第3話 女王の登場

「ゼロ、陛下がお呼びだ。ロート団長の帰還報告が終わったから、今度は俺らだとさ」


 くつろぐゼロの下に、ゼロの軍服と似たような、緑色を基調とした軍服の少年がやってきた。黒髪はゼロと同じだが、少しだけ眠たそうな緑がかった黒瞳が印象的な、全身からあふれ出るような気だるげな雰囲気が隠しきれない整った顔立ちの少年だった。


 二人の軍服の胸元には、交差するスリーソードが刺繍されている。ゼロは金糸、もう片方の少年は銀糸だろうか。


「ん、わかった」


 少年の呼びかけに対し二つ返事で答えるゼロ。

 ゼロを呼びに来たのは同輩のルー・レドウィン。リトゥルム王家に仕えるレドウィン侯爵家の子息で、ゼロとは同い年の学友であり戦友だ。彼は魔法を駆使して戦う魔法使いであり、ゼロと同じくリトゥルム王国の騎士団でも有数の実力者だ。


 リトゥルム王国王都を拠点にする騎士団は“王国七騎士団”と呼ばれ、各騎士団により基調とする軍服のカラーリングが異なっている。

 7つの騎士団の総団長が率いるロートリッターは赤を基調とし、ゼロが着る青の軍服をまとうのは、個々の戦術に長けた若き騎士が集うブラウリッターだ。その中でも胸元にスリーソードが刺繍された軍服は騎士団長また副団長を意味し、ゼロはブラウリッターの騎士団長を拝命しているということになる。そしてゼロに声をかけた緑の軍服は、ルーが副団長を務める魔法騎士団グリューンリッターだ。

 

 彼らはまだ17歳の少年たちだが、彼らはその実力をもって騎士団で昇進を続けたのである。特にゼロの出世街道は国内でも話題となった。

 王都にある貴族学校を卒業後、規定の15歳で軍属となり、ブラウリッターに任命され、初陣となった西部の内乱にて反乱軍の首魁を単騎で討ち取るという活躍を見せ、今は亡き先代国王より勲章を授かったのだ。その受勲が先代国王による最後の受勲となったため、王国内ではゼロを王の意思を継ぐ者、と囃し立てる声が広まったのである。


 戦略的プロパガンダがなかったわけではないが、その後新女王即位の儀での御前試合でゼロは当時のブラウリッターの団長に勝利し、若干16歳にして騎士団長へと昇格した。


 そもそも通常、騎士のなり立ては黄色を施す最も人数の多いゲルプリッターに所属することが基本なのだが、ゼロはアリオーシュ家の出自ということもあり、異例のブラウリッターから始まった。無論彼が騎士としてエリートであった、ということは言うまでもない。


「ルーのとこの団長は?」


 起き上がったゼロは再び仮面を装着し、軍服の襟を正すと、自室を出てルーとともに王城内を移動する。


「クウェイラート団長はまだ療養中だよ。……っつーか、お前いつまでその仮面つけ続けるの?」

「いや、一応これも装備だし、帰還報告までは出陣命令中じゃん?」

「いや、そういう意味じゃねえよ」


 ルーは呆れ顔でゼロを見る。こんな奇異な恰好を堂々と出来る気がしれない、とはいつもながら思うところだ。

 出陣命令中、とゼロが言ったが、帰還報告を以てブラウリッターは出陣命令を終えることとなる。面倒くさがって装備を外さなかったわけではないようだ。とは言ってもブラウリッターからは今回はゼロ以外出陣していない。元々両手で数えられるほどの団員しかいない騎士団だが、女王の命によりゼロ以外は副団長の指揮下により、南部中立都市同盟への偵察任務に就いているのだ。


