第52話 二人無双
「魔法使いたちを任せられるか?」
演台を飛び下りた二人の背後には演台の壁。
そして前方からは左右よりじりじりと迫ってくる騎士たち。
騎士たちの背後にも数えきれないほどの皇国魔導団の魔法使いたち。
二人に退路などすでにない。
安心するべくは、既に非難を終えたか、法話に参加していた平民や貴族たちの姿の大半は消え失せていることか。
ゼロは剣を構える皇国騎士十名の動きを見定めながら、隣に立つユフィへ尋ねる。
「愚問ね。あいつらがどんな魔法を撃ってきたって、私には敵わないわ」
強気に答えるユフィの頼もしい言葉に、ゼロは不敵にも笑みを浮かべる。彼女の魔力がとんでもないことは身を以て経験済みだ。その言葉に嘘はないと確信する。
「私の弓じゃ騎士たちは分が悪いから、あんたにそっちは任せてあげる」
「まかせろっ!」
ゼロは答えると同時に前方へ駆け出し、黒剣状態のアノンに魔力を込め、刀身を伸ばし一閃。突如射程範囲が伸びたゼロの攻撃に、二人の騎士が切り裂かれ地に伏せる。
しかし仲間が倒れたことにも一切怯まず、左右から皇国騎士がゼロへ迫る。振り下ろされる剣をバックステップで避け、着地と同時に再び一閃。攻撃直後の隙を突かれた騎士二人を一刀で切り伏せる。
あっという間に4人がやられた状況に困惑したのか、皇国騎士はゼロに近づかず、彼を囲むように移動を始める。
膠着しかけた状況の中、ゼロとユフィから10メートル以上離れた距離にいる皇国魔導団たちが魔法詠唱を始めたことに気付かないユフィではなかった。
「数が多けりゃいいってもんじゃないのよ!」
ユフィが矢を構えずに長弓の弦だけを引き放つと、その動作をきっかけにまるで矢が降り注ぐように雷が皇国魔導団たちを襲う。
通常複数人で放つ広範囲攻撃魔法をたった一人で行うことができるユフィの規格外の魔力の前に、一気に3割ほどの魔法使いたちが倒れ伏せた。
広場に敷かれていたカーペットも一部が雷を受け煙とともに焼け焦げる匂いが広まっていく。
そしてユフィの魔法に思わずゼロから視線を外した騎士が隙を突かれ、また一人、二人とゼロの剣の前に倒れていく。
ゼロはユフィの強さを知っているし、ユフィはゼロの強さを知っている。
仮面とマスクをつけて戦っていたため、顔を合わせるのは今日が初めてなのだが、お互いの強さを信頼した連携は見事だった。
射程範囲外から攻撃してくる魔法使いの相手をしなくていいゼロと、詠唱の邪魔をする騎士たちの相手をしなくていいユフィは抜群のコンビネーションで一気に敵兵を減らしていく。
たった二人が400名以上を相手に戦って勝つなど、誰が思うだろうか。
そして。
皇国の精鋭たちがエドガー率いる遠征軍に参加していることもあっただろうが、エンダンシーを駆使し戦う少年少女の前に、決着はものの十数分でついてしまった。
「し、信じられん……」
気持ちだけで身体を這わせて移動し、演台に背を預けながら二人の戦いを眺めていたアーデンは信じられない二人の強さに、痛みを忘れかけていた。
「相変わらずでたらめな強さだな」
ちらっとマスクを外し、ニッと白い歯を見せてゼロはユフィへ笑顔を見せる。それは意図して作られたスマイルではない、自然な笑顔だった。
「あ、あんたこそ普通じゃないわよっ」
僅かに頬を赤くしながら、ユフィも乱暴にゼロを賞賛する。敵としてはあまりにも厄介な相手だが、味方になるとこれほどに頼もしいのかと二人はお互いに思い合う。
勝利の余韻に浸りつつ、二人は顔を見合わせ言葉を交わしていた。
――あ、ピアス、左耳だけにつけてるんだ……。
そんな時、変わらず笑顔を向けるゼロの左耳にユフィの視線が止まる。それはゼロが防衛都市を散策していた時に露天商から買ったペアのピアスの片割れだが、左耳だけに付けられていることの意味を推測したユフィは急速に冷静になる自分を感じていた。
――これだけカッコいいんだし、貴族なんだし、そりゃ恋人くらいいるわよね……。
一瞬前まで浮かれていた自分が恨めしい。
急に自分が惨めに思えて、ユフィは無意識に目線を落とす。
「ん? どうし――」
ユフィの変化にゼロが聞き返した瞬間、演台を挟んで反対側から爆発音が響く。
その方向はルーとナナキが、アーファとセレマウを連れて避難した市街地の方向だった。
「いくぞ!」
何かが起きたことは間違いない。すぐさま音のした方向へ駆け出すゼロに、気持ちを切り替えたユフィも続く。
元々敵国の相手なのだ。無理やりに心を納得させ、今はセレマウのことだけに集中しろと、疾走する彼女は自分に言い聞かせていた。
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