40th Memory Vol.5(エジプト/アスワン/9/2020)


「ゲームの内容とは別に、今回の対局についての取り決めを行う」


 真剣なモードに入ったのか、クレオパトラを名乗る女流は、厳格な雰囲気で語り始めた。


「対局への挑戦は一人につき一回。順番はそちらで決めよ。余は一人。そなたらは誰か一人でも、余を打ち負かせば『試練』クリアである」


 どことなく、語り口調も厳格だ。そうして声のトーンまで変えられると、どうしたって緊張が高まる。


「先手後手の選択権はそなたらに譲ろう。せめてものハンデ、のう」


 改めて腰を降ろした女流は、正しく玉座へ落ち着き、男たちを見下す。肘掛に半身を傾け、足を組み。


「そして、すべての勝敗はルールブックに基づく。これ以上ローカルルールなどを付け足すことはないから安心せよ。……あくまでこのルールブックに書かれている内容がすべて。ある意味、これで条件は対等ぞ」


 対等なはずがない。男はそう思った。


 おそらく、このゲームは女流のオリジナルだ。少なくとも、男たちは誰ひとりとして、このゲームをわずかでも、事前に知っていたということはなかった。『鍵本』を一通り読み耽ったが、こんなゲームは載っていなかった。『鍵本』に書かれていたのは、確かにゲームで勝敗を競う内容の物語だったが、作中で登場するゲームの内容までは細かく記載されていなかったのだ。


 だが、女流の言う通り、ある意味では、これは対等なゲームだ。少なくとも公平ではある。ルールブックをしかと理解し、応用できさえすれば、十二分に勝機はある。


「そうそう。これはさらに言うまでもないこと、と思っていたが、一応言っておこう。……このゲームでは、『異本』を含めたあらゆる『人知を超えたアイテム』の使用はできぬ。そもそも『鍵本』の『試練』とはそういうもの、と、解っているはず、のう?」


 その言葉に、子どもたちが男を見た。どうやら、子どもたちには伝えていなかったようである。わざと、ではないのだろうが。


「いいだろう。……受けて立つ」


 女流の説明を受け、また、子どもたちの視線を受け、男は言った。後者に関しては無視しながら。


 挑戦順を決める。この後の展開次第だが、一つ、男には勝機があった。


        *


 第一ゲーム。挑戦者は幼女、パララ。


 まさかの展開だった。男は頭を抱える。


「うおおおおぉぉいぃぃ!!」


 男は叫んだ。空間中の黄金に乱反射し、その声はよく澄んで聞こえた。


「ハク、うっさいねん」


「うっさいねん。じゃねえぇぇ!! てめえいったい自分がなにをしたか、解ってんのか!?」


 幼女は先手を選択。初手、『主人』を前自場6へ。初期配置から前方1マス、右方向1マスという手だ。ここまではいい。おそらく、攻撃範囲が広く、なおかつ簡単に場から除外できない敵の『神』を、横から素通りし、『主人』を後自場2へ向かわせる戦略だろうと予想できる。


『到達』での勝利を目指す手。練習中に全員がなんとなく理解していた。このゲーム。基本的に達成できる勝利条件は『到達』がもっとも容易い。


 それに対し、後手、女流のターン。手は、新手『馬』、前敵場4。幼女の『主人』を通さぬよう、障害物を置いた形だ。このターンから『神』を行動させることができたが、行動せずに、女流はターンを終えた。


「いい。そこまではいい。序盤も序盤とはいえ、ちゃんと目的をもって、駒を動かしている、ような、感じは、してる」


 男は思い返す。そして、もう一度うなだれる。


 先手、幼女の2ターン目。一手目。『従者』を前自場2へ。これはいい。『神』に除外されないギリギリまで『従者』を進め、『主人』の通り道を確保するため、敵の『馬』を除外するための行動だろう。


 だが、二手目。新手『馬』、前自場6へ、融合だ。『主人』との。


「その位置で『主人』を『馬』へ乗せるやつがあるか!! おまえ『到達』狙いじゃなかったのか!? その位置で『主人』を『馬』に乗せたら、『主人』がゴール――後自場2へ向かわせられねえだろうが!! 『馬』と融合したら、直進しかできなくなるんだぞ!」