「そんな目立つ格好よくできるな……」


 王城内ですれ違う者たちは皆ゼロとルーに対し一礼をしていく。彼らの方が明らかに若いが、階級は二人の方が高い。序列に対する敬意は最優先のようだ。


「んー……」


 ルーの指摘にゼロが少し口をつぐむ。


「自分で言うのもなんだけど、つけなきゃつけないで、多分目立っちゃうし?」


 ちらっと仮面を外し、ゼロはルーにウィンクしてみせる。悪意ないイケメンスマイルを食らい、図らずもルーは一瞬ドキッとしてしまった。7歳の頃から同じ学び舎に通った二人なのだから、見慣れてはいるはずなのだが、やはり同性ながらカッコいいと思ってしまう。


「あー……、そうな。変にひがまれるより、仮面の方が安全かもな」


 戦場をなんだと思っているのか、と問いただしたくなる二人の会話だが、それにツッコむ者もなし。

 そして二人はしばし王城内を進んだ。


「ブラウリッター団長ゼロ・アリオーシュ」

「グリューンリッター副団長ルー・レドウィン、この度の出陣より帰還致しました」


 王の間にたどり着いた二人は、閉じられた状態の豪華な扉の前に片膝をついて跪いて名乗りを行う。


――これって、陛下まで聞こえてんのかな?


 ゼロの内心にはそんな素朴な疑問。両開きの扉を開ける騎士に聞こえれば扉は開くのだから、さほど大きな声を出しているわけではない。


 数秒の間を置き、扉が開く。


 玉座に向かって敷かれたレッドカーペットの脇には、紫を基調とした軍服の騎士たちが鞘に収まった剣を床についた形で立ち並んでいる。大半が女性の彼女たちは、近衛騎士団のリラリッターたちだ。

 立ち並ぶリラリッターたちの最奥には玉座があるのだが、その両脇には黒の騎士と白の騎士が控えていた。両者とも金糸によるスリーソードの刺繍が施されている。黒の騎士は王国最強の騎士団シュヴァルツリッターの騎士団長で、白の騎士が精鋭女性騎士団ヴァイスリッターの騎士団長だ。

 その姿を確認し、仮面の下でゼロの表情が密かに歪む。


――いつもはいねぇのに、なんでいんだよっ!?


 ゼロにとって女王陛下であるアーファ・リトゥルムに謁見するよりも、この2名の騎士の方が緊張する相手だった。


 扉が開いた瞬間から、二人の視線に捉えられているのには気づいている。黒の騎士は鋭い眼差しを、白の騎士は優しげな眼差しをゼロに向けている。

 黒髪を刈り上げ、彫の深い整った顔立ちをした黒の騎士の体躯は大きく、戦わずとも逃げ出したくなるような威圧感を放っている。

 それに対し白の騎士は驚くほど美しい顔立ちをしており、美しい銀髪、透き通るような気品に誰もが振り返るほどの美を備えている。若くはないが、年齢を感じさせない美貌の女性だ。


 黒と白の騎士の視線に怯えつつ、扉が開き切ったところでゼロとルーは陛下の御前へ進む。


 玉座に座る女王アーファ・リトゥルムは、一言で言ってしまえば美少女だった。小柄な体格に備え割った圧倒的な気品を放つ、金髪碧眼の美少女。

 長い睫に、ややつり目がちな美しい瞳。整った鼻梁と小さめだが形のいい唇。胸の高さまで伸ばした美しい金髪。胸元に輝くブルーダイヤモンドのネックレスの美しさもかすむような、美しい少女だった。


 ゼロとルーは玉座前まで進み出て、目の前の美少女の前で跪く。玉座は床より数段高い位置にあるため、まだ小柄なアーファでも二人を見下ろす形になる。両脇に立つ騎士たちは玉座より一段下の段に立っていた。


