後継となるべく、幼い頃より厳しい訓練を乗り越えてきた。貴族に生まれた者とは思えないほど、その訓練は過酷だった。
彼が生まれてから7年後、妹が生まれた。母に似た非常に可愛らしい妹をシックスも可愛がっていたが、彼女が成長するに従って理解してしまった事実は、シックスを苦しめ続けてきた。
魔力を計測する魔道具で平民たちの魔力を測った数値を1としたとき、皇国魔導団に所属する魔導師の魔力量は平民の20倍ほどが平均であり、50倍もあればエリートとして幹部にも抜擢されるレベルとなる。だがセルナス皇国を支えるナターシャ家は歴史の中で魔力の高い貴族家の者との婚姻を繰り返した結果、高魔力の一族として知られるようになった。例にもれず、シックスは常人の300倍近い魔力を有するエリートであり、それだけでも実は父であるエドガーよりも高い魔力量を誇っていた。
だが、何がどうなったかユフィの魔力を計測した時、示された数値は常人の1000倍超と計測器を振り切ったのである。規格外の魔力を持つシックスの3倍以上にも及ぶ、世界に類を見ない高い魔力を持つ妹。魔力に愛された妹。
ユフィの魔力を知った者たちは、彼女こそ皇国の救世主だとまだ幼いユフィへ期待をかけ始めた。そんな一部の者たちの思惑には乗らず、エドガーの計らいによりユフィは伸び伸びと育てられたが、好奇心旺盛なユフィが魔法に興味を持つと、成長はあっという間だった。
魔法の習得の早さ、応用力、威力の高さ、どれをとっても幼いユフィはシックスを遥かに凌いでいた。
戦闘序盤にユフィが放った雷撃魔法が全力であったのならば、シックスはその瞬間に破れていただろう。ユフィはシックスを強者だと思い込んでいるが、シックスからすればユフィに本気を出されたらその場で自分は負けていた戦いだったのだ。
ゼロが「俺に任せろ」と一対一の形式を持ちかけた際は、内心安堵したものである。
ナターシャ家の者に求められるのは武力であり、有りえない魔力を備えたユフィに取って代わられ、いつか自分は不要とされるのではないか、そんな恐怖がシックスには常にあった。
それ故彼は常に強くあろうと、鍛錬を欠かした日はない。
負けることは自分の存在価値を失うこと。そう思い込み、努力を重ねてきた。
戦場で味方が死のうと、友が死のうと、立ち止まらずに強さを求めてきた。
シックスのエンダンシーであるヴァルクも、通常のブロードソード程度の大きさだったのが、シックスに応えるように大剣の形を成すようになり、強くなっていった。
シックス・ナターシャは、自分が自分であるために勝たねばならない。
そんな枷を自分に科していたのだ。
だが、平常心を失った者が負ける。それが戦場というものだ。
今この場で有りえない速度で成長したゼロの魔力を抑えきれず、ついにシックスの手から大剣が零れ落ちる。巨大すぎる魔力の激突に、シックスの身体が耐え切れなくなったのだ。
『シックス様!』
手から離れる瞬間、ヴァルクの焦ったような声が聞こえた気がした。
「ぐっ……!」
制御し切れない魔力は、時として自身の中を逆流する。ゼロの攻撃を防ぐため、想定以上の魔力を消費したシックスは、自身の多すぎる魔力を制御しきれず、全身に激痛が駆け巡った。
両ひざが崩れ落ち、手も動かせずシックスが地に伏せる。
ほんの数分前まで勝利は揺るぎないと思っていたのに、この現実が彼には信じられなかった。だが、全身のどこにも力が入らないのも現実だ。
――俺は……負けたのか……。そうか、死ぬのか……。
今自分を倒した少年は敵国の騎士なのだ。自分は彼の仲間を傷つけ、彼の主君を危険に晒した。殺されても文句は言えないだろう。
「っしゃあ!」
だが、どんなに待ってもシックスに終わりの時は訪れなかった。
むしろ聞こえてきたのは、誰かが倒れるような音。
シックスを倒したゼロが、仰向けにその場に倒れたのだ。
「「ゼロ!!」」
アーファとユフィが彼へ駆け寄る。ゼロの勝利を喜ぶよりも、彼を心配する不安気な表情を浮かべ、二人の美少女がゼロの顔を覗き込む。
「ちょっと、休憩……」
シックスに勝利したゼロの表情には喜びと安堵の色が浮かぶ。その表情に二人の不安が消え去り、ほっと胸を撫で下ろす。
魔力を制御して戦うように教わっていたゼロが勝てたのは、シックスがゼロの魔力が脅威でないと教えてくれたからだ。短距離走をするかのごとく、今この瞬間に全魔力を放出せんと戦ったからこそ、シックス・ナターシャという強敵を撃破できた。
数対数で行われる戦場でこんな戦いをすれば、すぐさま燃料切れとなり命がなくなるだろう。相手がシックス一人だからこそ出来た戦い方でもあった。
