第4話 女王の命令
「さて、帰還報告は終わったが二人に次の指令だ」
声には出さなかったが、ゼロ同様ルーも驚きの表情を見せていた。
戦場から戻って間もない二人に、確かに彼女はそう言ったのだ。
ウォービルとゼリレアが情けなさそうに目を伏せたが、ゼロにそれに気づく余裕はない。
「私はこの2年、常々思っていたことがある」
だが、アーファは意にも介さず言葉を続ける。なんとなく通常の指令とは違う空気を察し、ゼロとルーは真剣な表情でアーファへ視線を向けた。王の間にいる全ての者が、アーファ・リトゥルムという女王の言葉に耳を傾けているようだ。
「兵の死は必要なものか?」
予想だにしなかった言葉に、答える者はいない。皆々が玉座から下ろされる御言葉を待っていた。
「国のために、リトゥルム王家による世界の安寧のために皆が戦ってくれていることは承知している。だが……」
女王の言葉から、ゼロは軍属となって以来の2年間を回想する。戦場に出て、両手では数えきれない死を見た。昔の学友の死も聞いた。精鋭とも呼べるブラウリッターの仲間も二人死んだ。反乱軍や敵兵を殺めた数も、到底両手で足りるものではない。
まだ17歳の少年とはいえ、ゼロも王国の騎士団の一つを預かる身。過酷な戦場で生き抜いてきたのだ。その手は既に汚れている。ウォービルやゼリレアなどは、ゼロと比べるまでもないだろう。
「世界の安寧までに、あとどれだけの血が流れればよいと思う?」
その質問に答える者はない。誰もが知りたがっているのに、誰も答えてくれないのだ。
アーファは真剣な眼差しで二人を見つめつつ、言葉を続ける。
「諸君ら戦場に出る騎士の死もそう。力なき民もそう。知っているか? 皇国との国境に当たるバハナ平原周辺には我が国の民が暮らす集落が3つほどあったが、もう全てが蹂躙され、住む者もなくなった。度重なる交戦であの緑豊かだった平原の一部は、既に荒野と化している。この犠牲を払って、我らは前に進めたのだろうか?」
アーファの瞳の奥に、悲しみが見えた気がした。世界の覇をかけた争いの中にある一国の女王として、少女は甘く、優しすぎた。
「私はその死を無駄にしたくない。甘いとは思うが、“敵兵”すら死んでほしくない」
そして紡ぎだされた言葉に、騎士たちに動揺が走る。ゼロ自身、何を言われているか一瞬理解できなかった。
「私が女王となり幾度となく皇国と戦ってきたが、我々は何故戦うのみなのだ? 我々は皇国をいかほど理解しているだろうか? なぜ戦いが終わらないのか? 何か手立てはないのか?」
ウォービルとゼリレアだけは、この話の本筋を知っているのかもしれない。普段と変わらず、女王の両脇に立ち続ける。
「私は、皇国を知りたい。法皇セルナス・ホーヴェルレッセンとはいかなる者か、それを知りたい。私たちが戦っている相手が何者かを知りたい」
女王とはいえ、彼女はまだ14歳。割り切れない部分もあるのだろう。感情を込めた女王の言葉に反論する者はなかった。
「可能であるならば、手を取り合えるのか、知りたい」
「……!」
何を馬鹿な、と思わずにはいられないが、それは終戦への可能性を示す言葉。希望を抱きたくなる言葉。
生来楽をできるならばしたい、というのがゼロの感覚だ。彼女の言葉には魅力があった。
「なので、知ろうと思う」
少しだけ、女王の声が弾んだ気がした。
「20日後に皇国首都で、法皇の法話が予定されていると報告があった。ゼロ、ルー、行くぞ。私を護衛せよ」
「「へ?」」
指令を出されている状況だということを忘れ、女王の言葉に聞き入っていた二人は、突然現実に戻されたことに困惑し、揃って情けない声を出してしまう。
「正体がバレるわけにはいかないからな。多くの護衛はつけられん。幸いゼロは戦場では仮面をつけているから素性は知られていない。ルーは後方の魔法部隊だ、顔を知るものはまずいないだろう。加えて騎士団長と副団長、実力も折り紙つき。他に候補がいるならば申してみよ?」
一気にまくしたてるように話す女王に、ゼロとルーはえ、あ、と何も言い返す言葉がでてこない。
困惑する二人に対し、ウォービルが無言の圧力で「行け」と言ってくる。そう、これは女王からの勅命。王国内で最上位に優先すべき指令なのだ。拒否権などない。
「出発は5日後だ。5日後の正午に再度登城せよ。それまでは準備に努めるようにな」
飛び切りの笑顔を浮かべて、女王が言い切る。
「は、拝命いたしました……」
表情をひきつらせながらも、代表してゼロが指令を受諾する。
こうしてゼロとルーの次の任務が決定した。敵地の首都への、女王を護衛しての潜入任務。どう考えてもリスクが高すぎる。だがこれは決定事項。
力なき足取りで、二人は王の間を後にした。
☆
「しかし、思い切った案を考えたものですな」
二人が退出した後、黒の騎士、ウォービルが女王へ話しかけた。赤子の頃より女王を、アーファ・リトゥルムの成長を見守ってきたウォービルとゼリレアにとって、アーファは大切な存在だ。身分差がなければ娘のように思っていたに違いない。
「手を取り合おうなどと思う私に不服か?」
動じる様子なく、玉座の肘掛に肘をつき、右手を頬に当てながら女王は聞き返す。ウォービルやゼリレアが彼女に反対することはない、そう分かりきっているような表情だ。
「不服はありません。が……」
少々困り顔をしながら、ゼリレアが答える。
「が、なんだ?」
「やはり不安ではあります」
王国を支える二人の騎士団長は、今回の案を事前に聞いていた。自分たちの息子が関わる案件だったのだ。気を使って先に言ってくれたのだろう。
国境付近の村に皇国側からの協力貴族を待機させ、その貴族の子女に変装し、完全に身分を隠して移動するという算段だが、本当に変装程度でバレやしないだろうか、作戦には不安が残る。
実力的には息子を上回るウォービルやゼリレアが護衛についた方が安全は担保されるだろうが、王国七騎士団の団長など、既に敵国に顔を知られている。唯一知られていないのが、仮面をかぶって戦場に赴くゼロなのだから、実力的に消去法で護衛がゼロになるのはしょうがないことだが、親心として不安は拭えなかった。
「二人からすれば、まだまだゼロは子どもに見えるかもしれないが、私からすればゼロは十分にこの役目を任せうる騎士団長だよ。実力も実績も、申し分ない」
ここでアーファは頭を動かし、ゼリレアを真っ直ぐに見つめた。王国内でも女性騎士と頂点に君臨する彼女だが、ゼロやアーファの前では母の気持ちになってしまう。戦場外での彼女は、優しすぎる母なのだ。
「ゼロを、信じてあげてくれ」
真っ直ぐに見つめられては、ゼリレアには言い返す言葉はない。
「抜かりない準備を進めましょう」
ウォービルの静かな声は、二人以外には聞こえただろうか。女王が席を立ち、近衛騎士たちが周囲を囲むように動き出す。
「死んでいった者たちは、私を非難するかもしれぬが、私は、迷うわけにはいかないのだ」
言い残された言葉が胸に沈む。
王の間から女王を見送ったウォービルとゼリレアは、隠せない不安を吐きだすように、小さくため息をつき、二人も退室していった。
アーファの瞳には、強い決意が宿っていた。
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