第18話 社会科見学

セルナス皇国 


 約束の塔を出発して3日目の午前中。昨日ヴェーフェル公爵と会談をしたセレマウたちは、翌日は工業都市の中を徒歩で見て回っていた。

 見慣れない風景、聞き慣れない音、嗅ぎ慣れない匂い、セレマウだけでなく、ユフィやナナキのとっても見る物全てが新しいその街に、彼女たちはただただ視線を奪われていた。


「わっ! すごい!」


 セレマウが立ち止まったのは硝子加工の工房だった。作業場が見えるように外壁も透明な硝子になっており、真っ赤な炎で加熱された飴状のものが次々と形を成していく様にセレマウは釘づけだった。

 彼女のようにはしゃぐわけではないが、従者の二人も興味津々のようだ。

 薄緑、紫、黒、身分を分ける三色の法衣だけを見ればユフィが最も身分が高いはずなのだが、そんなことも忘れて動き回るセレマウを二人は追いかけ続けていた。


「あの機械はどうやって回ってるんだろう!?」


 次に彼女が立ち止まったのは宝石店だった。ここも先ほどの硝子工房と同じく、作業場は硝子越しに見ることができるようだ。

 エプロン姿の職人の片方が回転する機械に石を当てており、その横に立つ同じエプロンをした職人が手を機械の方へかざしていた。


「あれは風魔法であの回転盤を回してるみたいね」

「なんと。魔法とは便利ですな」

「威力の調整はベテランの技術を感じますね」

「すごいな~」


 ユフィとナナキの解説を聞きつつ、瞳を輝かせながらその作業を見続けるセレマウ。彼女のはしゃぐ姿に従者の二人は温かな気持ちとなる。昨日は予想以上の法皇っぷりを見せた彼女に正直驚かされたが、今日の彼女は二人が知るままのセレマウだ。

 ある程度作業が進んだのか、最初はただの石にしか見えなかった鉱石の一部が紫色の輝きを放ちだしていた。


「あれはアメジストでしょうかね」

「綺麗だな~」


 一休みだろうか、手を止めた髭面の職人たちは硝子越しに見えた高貴な身分の法衣に気付き、慌てたように深々と頭を下げた。その姿にセレマウは笑顔でひらひらと手を振って見せる。


「魔法でただ削るだけじゃ、あの輝きはたぶん出せないだろうなぁ」


 魔法だけで研磨作業ができるか考えてみたユフィだったが、どうやら難しいだろうという結論に至ったようだ。

 そんなことを考えていたユフィにナナキは若干引いてしまう。セレマウはセレマウで規格外だが、ユフィも大概だ。


「わっ、こっちもすごいよー!」


 油断するとすぐに主はどこかへ行ってしまう。立ち止まったまま鉱石を見続けるユフィを置いて、慌ててナナキはまた違う工房へ向かっていったセレマウを追いかけるのだった。



「すごかったね!」


 午前中はひたすらに工業都市内を見て回った3人は、宿で昼食を取り、次の目的地である農業特区へと向かう街道を進んでいた。

 走り回るセレマウを追いかけるのに疲れたナナキは、馬車を操縦している方が気楽だな、と思いながらゆったりと御者台に座っていた。こうなってしまえば、次の宿までセレマウの相手はユフィに任せられるのだ。


「そうね、色々勉強になったわ」


 工業用に使われている魔法自体は簡単なものが多かったが、その技術は賞賛に値するものだった。

 炎の温度を調節したり、風の威力を調整したり、水量を加減したりと、職人技とも言える巧みな技は「あっぱれ」と言わざるを得ないものばかりだったのだ。

 約束の塔に納められる宝飾品などは当然完成品であり、その過程を見ることはない。国内で出回る工業製品の大半は工業都市から各地へ送られているという事実をその目にできたことにセレマウはご満悦だった。


 そして現在向かう農業特区は、首都より西方にある工業都市とは反対の、首都の東側に広がるエリアである。

 比較的皇国東部にも近いが、皇国の胃袋を支える重要地域でもあり、中央貴族のコライテッド公爵が委任統治を行っている農業地帯だ。工業都市のように領主が常駐しているわけではなく、警備をする皇国軍と多数の農民たちが住まう地域でもある。

 ユフィは幼い頃に一度だけ訪れたことがあり、一面に広がる小麦畑と家畜の放牧が行われていた様子が印象的だった。


 最前線ではリトゥルム王国との小競り合いは行われているものの、現状のセルナス皇国は基本的に平和である。

 この平和が皇国全土、大陸全土に広がればいいのに、セレマウはぼんやりとそんなことを夢に見ながら、睡魔に破れ瞳を閉じる。3人の少女たちが乗る馬車は小さな揺れを続けながら、次の地を目指すのだった。

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