「大儀であった。両騎士団の帰還、嬉しく思う」


 彼女はまだ14歳という幼さのはずなのだが、その言葉には不思議な重みがある。

 若干12歳にして、大陸の覇権を争う戦いに明け暮れる一国の王となった少女が、この2年でどのような思いをしてきたか、推し図ろうとも理解しうるものではない。


「ありがたきお言葉、身に余る光栄です」


 仮面越しにゼロが答える。よく見ればルーよりもゼロの方が一歩前で跪いているようだ。ゼロが団長、ルーが副団長という序列のためだろう。


「これにて帰還はなりました。ゼロ、陛下の御前です。その仮面を外しなさい」


 玉座の横から言葉が下りてくる。白の騎士の言葉には命令を下す威厳ではなく、諭すような優しさが込められていた。

 白の騎士の言葉を受け、返事をすることもなくゼロが仮面を外す。仮面の下から現れた彼の美貌に、立ち並ぶリラリッターの騎士たちが思わず視線を奪われていた。


「返事くらいしろ、馬鹿者」


 ゼロの動きに対し、今度は黒の騎士が叱責する。露骨に嫌そうな顔を見せたゼロに気付き、思わずルーは吹き出してしまった。


「何も陛下の前で怒らなくてもいいだろ……」


 不満気な顔になるゼロ。


「陛下の前だからこそ、礼儀を重んじろと言っているんだ」

「だったら母さんもブラウ団長って言って――」

「あら? 口答えするの?」


 その笑顔にゼロは圧倒的な恐怖心を植え付けられる。


「い、いえ。申し訳ありません」


 今言葉を交わしているのは、王国七騎士団の内、3騎士団の団長のはずだが、まるでその威厳を感じさせない会話が繰り広げられる。


「よい。ウォービルもゼリレアも、そこまでにしてやれ」


 黒の騎士、王国最強シュヴァルツリッター団長ウォービル・アリオーシュと、白の騎士、女性騎士団ヴァイスリッター団長ゼリレア・アリオーシュ。両者とも他国にも名を知られるリトゥルム王国の英雄であり、この二人こそゼロの両親だ。ゼリレアとゼロの見た目は確かにそっくりであり、ゼロの美しさは母譲りなのだろう。

 ゼロが異例の出世をした背景には、この二人の存在があるのは言うまでもない。

 

 アリオーシュ家は大陸東部の国家群のひとつに過ぎなかったリトゥルム王家に古くから仕える古参貴族だ。

 現リトゥルム王国の体制を作り上げた先々代の英雄王イシュラハブが群雄割拠だった東部国家を統合する折に、恭順の意を示した他国の旧王家や由緒ある貴族家を公爵家や侯爵家としたため、序列においてアリオーシュ家は伯爵家とされているが、長年の忠節により王家からの信頼は公爵家にも劣らない。その上実力を伴わせつつも、政治的野心を持たない姿勢により、他の貴族からの厚く信頼されている存在なのだ。

 遥か昔のリトゥルム王国国王が、アリオーシュ家にエンダンシーを授けたところから王家に忠義を捧げてきたのだと、ゼロも幼い頃から聞かされていた。


「両親の叱責を受けられるのはありがたいことだぞ? ゼロ」


 アーファの言葉にはっとして、ふてくされていたゼロの態度が改まる。

 彼の仕える女王陛下は幼い頃に先代王妃であった母を亡くし、2年前には先王である父も亡くしているのだ。早すぎる両親の死に加え、彼女には妹や弟もいない。


「失礼いたしました。御言葉、肝に銘じます」

「うむ。父母亡き今、私自身ウォービルやゼリレアを頼りにさせてもらっている。あまり困らせるな?」

「はっ」


 年齢を感じさせないその落着き払った振る舞いには、時折背筋が凍りつく思いがある。まだ14歳の少女が、17歳に対する物言いとは思い難い。


「さて、帰還報告は終わったが二人に次の指令だ」


 一拍置いてアーファの口がゆっくりと言葉を紡ぐ。


「へ?」


 通常の帰還報告はそれのみで終わる。戦場から帰還したのだ。個人的な経験から、帰還報告後は幾何かの休息を与えられて然るべきだと思い込んでいたゼロは油断して気の抜けた声を出してしまった。

 新たな指令とは何なのか、ゼロとルーは驚いた表情のまま、アーファを見つめていた。

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