芸術都市にて
第30話 浮かれる少女たち
「明日はいよいよ芸術都市に出発だねっ」
パジャマ姿でナターシャ家別荘のベッドに転がる黒髪の美少女は、満面の笑みを浮かべていた。
少女を挟んで桃色の髪の美少女と赤色の髪の美少女はベッドの上に座り、穏やかな笑みを浮かべていた。
水の都の査察――と言う名の観光――を終え、明日の朝には査察予定の最終地、芸術都市に向かい、明後日の昼頃に到着後、美術館等を訪れる予定だ。
「今日遠目に見えた黒の法衣の貴族さんは、誰だったのかしら?」
黒の法衣が示すのは子爵位の貴族。今日の昼過ぎから夕方にかけて水の都を巡っている折、黒の法衣の男性と少女、従者4人と車いすを乗せたゴンドラが見えた。
水の都が保養地として賑わうのはもう少し後、夏前からであり、春真っ盛りの今ではない。
なので、自分たち以外にも水の都を訪れる貴族がいたことにユフィは少し驚いていた。
――まぁ、国のトップが今ここにいること事態がおかしなことではあるのだけど。
よもやまさかそのゴンドラに乗っていたのが敵国の女王などとは露とも思わず、頭に残る疑問を切り捨てる。
「首都の劇団の観劇はしたことがありますが、あの有名なウェフォール一座。楽しみですねっ」
芸術都市は名だたる画家たちによる名画が集められた美術館、音楽のプロが集う楽団、大道芸を行う芸人など、皇国の教養や娯楽の粋が集められた都市であり、年間を通じて多くの人々が訪れる都市だ。
その中でも一番人気は舞台演劇なのだが、特に芸術都市以外では公演を行わないウェフォール一座という名の劇団は人気が高く、明々後日はその劇団の観劇予定ということもあり、珍しくナナキも期待で胸がいっぱいになっていた。
ウェフォール一座の得意とする演目は悲劇をテーマにしたミュージカルであり、座長を務めるウェフォール家はその舞台の素晴らしさから、数十年前に当時の法皇より男爵の地位を賜ったほどである。
特に近年はウェフォール座長の娘であり、劇団のヒロインでもあるシアラ・ウェフォールという女優に加え、水の都を治めるフィーラウネ公爵の娘、マリア・フィーラウネが加わったことでその人気に拍車をかけた。
貴族出身の者すら入団を志すほど価値がある劇団、それがウェフォール一座なのだ。
「フィーラウネ公爵のおかげで招待席で見られるみたいだし、予約していたチケットどうしようかな」
一般的な観劇の値段は大銅貨紙幣5枚ほどだが、ウェフォール一座の観劇チケットは銀貨3枚ほどと相場の6倍というかなりの高額だ。それでもチケットは毎回完売という人気であり、ユフィも今回ばかりはと貴族の権限をふんだんに利用し手に入れたチケットだったのだが、招待席を用意されては無用の産物となってしまった。
「誰か困ってる人がいたら、あげちゃいなよっ」
セレマウも東部にいた頃、東部の都市に営業にきていた劇団を見たことがあるが、正直然程、という印象だった。
しかし今回はあのユフィがテンションを上げるほど楽しみにしているということもあり、セレマウの中でも期待値がかなり高まっている。
「そうね、折角来たのに見れないとか、そんなことになってる人がいたらあげましょうか」
まだ明後日の話だというのに、美少女たちはウェフォール一座の舞台に心を奪われ、期待に胸を膨らませながら好きな演目について語り合うのだった。
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