少女は平和の夢を見る
第5話 お兄ちゃんは妹想い
「いや~、まじか~」
ひとまずゼロの騎士団長室に戻った二人は、押し殺してきた感情を解放していた。
騎士となった以上、彼らは女王のためにある。そしてこの指令は勅命であり、拒否権はない。しかもうまくいけば、皇国との争いが終わる。
誰かがやってくれるなら、喜んでその計画を支持しただろう。
だが、ルーのぼやきにゼロも同感だった。
「あの女すげぇこと考えるな」
「いや、お前、不敬不敬!」
本人がいないからと、思ったままの言葉を出すゼロに慌ててルーが静止する。野心溢れる者に聞かれたならば、ゼロの地位どころかアリオーシュ家の地位すら危ぶませる発言だ。
ゼロはちょくちょくこういった面が出るのだが、もっと本人には気にしてほしいところである。
とはいえ、ゼロもリトゥルム王家には忠誠も尊敬も抱いている。自分より年下の女王が頑張っているのだから、出来る限り尽力したい気持ちは大きい。
「仮面なんかかぶってなきゃよかったよ」
人選として、反論の余地はなかった。王国七騎士団の中で唯一敵国に顔を知られていないのはゼロくらいなものだろう。いや、戦場に赴かない騎士団であれば、もう一人団長がいる。近衛騎士のリラリッターは女王と王城の警護を任としているのだから、敵国にもバレてはいないのでは、とゼロは思う。
「ってかさ、普段から女王の側にいるんだから、リラ団長でもいいんじゃないの?」
浮かんだ疑問をルーに投げかける。決定事項なのだから今さら何もできないのには変わりないが。
「あー、ミリエラさん? んー、あの人真面目すぎるからな~。敵国で演技とか出来ないって思われたんじゃないか?」
リラリッター団長ミリエラ・スフェリア。スフェリア侯爵家の出自で、その性格は至って真面目。女王のためならば一切の融通が利かない、美しき女王の守護者だ。先ほどの帰還報告の際も、リラリッター達の列の最前列で待機していたのを思い出す。
『確かにあなたたちなら、彼女よりフランクに女王陛下と接せられるでしょうね』
ここまで沈黙していたアノンが急に喋りだす。だが、ルーは別段気にした様子はなかった。
「ゼロが敵国にばれてるとしたら、アノンくらいか」
『そうね、私を使ったらアリオーシュ家の者だってバレちゃうわね』
初めてアノンの声を聞いた時は、ルーもそれはそれは驚いたものだ。知識としてエンダンシーの存在は知っていたが、百聞は一見に如かず、というやつである。
「見られたら、消せ、と?」
「物騒すぎんだろ!」
真顔で危険なことを言うゼロにルーがツッコむ。
「波風立たせずに、行くに決まってんだろっ」
『じゃあ私はブレスレットにでもなってましょうか』
どことなく寂しそうに、アノンが言う。エンダンシーたちは皆知識や個性を持つが、果たしてどういった経緯でそれを獲得するのだろうか、未だに解明されてはいない。
「え、そんなことできんの?」
聞き返すゼロ。常に穴のない鉄パイプのような形状で持ち歩いていたが、ブレスレット形態になれるのならば、市街地でも便利である。
『少し魔力は必要だけど、お望みの形になれるわよ』
そう言ってアノンが変化する。ゼロの右手に握られていた黒い棒が、一瞬にして黒いブレスレットに変化する。
「おー、便利なもんだなぁ」
「やらんぞ」
「いや、俺には使えねーよ」
重要任務を与えられたとはいえ、いたって平常運転。とりあえず頑張ろう、程度の気持ちで、二人は笑い合いその日は王城を後にするのだった。
☆
同日夜、王都の貴族居住区のアリオーシュ家にて。
「おにいちゃん、おかえりーっ」
ゼロが帰宅するや否や、満面の笑みを浮かべた小柄な何かが飛びかかってきた。それをしっかりと抱きとめ、ゆっくりと床に足を下ろさせてから、ゼロは飛びかかってきた少女の頭を撫でる。
「ただいま、セシィ。父さんと母さんは、まだ帰ってないの?」