おそらくウォービルがゼロに教えたのは戦場での戦い方であり、一騎打ちではなかったのだろう。部下たちの指揮を執る騎士団長としてであれば、こんな戦い方は許されない。
だが、こんな戦い方も時には必要であることをゼロは今学んだ。
自分の強さが増した実感に、尋常ならざる疲労感を身体に覚えつつも、ゼロの心には昂揚感が募っていた。
「よくやった……!」
ゼロの頭を自身の膝にのせ、ゼロの頭を撫でるアーファの目に段々と涙が浮かぶ。呼吸は大分安定してきたが、まだ意識を取り戻さないルーに加え、ゼロまでも倒れたらと押し殺していた緊張と不安が弾け、アーファは感情を抑えきれなくなっていた。
そばに立つユフィはその光景を少しだけ羨ましそうに眺めていた。
「……何故殺さない?」
ぼろぼろになりながらも勝利を収めたゼロへ、同じくぼろぼろの状態で倒れ伏せたシックスの弱々しい声が届く。その声にはっと警戒したアーファだったが、シックスに起きる気配はない。
「殺す必要あるかい?」
「……俺はお前を殺す気だったぞ?」
「それがあんたの立場なら、しょうがないだろ。俺が死んでたら、俺が弱かっただけの話だ」
ゆっくりだが上体を起こしたゼロは、立ち上がろうと身体に力をいれるも極度の疲労によろめいてしまう。よろめいたゼロをぱっと支えたのは、そばに立っていたユフィだった。
「さんきゅ」
肩を貸してくれたユフィにゼロの笑顔が炸裂すると、ユフィの顔は一気に赤くなった。今度はその光景にアーファが赤くなった目を少しだけ不機嫌にさせる。
ユフィの肩を借りたまま、ゼロはゆっくりとしたペースでシックスのそばに移動する。
「俺とあんたは敵同士だったが、うちの陛下とそちらの法皇様は志を同じくする約束を交わした。なら俺にとって、ユフィはもう仲間だ。あんたユフィの兄貴だろ? 家族が死んだら、誰もが悲しい。仲間の悲しむ顔は見たくないもんだろ?」
うつ伏せになりながら顔だけ横を向いたシックスを見下ろしつつ、得意のスマイルを披露するゼロ。状況からしたら明らかに嫌味だが、それを感じさせない爽やかさがそのスマイルには込められていた。
ゼロの言葉にシックスは苦笑いを浮かべ、ユフィは嬉しさを隠しきれず耳まで赤くしていた。
「シックスよ、コライテッド公爵はどこにいる?」
そんなユフィの様子を無視するように、凛とした声が一同の耳に響く。法皇モードに切り替わったセレマウもシックスのそばへとやってきていた。先ほどまでルーとナナキが倒れていた方を見れば、彼らも意識を取戻し、上体を起こせるまで回復しているようだった。
「……この場を私に託し、父上の軍勢を追いかけに行かれました」
自分の意思も抱きつつ、大半はコライテッド公爵からの指示に従っていたシックスも、本来従うべき相手に嘘はつけない。
「なんだと!? くそ、このままでは全面戦争だぞ……!」
「止めなきゃ!」
シックスの言葉に焦りを見せるアーファとユフィ。
「ユフィ、一番速い馬と、馬車を用意してくれる? 急いで追いかけよう」
何か覚悟を決めたセレマウの指示にユフィが冷静さを取戻し、頷いて見せる。
「お父様ならわかってくれるはず……!」
「私たちも共に行ってよいか?」
セレマウとユフィを見比べ、赤くなった目に決意を宿しアーファが尋ねる。
「もちろん、共に行こう」
アーファの目を見て頷くセレマウ。窮地を潜り抜けた二人の間には、いつの間にか信頼関係が築かれているようだ。
「公爵の思い通りにはさせない。この国は、私の国だ……!」
いつの間に彼女はこんなにも偉大になったのだろうか、頼もしさと、少しだけの寂しさをユフィは覚えるも、それを顔に出したりはしない。
セレマウの目指す世界を手伝う、ユフィはそう決めたのだ。
まだ弱ったままのナナキにセレマウが、ルーにアーファが肩を貸し、6人は戦場となった路地裏を後にする。
未だに立ち上がれないシックスは、敵国だったはずの彼らが共に歩んでいる光景に、間違っていたのは自分だったかもしれないと感じ始めていた。
自分の立場を守ることに執着し、大切なことを見落としていたのは自分だったのだろう。
悔しいが、自分は負けるべくして負けたのだろうなと理解する。
清々しい表情で地に伏せるシックスへ、ゼロへ肩を貸すユフィが一度振り返る。彼女に合わせてゼロもシックスへ視線を送った。
「もしお兄ちゃんがゼロを殺してたら、私一生お兄ちゃんと口きかなかったからね!」
可愛らしい妹から告げられた言葉に、穏やかな気持ちになっていたシックスの表情が凍りつく。
彼と同じく妹を持つゼロは、そんなこと言われたら生きていけないなと、シックスに同情しつつ、再び法話の行われた始まりの広場の方へと移動するのだった。
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