第19話 襲撃
セルナス皇国領へと至ったアーファたちは、周囲への警戒を続けながら草原地帯で歩を進めていた。
既に街道はぬかるみがほとんどなくなったのだが、半刻ほど街道を歩き、街道を逸れて東方面へ草原地帯を進み始めたため、車いすの出番はまだお預けだ。
加えて辺りが薄暗くなり始めてきたこともあり、安全のためにアーファはそのままゼロの背に身を預けている。
草原に生える草たちはくるぶしほどの高さのものがほとんどだが、やはり街道とは違い平坦ではない。
足元と周囲へ警戒を行うゼロとルーは終始無言で歩き続けていた。西に傾く太陽を背に、うっすらと月が見え始めていた。
そうして黙々と歩き続ける一向の目に、僅かながら人里の灯りが見えてくる。
「あそこでいいすかね?」
「うむ、おそらくそうだろう」
「これで敵兵が待ち構えてるとかなったら、アーファ様つれて即逃げますからね」
緊張した面持ちを見せるルー。アーファも強がってはいるが、緊張の色は隠せていない。既にだいぶ暗くなってきており、それも彼らの緊張を高めていた。
灯りの方へ近づくと、草が刈られ比較的舗装された道が現れ出した。
「ゼロ、降ろせ」
「了解っす」
もし敵兵が待ち構えていたとき、ゼロが自由に動けるメリットは大きい。そう考えての指示だった。意図を理解しゼロがアーファをおろし、車いすに乗せる。車いすはルーが押す形となった。
たどり着いた集落には4,5軒の木造民家が見受けられ、奥にはそれなりの大きさの畑が広がっている。
「ルー、少し下がってろ」
あと数メートルで一軒の民家にたどり着きそうな距離まで近づいた時、何かの気配を察したのかゼロが左足を引いて半身の態勢になりルーに指示出した。
「む、わかった」
指示されたまま車いすを引き、密かに防御魔法を発動させる。
――アノンは出来るだけ使わない方がいいよな……。
念のために法衣の内側にナイフを1本仕込んではいるが、不穏な気配の数は読みきれないため、ゼロはうっすらと冷や汗を浮かべていた。
何が起きようとアーファは守らねばならない。彼女を守るためには、自分も死ぬわけにはいかない。だが、目的を果たすためにはアノンを使うことは躊躇われる。もしアノンを使えば、ゼロはこの集落を全滅させねばならなくなるからだ。
アーファもただならぬゼロの雰囲気から、護身程度の防御魔法を発動させる用意をする。
それとほぼ同時に――
「っ!!」
民家の陰から何かがゼロに向かってやってくる。低い姿勢で素早く向かってくる何かに対し、ゼロは躊躇わずにナイフを右手に握り、右足で踏込み左から右へとナイフを振りぬく。
キィィィン、と甲高い音が、闇に包まれていく平原に響き渡る。
攻撃を防がれた影は素早く後方に退き低い姿勢のままゼロの様子を伺っていた。黒のローブをまとった何者かの顔はフードの奥に隠れ見えなかったが、サーベルを持つその構えから、それなりの手練れだと思われた。
相手が何者か探ろうとするゼロは反撃を行わず、相手の様子を伺う。
カナン教の信徒を装う法衣のゼロに対し、有無を言わさず攻撃をしかけてきたのだ。正体はバレていると考えていいだろう。
――作戦は失敗か?
