第55話 限界を超えて
ゼロの指示を受けたユフィは自分にできる精一杯を行っていた。
幸いにもナナキも、女王の従者の黒髪の少年も死んではいない。かなりのダメージを負っているようだが、気を失っているだけのようだ。むしろ、気を失ったことでシックスの追撃を受けなかったのだろう。
二人に出来る限りの身体強化魔法を施し、回復を促したユフィはセレマウのそばに移動し、兄と相対する黒髪の少年を見つめていた。
シックスは強い。兄と手合わせをしたことはないが、ユフィが一対一で戦ったとして、百回戦って百回負ける自信が彼女にはあった。戦っても勝てない恐怖と、セレマウのためとはいえ血を分けた肉親と戦う恐怖。二つの恐怖を覚えていたユフィにとって、ゼロの申し出はありがたかった。
まさか芸術都市で出会ったとてつもなくカッコいいと思っていた少年があの仮面男だと知った時は驚いたが、心が躍ったのは紛れもない事実だ。何度も戦ったからこそ分かる。彼は信用に値する男だ。初めて出会ったあの日から約1年、ずっと彼を倒すことを考え続けていたのは、彼が戦いたいと思わせる相手だったからだ。敵なのに、なぜか戦うのが楽しい、不思議な存在だが、彼の強さは間違いない。
ゼロならば兄を倒してくれるのではないか、セレマウの願いを叶えてくれるのではないか、そんな予感がユフィの胸に沸き上がっていた。
だが、目の前で繰り広げる戦いは、ゼロが明らかに押されていた。あんなに強い彼でも、兄には敵わないのかと心が折れそうになる。
「あの人を、死なせちゃダメだよ……!」
「え?」
「あの人は、必要な人だから。絶対に、死なせちゃダメだよ!」
ユフィの隣で怯えた表情で戦いを見守るセレマウが、震えた声でユフィにそう告げる。
その言葉の直後、シックスの振るう白刃が、今まさにゼロに止めを刺さんとしている。
迷いのない目で、ユフィはユンティを弓状に変化させ、彼女の細く美しい右手に引かれた弦を放つのだった。
シックスの白刃が、ゼロの命を奪おうと振るわれる。
ゼロ自身も死を覚悟したその時。
バァァァン!と弾けた音が響き、ゼロの命を奪うはずだった刃いつまで経っても訪れなかった。
「……お前は自分のしていることが分かっているのか?」
シックスの大剣を防いだのは、ナナキとルーの手当を終えたユフィの魔法だった。ユンティに込めた実体のない魔法の矢を放ち、シックスの大剣を弾いたのである。
「セレマウのお願いよ、最優先に決まってるじゃない!」
冷たい目で妹を見るシックスへ、ユフィは怒りを込めた視線で返す。
ゼロが死を覚悟する直前、ユフィはセレマウの思いを伝えられた。もちろん、彼女自身ゼロを殺させたくない。「俺に任せろ」とゼロは言っていたが、黙って死ぬのを見過ごすわけにはいかなかった。
「……現実を見ろ。その女を捕らえれば、人質として戦争を終わらせる交渉も出来るのだぞ?」
アーファを一瞥し、シックスはユフィへ淡々と言って聞かせようとする。
「そんなことをしても無駄だ。私が戻らぬ場合は王権をリッテンブルグ公爵に譲るように伝えてある。私の命で戦争を終わらせられるなど、リトゥルム王国を甘く見るな!」
だが、シックスの冷たい視線にも負けずアーファは立ち上がり一喝する。彼女の眼差しには、怒りとも悲しみとも取れる色が浮かんでいた。
「戦争は憎しみしか生まぬ! お前よりも若い法皇の方が、それを理解しておるぞ!」
自分では絶対に叶わぬ相手にも、アーファは怯まない。自分の意思を、自分の言葉でぶつけていく。
「女王……!」
アーファの振る舞いに、セレマウは今まで様々なことから逃げ出そうし、コライテッド公爵の言いなりになっていた自分を恥じる。誰かに何とかしてほしいと思っていた。法皇を取り繕い続け、次代の法皇候補が見つかれば早々に譲位しようと思っていた。
ユフィやナナキの思いに応えるべく抵抗を試みたが、もうどうにもできない状況に諦めを抱いていた自分を恥じる。
「……戯言を」
シックスの怒りの矛先がアーファたちへ向かったのか、絶望を運ぶ男が少女たちへ近づいてくる。
「ゼロ! いつまで休んでいるつもりだ!」
近づくシックスにアーファは怯まない。彼女の頼るべき二人の騎士は、目の前の男に敵わないかもしれない。だが、ゼロならばなんとかしてくれる、そう信じてアーファの激が飛ぶ。
「立て!!」
「任せろって言ったくせに! 休んでんじゃないわよ!」
アーファに加勢するように、ユフィの声もゼロを奮い立たせる。
「人使いの荒いことで……!」
『やるしかないわね!』
その呼び声に応えたゼロとアノンは、背中を見せるシックスへ切り掛かる。痛みが消えたわけではない。だが、一瞬でも死を覚悟した自分を、アーファの期待を、王国の期待を裏切りかけた自分を恥じる思いが痛みを上回る。
「休んでいればよかったものを!」
アノンへ込めた魔力は制御などされておらず魔力がだだ漏れしていた。その魔力の気配を察したシックスは即座に大剣へ込める魔力を増大し、迫るゼロへ振り向きざまに大剣を振り抜く。
二人の剣がぶつかり合った瞬間、バァァン!と小爆発がその場で発生した。二人の魔力がぶつかり合い、弾けたのだ。
その瞬間にシックスが僅かに顔をしかめたように見えた。
先ほどまでとは違う、違和感。
絶対的な危機的状況に、ゼロの精神は多大な負荷を抱えた。だが精神にかかる負荷が大きければ大きいほど、魔力は成長する。死を覚悟し、それを乗り越え、絶対に負けられないという思いが、今この瞬間にゼロを成長させた。
一定以上の強さを備える者たちに強くなるために一番簡単な道筋を問えば、全ての者が「強敵と戦うこと」と答えるだろう。
今この瞬間にゼロは成長した。ゼロにとって強敵たるシックスと戦う中で、訓練により無意識に制御するようになっていた魔力を“制御しない”という新たな選択肢を手に入れた瞬間だった。
「うおおおおおおお!!」
魔力を込められたアノンの黒い刃が、ゼロの魔力に応え光り輝く。
「なんだこの魔力は!?」
『シックス様! 押し込まれます!』
繰り出されるゼロの連撃に、悲鳴を上げるシックスのエンダンシー。魔力量でナターシャ家の者が負けるなどシックスには受け入れられず、理解を越えた攻撃を必死に捌き続けるしかできなかった。
「いけえ! ゼロー!!」
「負けるなぁぁぁぁ!!」
ユフィとアーファの声援が飛ぶ。止まらぬゼロの連撃にシックスの表情に焦りが浮かぶ。
「おらぁ!!!」
限界を越え込められた魔力に、アノンはその力を極限までに高める。エンダンシーにとって所有者から送られる魔力は燃料のようなものだ。ゼロの期待に応えるべく、より強く、より鋭く変化したアノンの形態は、両刃の剣から片刃の刀に変化していた。
ゼロの攻撃を捌き切れなくなり、シックスの身体に傷が増えていく。
「舐めるなぁ!!!」
だが、セルナス皇国を支える武家の次期当主としてシックスにも矜持がある。彼もまた大剣に今まで以上に魔力を込め、ゼロの刀と激突させた。
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