セシィ、と呼ばれた少女はまだ幼いが、先刻王の間でゼロにプレッシャーを与えたゼリレアによく似た美少女だった。母親譲りの銀髪が美しく、将来は母のような美しさが約束されているだろう。
少女はセシリア・アリオーシュ。ゼロより9歳年下の、彼が目に入れても痛くないと思うほど溺愛する妹だ。
「うんっ! 父さまも母さまもまだ帰ってきてないよー」
「一緒にお帰りになればよろしかったのに」
妹をあやすゼロに、さらに別な声が届く。セシリアと共にゼロを迎えにきたのであろう、黒髪を後ろで束ねた、いわゆるメイド服を着た女性が立っていた。
「やだよ、いまさら」
彼女の名はマリメル。ゼロが物心ついた頃からアリオーシュ家に勤めているメイドであり、アリオーシュ家のメイド長だ。きりっとした美しい顔立ちをしているが、彼女の表情はまるで感情がないかのような真顔。ゼロ自身、長く一緒にいるがマリメルが笑っている姿を見た記憶はない。
両親や兄が不在の家で、幼い少女が一人で留守番をしていたはずはなく、アリオーシュ家勤めのメイドたちがいてくれるからこそ、ゼロたちは安心して家を空けられるのだ。
「んー、俺が城を出る頃にはもう父さんたちの馬車はもうなかったんだけどな」
アリオーシュ家の屋敷があるのは、王都の貴族居住区の最南端であり、最も平民街区に近い位置だ。王都の中心部に位置する王城からは馬車で1時間ほどかかるが、平民街区の治安維持という点においては最も便利な位置でもある。
先ほど王の間で会った父と母は先に王城を出たと思っていたが、どこかで寄り道でもしているのだろう。
騎士団長とはいっても戦いだけをしているわけではない。軍団の管理や訓練、また今後の戦略のまとめなど、やるべきことは多い。アリオーシュ家は古参の貴族で王家からの信頼も厚く、騎士団の中でも別格な存在ではあるのだが、爵位の上では伯爵家であり、爵位の高い貴族家に招かれたりしたならば拒否しがたい身分でもあるのだ。
王都にはアリオーシュ家より爵位が上位の貴族として、代々宰相を歴任するリッテンブルグ公爵家を筆頭にいくつか上位の爵位を授かる貴族家がある。おそらく、ロートリッターの団長が家長を務めるアルウェイ侯爵家にでも呼ばれたのだろうとゼロは予想した。
今回の出陣は1週間たらずで帰陣できたが、最近の皇国の動きを鑑みて、今後の動きについてでも話しているのだろう。
ゼロは一人でそう結論付ける。
「セシィも早く大きくなって、母さまみたいな騎士になってお兄ちゃんたちを助けてあげるからねっ」
――そんな未来にはさせたくねぇなぁ……。
満面の笑みを浮かべながらゼロにくっついてくる妹の頭を撫でてあげながら、優しい表情を浮かべたゼロは内心そう思う。
今回の任務の末、女王が和平を望めば、と期待してしまう。皇国との戦いがなくなれば、残るは南部中立都市同盟と大グレンデン帝国が覇権を争う相手となるが、帝国とは物理的に距離が遠く、そう簡単に戦端は開かれないだろう。南部同盟は中立を掲げているのだから、皇国との和平が一時的かもしれないが、リトゥルム王国に平和をもたらしてくれるのではないか、そんな期待を抱く。
「お兄ちゃんはまた5日後に出発だってさー」
「えー、すぐ帰ってくる?」
「今回よりは長くかかりそうだなぁ。いい子にして待ってられるかなー?」
「えー……、じゃあ、一緒にご飯食べてくれたらっ」
「お安い御用だっ」
軽々と妹の身体を抱きかかえ、ゼロは玄関先から移動する。父、母、兄と全員が騎士団長を拝命する多忙なアリオーシュ家に生まれたばかりに、セシリアは寂しい想いをすることが多いだろう。それ故にセシリアは同年代の子どもよりも甘えん坊過ぎるところがある。
だが、せめて一緒にいれる時くらいは可愛がってあげたい、そんな穏やかな気持ちがゼロの表情には浮かんでいた。
その様子を小さな微笑みを浮かべてマリメルが見ていたのに、ゼロもセシリアも気づいてはいなかった。
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