第54話 敵わない相手
「……愚かだな」
迷いない表情で走り抜けるユフィを見逃し、シックスが大剣を構える。既に彼の標的はゼロ一人だ。
「常識に囚われてちゃ改革はできないんだよ」
ゼロの言葉にアーファがはっとする。それはかつてアーファが語った言葉だった。
「俺は! あんたを越える!」
王家の剣たるアリオーシュ家の名を胸に、ゼロはシックスと距離を詰める。いつ動き出したか見えないほどの速さで迫るゼロの一撃も、シックスに防がれる。
ゼロの強さの最大の要因は速さである。尋常ならざる量を重ねた訓練により高められた技量もかなりのものだが、持って生まれた身体能力が他の追随を許さない。ウォービルよりもゼリレアに似て育ったため、体格は比較的小柄で、華奢にも見える体型だが、鍛えるべきところは鍛えたその身体が生み出す速さは、リトゥルム王国でも屈指のレベルを誇る。
だが、今目の前で対峙する相手はゼロの速さに対応してくるのだ。単純に考えれば、勝ち目はない。
セレマウたちへと駆け寄ったユフィは、気を失っているナナキとルーへ回復力を高めるために身体強化魔法をかけていた。シックスと戦うゼロを見つめるセレマウやアーファと異なり、ユフィはゼロの方へは視線を向けず、自分にできることを優先する。
自分の指示通りに行動してくれるユフィに安心感を覚えたゼロは、大剣の間合いの外でシックスを観察していた。俺に任せろと大見得切った以上、勝てませんではかっこ悪すぎる。
――見切られてても避けられてはいないってことは、見切れない攻撃が必要ってことか。
目の前の相手は確かに強い。だが、ゼロも自分の強さに自信を持っている。必ず攻め手はあるはずだと、ゼロは攻撃のチャンスを伺い続ける。
「そろそろこちらからも攻めさせてもらおうか」
攻撃を仕掛けてこないゼロに痺れを切らしたか、今度はシックスが射程圏内にゼロを捉え大剣を振う。体格の良いシックスが繰り出す大剣の横薙ぎの一撃は明らかに重そうで、いなしきれないと判断したゼロはバックステップで射程圏外に退避しようとする。
「うおっ!?」
だが見切っていたはずの大剣の刀身がいきなり伸び、ゼロは慌てて剣を振いシックスの一撃を相殺しようと試みる。
「軽い」
だが、回避行動中のゼロはその一撃を相殺し切れず、その威力の前に吹き飛ばされ、建物の外壁へ身体を打ちつけた。
「くっ……!」
気を失いこそしなかったものの、後頭部を壁にぶつけたせいか、少しふらついたゼロへシックスは容赦なく追撃をかける。大剣の刺突を直感的に地に転がることで回避に成功するも、シックスの大剣はゼロが身体を打ちつけた壁に刀身の三分の一ほどを突き刺していた。まともにくらっていれば、即死していただろう。
身体に無理を聞かせ、即座に立ち上がり数メートルシックスと距離を取る。
「さっき、伸びたよな?」
『そうね、ユフィがエンダンシーを使うのだから、もちろん彼もエンダンシー使いってことよね』
「厄介だな……!」
必要以上のシックスと距離を取ったゼロは、アノンと状況を確認し合う。
「離れれば安全だと思うなよ?」
どうしたものかと思案していたゼロへ、シックスの大剣が振り下ろされる。先ほどよりもさらに長くなったその一撃に対し、虚をつかれたゼロは回避が間に合わずアノンを盾に変化させることで事なきを得た。正面から大剣を受けたアノン越しに、緩和しきれなかった衝撃がゼロの右腕を痺れさせた。
「……ほお」
その変化に何を思ったか、シックスが少し驚く。
『これは珍しい』
再びアノンを剣に戻し構えるゼロは、シックスと彼の大剣から発せられた言葉に怪訝そうな顔を浮かべた。
「万能型のエンダンシーか。だがそれもお前程度の魔力では宝の持ち腐れだな」
「なんだと?」
憐みの目を向けられたゼロがむっとした表情を見せる。
「エンダンシーの強さは魔力量だ。お前の攻撃に込められた魔力には脅威を感じん」
シックスの言葉通り、エンダンシーは持ち主の魔力を介して変化する。そして込められた魔力量により攻撃の鋭さや防御力も上がる。ゼロが父から教わったのは最適な魔力の込め方だったはずだが、目の前に立つ強敵はゼロの攻撃に脅威を感じないという。
その言葉に違和感を覚えるゼロ。
「どうだ、皇国の軍門に下り女王を差し出せば、お前の命は助けてやるぞ? せっかくの万能型エンダンシーだ。失うには惜しい」
突然告げられたゼロへの内応の誘いに、アーファは不安な顔でゼロへ視線を送る。その視線にゼロが気付いたかどうかはわからないが、ゼロはふっと笑って見せた。
「主君を裏切った騎士の末路、あんたも騎士なら分かんだろ? 俺は王国七騎士団が一つブラウリッター団長ゼロ・アリオーシュ! リトゥルム王家の剣の一族の名に懸けて、そんなだせえ真似はしねえ!」
先ほどよりも速く、身体が悲鳴を上げる速さでゼロはシックスへ接近し、横薙ぎに一閃する。
「むっ!」
予期せぬ速さに対応が遅れたシックスは防御が遅れ、右のわき腹に傷を負う。致命傷ではないが、ようやく攻撃を成功させたゼロはその勢いのまま怒涛の攻撃を仕掛ける。先ほど右へ振りぬいた剣を翻し、シックスの左腰から右肩にかけての逆袈裟切り、続いて振り上げた右手を横薙ぎに一閃し首元を狙い、振り切る直前に左肩を狙った突きを繰り出す。
だが、一撃を受けたシックスは慌てることなく、ゼロの攻撃を捌き続け、最後に繰り出された突きを半身になってかわし、慣性のまま向かってくるゼロへ軍靴を履いた右足での蹴りを食らわした。
「がはっ!」
カウンターを鳩尾辺りにくらったゼロは堪らずその場で片膝をつきむせ返る。痛みの具合から、何本か肋骨が折れたかもしれない。
「終わりだ」
戦闘不能に陥ったように思えたゼロへシックスは躊躇わずに大剣を振り下ろし、どうすることもできないゼロはその刃を見つめながら、ここまでか、と死を覚悟する。自らの意思で動けないアノンは主の窮地に声なき声を上げるしかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます