第43話 皇国首都は本日も平和です

 心地よい晴天の下、大通りを行きかう人々は穏やかな表情を浮かべていた。

 黄色の法衣を着た者たちも多く見受けられることから、ある程度裕福な平民階級も貴族街に自由に出入りができるようだ。

 一定間隔で軽鎧を着た者が立っており、彼らが治安維持を行う皇国兵なのだろう。


 門を抜けクラックス家へと向かう途中、平民街区には露店商も見受けられたが、貴族街の商店は皆店舗を構えているようで、貴族街は落ち着いた賑わい、と表現するのが適切かもしれない。


「あの頂上に、法皇様がいらっしゃるのですか?」


 街中での会話は誰に聞かれるかわかったものではない。これまで同様アーファはアーデンの娘として振る舞いつつ、大通りの先に見える巨大な塔を見つめながら問う。


「頂上は託宣の間とされ、カナン神をお招きする場所と言われているよ。1階は礼拝堂になっていて、塔の2階以上に謁見の間や執務室、塔に務める司祭や大司教様、法皇様のお住まいがあるんだよ」


 自分の部屋がもしあの塔の最上階だとしたら、と考えると気が滅入りそうだったが、流石にそんなことはないのだなとゼロもアーデンの説明に聞き入っていた。

 風魔法を組み込んだ魔道具で一気に上階まで運んでくれるような開発も進んでいるのだが、まだ安全面で実用段階には至っていないらしい。


「塔の両側にある大きなお屋敷は?」


 塔の西側には白い外壁が目立つ巨大な屋敷、東側にはクラックス家の5倍はありそうな巨大な屋敷があり、明らかに上位存在が住んでいることを思わせる。


「白い方はもちろんナターシャ公爵家だよ。反対側にあるのは皇国の政務を司るコライテッド公爵家。両家とも皇国を支える大貴族様さ」


 ナターシャ家が白を好む、とはこの旅の中で聞いていた話で予想通りだったが、コライテッド公爵家も名の通った大貴族だったことをアーファは思い出す。

 武のナターシャ、政のコライテッドと皇国を支える二大巨頭であり、その名は大陸中が知る名だ。


「当代のナターシャ家は歴代最強時代とも言われていてね、当主の皇国軍最高軍事顧問のエドガー殿を筆頭に、大司教様の近衛騎士団長を務めるご子息のシックス殿も皇国上位の騎士として有名だし、ご息女のユフィ殿は傾国の美女と名高いが、それと同等に史上最高峰の魔力量を誇るとされる大魔法使いでね、法皇様のお世話役兼直属の警護役も担っているというよ」

「そうなのですね」


 水の都と芸術都市とで何度か会ってはいるのだが、その顔をちゃんと見れていないアーファはいまいちぴんとこない様子であったが、ゼロはあの少女の名がユフィという情報をしかと胸に刻み込んでいた。

 だがそこまでの実力者であったとは、驚きだ。

 また会いたいと思っていたが、そう簡単に会える存在ではないことを自覚したゼロの胸中に僅かに寂しさが生まれる。


「ファラ様、魔道具のお店がありますよ」


 車いすを押すゼロの隣を歩いていたルーが見つけたのは、大通り沿いからでも中が見えるようになったガラスばりの魔道具店だ。

 店舗の大きさからも防衛都市で見たものとは比べものにならない規模の店だった。


「寄ってもよろしいですか?」

「ああ、行こう」


 娘のおねだりを聞く父を演じるアーデンだが、彼女の希望は最上位の命令に値するのは言うまでもない。


 店内には灯りを点す燭台なのは見受けられず、天井に白くて丸い発光体がついていた。よく見れば表面に魔導式が刻まれており、商品の実演販売も兼ねているようだ。

 魔力を流すと貯めた水が温められる仕組みの浴槽型の魔道具や、風を送ることで涼を与える魔道具など、設置型の高級魔道具が多く展示されており、立ち寄っている客は多くないようだった。

 一際大きな浴槽型のもので、縁に銀細工が施されたものなどは金貨100枚などという値段が付けられている。他にも高級そうなものが多く、平民たちには一生手の届かない値札があちこちに並んでいた。


「平和を約束できれば、ぜひ輸入したいものだ……」

「ちょ、ちょっと高くないっすかね……」


 アリオーシュ家の収入であれば買えない値段ではないが、ぼそっと呟くアーファの声をゼロは聞き洩らさなかった。


「あ、こんなんどうっすか?」


 何かを見つけたゼロが商品をうっとりと眺めるアーファを移動させたのは、玩具の魔道具コーナーだった。


「ほら、これとか面白そうっすよ?」

「おい」


 ゼロがアーファに手渡したのは、魔力を込めると銃口から水が噴き出す水鉄砲型の魔道具だった。


「つめたっ」


 思わず素が出たアーファは笑顔浮かべたまま銃口をゼロに向け、魔力を込める。思ったよりも冷たい水を当てられたゼロが悲鳴を上げる。

 そのやり取りを眺めていた店主の咳払いで我に返ったアーファたちは謝罪の意も込めてその玩具の魔道具を購入し、店を後にするのだった。


「これ、改良すれば武器に転用できるんじゃないですかね」


 先ほどの射出力を思い浮かべ、購入した魔道具を眺めるルーが意見を述べる。


「帰ったら、色々実験してみるといい」


 ゼロに子ども扱いされたせいで、アーファはご機嫌ななめになったまま。普段なら興味をそそられるはずの内容にも今日は食いつかない。


「威力の実験には、ゼロを使うのだぞ」


 やはり普段と違う自分を演じるのは疲れるのか、周囲に人がいないときは素の状態に戻るアーファ。彼女の言葉にゼロが繰り返し謝罪を続けているのが滑稽だった。

 防衛都市で魔道具を購入した時といい、魔道具とゼロはつくづく相性が悪いようだ。


「あ、お嬢、宝石店がありますよっ」


 何とかアーファの機嫌を取り戻そうと必死なゼロが活路を見出したのは銀細工が施された扉をしつらえた宝飾品店だった。

 足早に車いすを押し、見るからに高級そうなその店舗へアーファを連れて行くゼロ。


「光物で気を引こうって……」

「ちょっと短絡的ですな……」


 その様子にルーとアーデンは苦笑いを浮かべつつ、二人は先に店に入って行ったアーファたちを追いかける。

 銀細工の施された扉の先の店内には、ガラスのショーケースに飾られた宝飾品が並んでいた。この店も魔道具の照明で照らされているのか、広い店内も隅々まで明るく照らされている。

 ゼロの思惑に乗りたくはないアーファだったが、目の前に並ぶ美しいアクセサリーたちに罪はなく、その美しさに目を奪われる。


「あら、こんなところでお会いできるとは、奇遇ですねっ」


 先客だったのだろうか、聞きなれない声が二人の耳に届く。


――ん? どこかで聞いたことがあるような……?


 声のした方へ視線を向けると、そこには紫色の法衣を纏った桃色の髪の美少女と赤い髪の黒の法衣を纏った美少女が微笑みを浮かべて立っていた。二人の奥にはショーケースを眺める薄緑の法衣を着た黒髪の少女もおり、水の都と芸術都市で出会った3人組に違いなかった。


「まあっ。またお会いできて光栄です。アーデン・クラックス子爵の娘のファラ・クラックスです。芸術都市ではお心遣い頂いたのにお礼もできず、改めてお礼をしたいとずっと思っておりました」


 先ほどまで浮かべていた不機嫌そうな表情はどこへやら、嬉しそうな笑みを浮かべたアーファは二人の美少女を交互に眺めつつ、頭を下げて礼をする。

 ユフィの美しさに思わず見とれたままになっていたゼロもアーファの礼を見て慌てて深く礼をする。


「無事観劇できたようで、何よりです。私はナナキ・ミュラー。ミュラー子爵家の者です。お約束通り名乗ることができてよかった」


 あの日の嬉しそうな笑みを浮かべていたアーファが、今日も自分たちと会えたことで嬉しく思ってくれているのが微笑ましいのだろう。

 桃色の髪の少女の隣に立つ赤い髪の少女は穏やかな口調でアーファたちへ名を名乗ってくれた。


「お若いのに自由な足をもたぬとは……お可哀想に」

「お優しい御心感謝致します。これは生まれつきですので、お気になさらないでくださいませ」


 遅れて店内に入ってきたアーデンたちも、アーファが紫色の法衣の美少女と話しているのに気づき、驚いたようにまずは一礼をする。


「明日は法皇様の法話をお聞きにいらしたのですか?」


 同情の色を浮かべつつ、桃色の髪の少女がアーファへ問いかける。赤い髪の少女、ナナキが名乗ったのに対し自らは名乗らないということが、彼女の身分の高さを知らしめていた。

 彼女こそがナターシャ公爵家の令嬢、ユフィ・ナターシャなのだとリトゥルム王国の3人は確信する。

 噂通りの美しさに、同性のアーファも心を奪われかけたほどだった。


「はい。普段は東部にて療養しているのですが、法皇様の法話に合わせ、二十日ほど前から見聞を広めるために各地を巡らせていただいておりました。明日の法話、本当に楽しみです」


 ユフィの美しさに心を奪われかけたことなど微塵にも出さず、にこっと微笑んで答えるアーファにユフィも微笑み返す。


「そうだ」


 そんなアーファの様子を見てか、何かを思いついたユフィが後方でショーケースを眺めていた薄緑色の法衣の少女と何やら小声で相談し合う。相談し終えたユフィは満足気な表情を浮かべていた。


「折角いらしたのに、車いすではなかなか近くでお話を聞くことも難しいでしょう? 配慮を差し上げましょう」


 そう言ってユフィが終始彼女たちの様子を伺っていた店員に目配せし、呼び寄せる。


「“コレ”をこちらの少女へ。装飾の裏にSと刻んでください」

「かしこまりました」


 ユフィが何をしようとしているのか分からなかったアーファたちを差し置き、ユフィと店員との会話は進む。ショーケースから店員が取り出したのは、美しい緑色の光を放つ孔雀石のペンダントだった。

 呆気にとられているアーファにユフィが優しく微笑む。彼女の後方では、黒髪の少女が店員に何かを注文していた。


 1,2分も経たない内に戻ってきた店員が丁寧に箱詰めされたペンダントをユフィに渡す。箱の中身を確認すると、ユフィは一度頷き。


「孔雀石には再会の石言葉がありますので、また会えるようにこれをプレゼントします。明日、受付の警備兵にこのペンダントをお見せください」


 そう言ってペンダントをアーファへ手渡す。


「よろしいのですか? ありがとうございますっ」


 素直な笑顔を浮かべるアーファが再び一礼すると、ユフィとナナキの二人も安心したように微笑んでいた。


「アーデン殿や従者の方々も共に参加できるよう伝えておきますので、安心してください」


 アーファの後ろ側に立つアーデン、ルー、ゼロと順に目を合わせ、最後のゼロと目を合わせている時には小さく首をかしげて微笑む。

 あまりの美しさに、ゼロはできるだけ平静を保とうとはしたものの、顔が赤くなっていくのを抑えることはできなかった。


「では、明日を楽しみにしておりますね」


 後方で黒髪の少女が注文した商品をナナキが受け取ると、3人は最後にアーファたちへ軽く礼をし、店を出て行く。その時初めて黒髪の少女の顔が見えたが、泣きボクロが印象的な整った顔立ちの美少女だった。


 3人の高貴な少女たちを見送った後、アーファたちも店を後にする。

 外に出ると既に日も落ち始めようとする時間となっていた。


「敵意は感じたか?」


 大通りを進み、クラックス家へと向かう十字路を曲り、人気も少なくなった辺りでアーファがゼロたちに問いかける。


「え、いや、まったく」

「俺も何も感じませんでした」


 その問いに答えるゼロとルー。ゼロは先ほどのユフィの微笑みがまだ残っているようで、アーファの問いかけにも気の抜けた返事となってしまう。


「アーファ様が車いすに乗られていることに、純粋に同情されたのではないでしょうか?」

「ふむ」


 ルーの言葉を受け、顎に手を当て思案するアーファ。うまくいきすぎていると感じざるを得ない状況に、却って不安が煽られるようだ。


「家柄良し、顔良し、性格良し。すごいっすね……」

「なんだ、惚れたか?」

「へ!?」


 上体を捻ってゼロの顔を覗き込むアーファは、意地悪い笑みを浮かべていた。


「な、何いってんすか」


 嘘だとしたら下手すぎる。動揺を隠せないゼロをルーは物珍しそうに眺めていた。

 ルーが知る限り、リトゥルム王国においてゼロより整った顔立ちの男性はいない。それ故彼はモテる。

 これ以上ないくらいのモテる。

 貴族家に生まれた子女たちの多くがゼロに恋慕し、近づこうとするのを見てきた。ルーの双子の妹もその一人のため、そういった女性が数多くいることを知っている。


 だが、ゼロが女性に対して平静を失っている様子は見たことがない。

 ゼロとは長い付き合いだが、彼は好意に対して常に余裕を感じさせるスマイルで対応し、相手を傷つけないように振る舞っていた。

 おそらくは彼の母であるゼリレアがものすごい美人だからということもあるのだろうが、少なくともルーの知る限り、恋人がいたときですら女性側からのアプローチが強く、ゼロが誰かに心を奪われている様子など見たことがないのだ。


――これは陛下の言うとおりだな。


 だからこそ、きっと今のゼロは初めての感覚に戸惑っている感じなのだろう。


「一目惚れとは、青春ですな」


 若者たちの会話を聞いていたアーデンはそう言って楽しそうに笑った。


「敵陣の真っただ中というのに、緊張感のないやつめ」


 皮肉めいた口調で冷やかすアーファだったが、ゼロに向けていた顔を正面へ戻し彼から表情が見えないようになった時、面白くなさそうな表情を浮かべていたことには、誰一人気づくことはないのだった。

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