少年は願いのために剣を振るう

第53話 大きな壁

「ルー! しっかりしろ!」


 ゼロとユフィが向かっている爆発音が発生した路地裏で起こっていたのは、桃色の髪の騎士が赤い髪の少女を圧倒する場面だった。

 既にやられたのか、黒い髪の少年が二人の少女の前で倒れている。


「ナナキ! 無理しないで!」


 大剣を構えるシックスと対峙するナナキは、背後にいるアーファとセレマウの間で主君を守ろうと奮戦する。

 しかし、無慈悲にもナナキの攻撃は全てが防がれた。

 アーファは倒れたルーの肩を揺さぶり起こそうとしていたが、死んでいるのか気を失っているのか、ルーが目を覚ます様子はない。


「ぐっ!」


 たった一振り。

 シックスが振るった大剣の攻撃で、ナナキの身体は数メートル吹き飛ばされ家屋の壁と激しく激突する。魔法騎士である彼女は身体強化魔法を駆使して戦うのだが、シックスの大剣の一撃の前には何もできなかった。


「ナナキ!」


 壁際に倒れたナナキへセレマウが駆け寄る。致命傷ではないように見えるも、壁と激突した衝撃で気を失ったか、ナナキも起き上がる様子はなかった。


「分を弁えぬからだ。主君を守ろうとする意思は認めるが、力無き者には何も守ることはできん」


 冷たく言い放つシックスの言葉が二人に届いたかは分からないが、アーファとセレマウは涙を堪えながらシックスを睨み付けていた。

 ルーの放った魔法はシックスの大剣の一振りで防がれた。生じた爆発も彼にダメージを与えた痕跡はない。その事実にアーファの心に絶望が広がる。


「さぁ法皇様。冷静になりましょう。長く敵としていた者たちと、そう簡単に手を組めるほど世の中は甘くありません。リトゥルム王国に敗北を与え、降伏させることでこそ戦いは終わるのです」


 二人の睨みなど全く意に介せず、シックスがセレマウへ近づき語りかける。


「リトゥルム王国女王を人質とすれば、かの国を降伏させることも容易いでしょう。迷うことはありません。法皇様は敵国の者に魔法をかけられ洗脳されていた。コライテッド公爵がそう告示すれば、それで済む話です」


 自分に力があれば、悔しさに握りしめられた拳に爪が食い込み、セレマウの手には血が滲む。絶望と悔しさから、目の端に涙が浮かび始める。


 だが次の瞬間。


「お前の常識で! 二人の思いを踏みにじらせるかよ!!」


キィン!! と甲高い音を立てて黒い刃と大剣の白刃がぶつかり合う。

 背後から迫った不意打ちを防いだシックスは、即座に間合いを取るマスクをつけた黒髪の少年に対して目を細めた。

 比較的小柄なゼロと、体格の良いシックスとではまるで大人と子どもが対峙しているようだ。


「ゼロ!」


 救世主のように現れた少年の登場に、アーファはその涙が零れそうな瞳に輝きを戻し、安堵の表情を浮かべていた。

 自身が最も信頼する少年ならばこの男を倒してくれるのではないか、そんな期待が浮かぶ。

 アーファの視線に気づき、シックスを挟んだ反対側でルーを介抱するアーファへ小さく頷いてみせる。

 そんな彼女を少しだけ羨ましそうにセレマウがアーファを見ていると。


「お兄ちゃんたちは、諦めてるだけじゃない!」

「ユフィ!」


 待望の少女の到来。

 ゼロより少し遅れて現れたユフィの登場に安堵するのはセレマウ。


「あれだけの兵を相手にしながら……流石は王国の騎士団長の一人なだけはあるか」


 ちらっとユフィを一瞥したあと、シックスは目の前で剣を構えるゼロに視線を戻す。

 ゼロの目は、怒りに満ちていた。

 だが二対一という状況にも関わらずシックスは慌てる様子もない。自分の勝利を疑っていないその振る舞いに、ゼロは無意識に冷や汗が湧き出るのを感じていた。


 アーファのために倒さなければならない相手なのだが、シックスは強いと脳が出す警告が止まらない。

 まるでウォービルを相手にしている時のように、勝てる道筋がゼロには浮かばなかった。


「世界の平和を願うことが、そんなに悪いことかよ……!」


 アーファの願いが踏みにじられようとしている事態に、その怒りを言葉にしてぶつけるゼロ。言葉を発しつつ隙を探すも、一分の隙も見当たらない事態に、内心に焦りが浮かぶ。


「何を言う。セルナス皇国による大陸統一による平和の実現。我らとて平和を願わんわけではない。その過程が違うだけだ」


 軍属となって8年、今年で23歳になるシックスは既に数多くの戦場を経験した。

 大司教の近衛騎士団長に任命されてからのここ1年は戦場に赴くことはなくなったが、8年前の要塞攻略戦にも参加するなど、あまりにも多くの兵の死を見てきたシックスにとって敵国と手を取り合うことは夢物語にしか思えなかった。