アーファの願いが踏みにじられた思いに、胸がしめつけられた。平和を望むことは、こんなにも辛いことなのかと、叫びたくなった。
「くっ!」
頭の片隅でそんなことを考えつつも、新たに左から迫ってきた気配を感知し、ゼロが右へ跳躍する。
その一瞬の動きに合わせて最初にしかけてきたローブの敵がナイフを投げてくる。ゼロの動きをピンポイントに予想していたであろう敵の連携は見事だった。
が。
「ふんっ」
跳躍中の態勢にも関わらず、ゼロは上半身をひねり向かってくるナイフに自分のナイフの刃を当てて止めてみせた。
僅かでも動きが遅れたり、ナイフを出した場所が違えば大怪我は確実だったろうが、乾いた音を立ててゼロに向かってきたナイフが地に落ちる。
「ルー!」
「おう!」
二人目の襲撃者に襲われているのにもかかわらずゼロはぎゅっと目を閉じ相棒の名を呼ぶ。
ゼロの声とルーの返事はほぼ同時だった。その刹那、まばゆい光が一瞬にして広がる。
「ぐぁ!」
強烈な閃光魔法の光を受け、黒のローブの二人が声をもらす。声からして襲撃者は男のようだった。
その隙を逃すゼロではない。目を閉じたまま一瞬前の光景を思い出し、敵兵の制圧にかかる。
刹那の瞬間で間合いを詰め、二人目の襲撃者、ローブ男2号の頭部に蹴りを喰らわせたあと一人目の襲撃者の方へ詰めより、うつ伏せに押し倒した上で左腕を踏み、右腕を逆方向へ折れない程度に曲げた姿勢で固定させる。
「どうなった!?」
ルーの閃光魔法をもろに喰らったアーファが目を細めながら戦況を尋ねる。
「制圧しましたよっと」
「くっ……!」
「すみません、魔法に巻き込んでしまって」
襲撃者を抑えたまま軽口を叩くゼロと、ぺこぺこと頭を下げるルー。ゼロの蹴りを食らった襲撃者は脳震盪を起こしたか、ぴくりとも動かない。
「あんたら何者だ? この村のやつらか?」
曲げてはいけない方向へ、腕を押し込むゼロ。
「い、いててててっ!! アーデン様!! 助けてください!!」
腕を折られると思ったのだろう、ゼロに抑えつけられているローブ男1号が悲鳴を上げる。聞いたことのない名に、彼らのボスが現れるのかと3人が警戒すると。
「どうかご無礼をお許しください。女王陛下の覚悟、試させていただきました。……いやしかし、お強い従者をお連れですな」
近くの民家から現れたのは老人と称するのが適切な、わずかに黒髪を残す、大半が白髪となった老紳士だった。
黒の法衣に身を包んだ老紳士は年齢を感じさせない確かな足取りで車いすに座ったままのアーファの前に近づき、跪いた。
「……貴殿がクラックス侯爵か?」
「侯爵位を賜るは我が兄にございます。私は弟のアーデン・クラックス。法皇様より子爵位を賜る者にございます」
「アーデン殿か。この襲撃はどういう了見だ? クラックス家の内応は罠であったか?」
アーファの視線は厳しい。だが、アーデンと名乗る老紳士はそれに憶せず答える。
「平和を目指すは、理想を語る思いだけでは叶いませぬ。力なき理想は夢物語。平和のためには力をも従える必要がある。失礼ながら試させていただきました。我がクラックス家としましても、取り潰しの覚悟をもって此度の陛下の要望にお応えいたしたのです。ですが……それが夢想ではないことを、確かに確かめさせていただきました」
力なき理想は夢物語、自分の覚悟を問われていると気づいたアーファは思わず苦笑いを浮かべていた。
「ほう。……それで、合格か?」
「ええ、私が連れてきた二人は皇国軍でも上位の力量に相当する手練れでございますが、全く歯が立ちませんでしたな……。その覚悟、御見それいたしました。お連れの方よ、どうかその者を解放してはくれまいか?」
ゼロがアーファに目線を送ると、アーファは小さく頷いた。それを確認しゼロはローブ男1号を解放する。
「いてて……手荒な歓迎ですまなかったな少年。……おい、起きれるか?」
ゼロから解放された男はローブ男2号の肩を揺さぶり介抱を始めた。
「今日はもう遅い。大したおもてなしはできませんが、今日はこの集落を買収しておりますゆえ、我らしかおりませぬ。今後のことについて、ゆるりとお話いたしましょう」
アーデンが姿を現した民家の扉を開け、アーファたちを促す。
「よい関係を築けることを期待する」
アーファの表情は、普段以上に真剣さを帯びていた。
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