「……まったく、ハク――」


 やれやれ。と、幼女は余裕そうに首を振った。なんだ? もしかして、なにか策が――


「ぜんっぜん、気付かへんかったわ」


 なかった。


 その後、幼女は状況を打開することができず、特別なにも、ヒントすら暴きもせず、無意味に敗北した。


 その顛末を見、女流は両目をしばたかせ、軽く息を吐いた。


        *


 第二ゲーム。挑戦者は少女、ノラ。


「わたしはパラちゃんのようにはいかないわ。覚悟しなさい」


 威勢よく席に着く。そして宣言したのは、後手だった。


「練習してみた感じ、このゲーム、後手のが有利なのよね。『神』を先に動かせるのが大きいのかしら?」


 理屈はまだ曖昧なようだが、今度こそ策があるらしい。男は安心して、成り行きを見守る。


 先手、女流。なんとこの一手、女流は先刻の幼女と同じ、『主人』を前自場6へ動かした。


 それに対し、後手、少女。足の遅い『奴隷』を一歩進め、前自場4へ。そして宣言通り、『神』を移動、前敵場2へ。


「あ……」


 男はつい、声を漏らした。

 その声に反応し、女流はにやり、と、男へ目配せた。


 女流の2ターン目。一手目。さきほど動かした『主人』を二歩前進。後自場9へ。続けて二手目。さらに『主人』を二歩前進、後自場3へ。


「あ、あ、ああああぁぁぁぁ!!」


 結局のところ、男はうなだれた。


「うん? ……あれ?」


 少女も察したのか、ぎこちない笑顔で頬を掻く。


 基本的な勝利条件、『到達』。『主人』の駒を、後自場2へ置くことで達成される。現在、女流の『主人』は、その隣、後自場3だ。


 だが、初期配置だったとしたら、その位置はなんの問題にもならない。初期配置なら、そこは、『神』の攻撃範囲だからだ。『主人』を取って『討取』の勝利条件を満たせる。


 だが、少女は後手1ターン目で『神』を前進させていた。そのせいで、女流の後自場3は、少女の『神』の攻撃範囲外になってしまった。つまり、もう、その女流の『主人』を止める手段が、少女にはない。新手で妨害を試みようと、次ターン、女流は、妨害を排除しつつ『到達』を達成するだけの十分な手数があるのだ。


「あ、はは……。えっと、……負けました」


 せめて散り際は美しく、少女は敗北を認める。


 その笑顔を見て、女流は口角を引き攣らせた。


 完全に、呆れられている。


        *


「やーい、ノラのアホー」


 四人中二人が敗北し、しかもその結果が、得るものなしとなった段階で、そんな罵声が響いた。男としてはもう、つっこむ気力もない。


「うっさいわね! パラちゃんだって負けたくせに!」


 頬を紅潮させ、少女は反論する。


「ノラよりは粘ったもーん。ノラ、だっさ」


 幼女の言葉に少女は眉尻をひくつかせた。だが、結果を受け入れているのか、言葉は出さない。ただただ俯き、黄金の床へ腰を降ろした。


 そんな敗北者を眺め、男はため息をつく。

 正直、そこまで期待していなかった。とはいえ、あっさりと負けすぎている。しかも、自身の不注意ゆえにだ。おそらく女流はまだ、手を抜いてすらいない。


「あの……」


 なぜか申し訳なさそうに、件の女流が近付いてきた。


「もちょっと練習するか、のう? 余も悪かったというか、本番を急かしてしまったような気もするし」


 その語りは、当初の女流に戻っていた。姿は成人しているのに、心は幼いままのような。


 その提案に、男は、残った幼年を見る。男としてはどちらでもいい。最悪、自分が勝てばそれで終わりだ。むしろ、練習中にあの事実・・・・に気付かれる方が問題だ。


「いや、俺はもう、理解しているつもりだから」


 そんな男の心を読み取ったのかは解らないが、幼年は眉間に皺を寄せながらも、そう言った。


「ほんとに? ほんとうに大丈夫? なにか疑問があれば、本番中でも聞いてくれていいからの? のう?」


 やけに心配そうに、女流は言った。

 そりゃあ数十年も待って、久しぶりに戦う相手がこんなんじゃ、物足りないだろう。

 男は頭を掻き、なんともいえない申し訳なさにさいなまれた。


        *


 第三ゲーム。挑戦者は幼年、シュウ。


 幼年は少女と同じ、後手を選択。あっさりと負けたとはいえ、少女の言う『後手有利の法則』に関しては、幼年も同意見だったのだろう。


 結果から言おう。幼年は、負けた。


 しかし、見ているだけの男ですら、手に汗握る接戦だったといえよう。


「やるではないか。あえて手数をかけてまで『従者』を後場へ送るとは、のう。一見無駄な悪手ともとれるが、あれで『主人』の前進を止める駒を置きづらくなった」


「まあ、最終的にはその、かけた手数が命取りだったわけだけど。一手差で先に『到達』を許したわけだし」


 感想戦が始まるほどだ。負けた幼年ですら、どこか清々しい顔つきをしている。


「謙遜することはない。よもや『神』を除外されるとは。正直、ひやりとしたぞ」


「それを攻略の肝にするつもりだったから。徹頭徹尾、それだけを目的に動いて、ようやく。……でも、謙遜はそちらの方だ。一手差とはいえ、肉薄したとは思っていない。きっと、十回やっても同じ結果になると思う」


 その称賛に、女流は素直に破顔した。

 感想戦を終え、二人は立ち上がる。盤を挟み、力強く握手を交わす。


「すみません。ハクさん」


 戻ってくるなり、申し訳なさそうに眉根を寄せ、幼年は頭を下げた。


「ホンマやで、シュウ。もっと粘れんかったん?」


 なぜか態度を大きく、両腰に手を当て、幼女が言った。対局中でなければ『異本』も使える。こうしてまた、幼年の『異本』の力で、言葉は伝わっている。


 だからこそ腹が立つ。おまえが言うな。男は内心でだけつっこんだ。


「シュウでも勝てないのね。……じゃあ、ハクなんかじゃ絶対無理じゃない」


 少女が呟く。やんわりと貶されていることについて、男は気にしないことにした。


 それに、少なくとも自頭の良さでは、確かに少女の指摘通り、男より幼年の方が上だ。まだたいして長く付き合ったわけではないが、その事実には、男も気付き始めていた。


「お疲れさん。よくやったよ、おまえは」


 どこか手を抜いていた。と、男は幼年のプレイングを見て思った。なぜなら、あの手・・・を使わなかった。いや、使ったとしてもさほど有利にはならなかったのかもしれない。だから、男があの手・・・を使えるように、温存してくれたのだろうか? あの手・・・は、奇襲だ。一度使えばもう、二度と通用しない。


 そこまで読み切って男に花を持たせようとしたならば、なるほど、幼年は、強かに最善手を打ったのだ。


「あとは任せとけ」


 男はボルサリーノを押さえ、ぼろぼろのコートをはためかせた。


 最終戦が始まる。



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