第7話 家族

 ゼロが帰宅し、妹との夕食を取り、妹を寝かしつけた後、両親がアリオーシュ家に戻ったのは既に日が変わった深夜だったようだ。


「あら、まだ起きてたの?」

「流石に何か話あるかなと思って」


 ノックもせずに自室に入ってきた母親に対し特に不満も言わず、ゼロはベッドに腰掛けたまま手元で仮面の手入れをしながら答える。


「遺書とか書いといたほうがいい?」


 返事のない母に対し、ふといたずらを思いついた顔でゼロがおどけて見せる。


「あら、書いてないの?」


 しかし母が一枚上手だったようだ。がくっと肩を落としたゼロに、ゼリレアが微笑む。


「いい? ゼロ。アリオーシュ家に生まれてきた以上、自分の命より優先すべきものがあります。王家のためのその命を使いなさい」


 ゼロの頭に手を置いて、母が伝える。ゼロは母の顔をじっと見つめながら、その言葉を聞いていた。よく見れば、目元には小さく皺ができている。ずっと美しいままだと思っていた母も、確実に年を取っているのだ。

 ゼロが生まれた頃から圧倒的な強さだった父も母も、年を取る。未だに倒せない父も母も、いつかは力が衰えていくだろう。


「大丈夫。俺もアノンも、ブラウリッター団長として、母さんと父さんの子として、やるべきことはわかってる。安心してくれよ」


 母に向けて、任務への恐怖など何もないかのような笑みを見せるゼロ。


『ゼリレア様、いざとなれば私もついております。ご安心を』


 ブレスレットの形に変形したアノンもそう答える。ゼリレアはアリオーシュ家に嫁いできたため、エンダンシーを持っていないが、その存在には慣れきっているようだ。


「ありがとう、アノン。よろしくね」

「年下の陛下が頑張ってるんだ。俺も頑張らないわけにはいかないよ」


 息子の成長にゼリレアは微笑む。


「……こんな家の子に産んでしまって、ごめんね」


 思わずでた本音。

 一般家庭に生まれていたのならば、裕福ではないとしても、戦争とは無縁に生きられたかもしれない。

 半ば当たり前のように、アリオーシュ家の一員として幼い頃より戦い方を教えてきた。王家に仕えることを当たり前のように育ててきた。アリオーシュ家に嫁いだ妻として、恥じてはいないが、もしゼロが出自を疎んでいたとしたらと思うと、怖くてずっと言えなかった言葉だ。

 

 だが、その言葉にゼロはきょとんとした表情を見せる。大人っぽくはなってきたが、まだ子どもなのだと思わせる表情。


「え、なんで?」

「え、だって、他の家に生まれてたら、軍人にはなってないかもしれないし、安全に普通の生活をしていたかもしれないじゃない」

「あー……」


 予想外だった母の言葉に対し、ゼロはにっと笑って見せる。


「アリオーシュ家を嫌だと思ったことなんてないよ。父さんの息子に生まれたから、強くなれたし、母さんの息子に生まれたから、こんなかっこよく生まれてこれたしさっ」


 100人いたら100人の女性を落とせそうなイケメンスマイルが炸裂する。母親の贔屓目で見ても、ゼロの容姿は優れている。

 思わずゼリレアはゼロを抱きしめていた。


「ちょ、さすがにそれは恥ずかしいって……!」

「ゼロが息子でよかったっ」


 いつぶりか分からないが、母の抱擁は温かかった。妹がここにいなくてよかったと思う。


「安心してよ。俺はアリオーシュ家を誇りに思ってるし、今回の任務も問題なくこなすからさ。いずれは、俺も父さんの後を継いでシュヴァルツリッターの団長になるんだから」

「そうね、それくらいなってもらわないとね」


 そっとゼロから離れ、ゼリレアが微笑む。


「今回の計画は陛下がずっと胸に秘めていたものなの。セルナス皇国で内応貴族が見つかったことで、ようやくアルウェイ侯爵も認めてくれてね。ゼロを護衛につけることを条件に出したのはアルウェイ侯爵なの」

「なるほど。ロート団長は慎重だからなぁ」

「王家の盾だものね、葛藤はあったのでしょう」


 アルウェイ侯爵はリトゥルム王国がまだ小国だった時代、王国の同盟国家であったリッテンブルグ王国の筆頭貴族だった貴族だ。同盟国家の王家がリトゥルム王家の軍門に下った所からの配下となった貴族であり、現リッテンブルグ公爵家と共に王家に忠誠を誓う、代々王国七騎士団の総団長たるロートリッター団長を拝命する王家の盾と称される一族である。


「期待には、応えますよっと」

「そうね、抜かりない準備を進めましょう。忘れ物とかしちゃダメだもんね」

「忘れ物って、セシィじゃないんだから」


 親子で笑いあったのはいつぶりだろうか。父も母もゼロ自身も誰かしらが任務で家を空けることが多く、全員が揃った食事をすることもあまりなくなっているのが実情だ。


 ゼロ自身、久しぶりに母親と話して少し安心した。出発まであと5日。父母の名に恥じぬ働きをしようと、心に誓うのだった。



「……聞こえてたかしら?」


 ゼロにおやすみを伝え、部屋を出てすぐのところに立つ男性にゼリレアは声をかける。


「うむ……」

「そんなんになるなら、一緒に来ればよかったじゃないの」


 美しい顔に苦笑いを浮かべて、ゼリレアが言う。


「いや、それは、恥ずかしいし……」


 王城内では圧倒的な威圧感を放っていたウォービルは目を赤くしてゼロとゼリレアの会話に聞き耳を立てていたらしい。


「立派になったなぁ……」


 普段は王国最強の騎士の威厳を保つために、ゼロに対しても甘さを見せないウォービルだが、どうやらそれは取り繕った姿のようだ。

 ゼロの言葉を聞き、感動に胸を震わせている。


「私なんて久々にゼロとハグしちゃったー」

「む! それは羨ましい……」


 王国最強の夫婦は、どうやら相当な親バカのようだ。アーファや他の者が今の姿を見たら、どう思うだろうか。


「皇国もおそらく法話の準備でしばらくは侵攻もないだろうし、5日後の出発まで久々に少し時間取れそうなんだから、手ほどきでもしてあげたら?」

「おお、それはいいアイデアだな!」

「私はセシリアとお買いものでも行こうかな~」

「それも羨ましい……」


 王国内では常に表情を崩さず、他の者に威圧感を与え、畏怖の対象と思われているウォービルが素の感情を出せるのは、今では妻と彼のエンダンシーの前だけなのだ。

 本当は目に入れても痛くない息子や娘と、団らんの時間を過ごしたいという思いはあるが、自分で自分の殻に閉じこもり、今では子どもたちの前でも仮面を外せなくなってしまった。

 出発までゼロと訓練を重ねようと心に決めるウォービルなのであった。

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