 戦争を終わらせたい、敵国とすら手を取り合うべきだ、そう語る戦友もいた。

 だが、彼らは皆死んだ。

 敵兵へ情けをかけ、命を見逃してやった者に背後から切られた者もいた。

 誰しも自分の命が大事であり、誰かを殺された恨みは簡単に消えるものではないことを、シックスは身を以て学んだのだ。

 まだ幼い少年少女たちにはそれが分からないのだろうと決め込み、シックスは淡々と彼らに現実を説く。


「人を支配するのは畏怖だ。逆らってはいけないと思わせ続け、それが常識となった時に争いはなくなる、歯向かう者は徹底的に叩き潰す。生まれも育ちも、信じるものも違う者たちをまとめ上げるには、これが平和への道筋だ」


 そう言い切ったシックスは、目の前で睨んでくる綺麗な顔立ちの少年と妹を順に見比べ、ため息をつく。


「現実を知れアリオーシュ。お前たちが進もうとする道こそ、修羅の道だぞ?」

「セレマウが選んだ道を、邪魔しないで!」

「お前もだユフィ。……大人になれ。皇国と王国は既に手を取り合える関係ではない」


 路地裏で相対するシックスから感じる威圧感は圧倒的で、少しでも気を抜けば怯みそうになる。だが自分を信じて見つめてくるアーファの姿がある限り、ゼロは諦めるわけにはいかなかった。


「人は欲望のために人を裏切る。リトゥルム王国が今まさに体現しているではないか」


 背後へ振り向きアーファに冷たい視線を投げかけるシックス。


 リトゥルム王国は先々代国王である英雄王イシュラハブの時代に、群雄割拠だったカナン大陸東部にて武を以て周辺国をまとめ上げ、国を大きくした。その後周辺国を保護するという名目で軍門に下らせ、現在の世界六大国に名乗りを上げた。

 だが今、王国東部では反乱が起きているという。現体制への反抗か、王国の乗っ取りを目指したものかは分からないが、シックスの言うとおり欲望を原動力としたものに違いはないだろう。


 反論できない事実にアーファは美しい顔を歪め、悔しそうにシックスを睨んでいた。


「何度裏切られたって! 何度傷ついたって! 私はセレマウの目指す世界を目指す!」

「うちの陛下は人の痛みを知る人だ。即位してからずっと、お前らに一度たりとも攻撃をしかけなかったのは手を取り合いたいと思っていたからだ。俺たちは陛下の目指す世界を諦めたりしない!」


 自分の思いを爆発させ、ユフィが雷撃を放ち、ゼロがシックスへ肉薄し一閃する。

 だが。


「実力なき思いは、叩き潰されるだけだ」


 二つの攻撃がシックスの大剣に阻まれる。

 冷たく言い放たれた言葉は、彼らの圧倒的な実力差を伝えるものだった。

 ゼロとユフィの強さを信じていたアーファとセレマウの表情にも陰りが浮かぶ。


「場所が悪い。ここは俺一人に任せろ」

「は!? あんた一人で勝てるわけないでしょ!」

「お前の魔法じゃ、周りの建物を壊しかねない。それに、兄妹で殺し合いさせるわけにはいかねーよ」


 圧倒的劣勢だというのにも拘らず、一人で戦うと言い出すゼロはマスクを外し、場にそぐわず不敵な笑みを浮かべていた。得意のスマイルでも、先ほどユフィに見せた自然な笑顔でもない、野性を感じさせる笑み。


「お前は陛下たちを守ってやってくれ」


 黒剣形態のアノンを構え直し、シックスと対峙するゼロにユフィは不満そうな表情を浮かべ。


「……ユフィ。“お前”じゃない、ユフィって呼んで」


 不服そうにそう告げる。これが彼女なりの譲歩のようだ。

 こんな時なのにこの女は、と思いつつもゼロもなぜか悪い気はしなかった。


「陛下たちを頼んだぞユフィ!」


 自然とその言葉が口からこぼれる。


「しょうがないわね! お兄ちゃんの相手はゼロに任せるからね!」


 ユフィの要望通り、自然な笑顔で彼女の名を呼ぶゼロにユフィは満足気に答えた後、シックスの脇を走り抜けセレマウたちの方へ駆け寄る。

 戦場で敵対していた二人だったはずなのだが、お互いを信頼し合う二人の姿を見て、アーファとセレマウは彼らこそ理想の未来そのものだと感じていた。


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