第2話 コロッケは美味い。
お墓は瀬戸内海を望める見晴らしの良い山の中腹にある。お墓の近くには公園もあり、春になると桜が咲き乱れる名所でもあった。私はこの公園が割と好きだった。と言っても公園が好きなわけでもなく桜が好きなわけでもなく、ただ瀬戸内海を眺めるのが好きだという理由だ。だから別に瀬戸内の海を望めるのならばどこでもいいんだと思う。
お墓参りを手短に済ませ、お墓参り以上のメインイベントであるコロッケを買いに父は車を走らせた。この辺はじゃがいもが有名な地域で、帰り道にあるコロッケ屋さんのコロッケは本当に美味しい。私たち姉妹はお墓参りと言うよりもこちらがメインで付いて来たようなものだ。
コロッケはやっぱり美味しくて、この美味しさが110円と思うと幸せになる。このコロッケに使われるじゃがいもたちは赤褐色の土で育ったものだと地元の小学生は教わる。私もその一人で「ああ、このじゃがいもは赤色の土で育ったんだな」と潜在意識に近いぐらいの脳みその深いところで考えていた。そんなじゃがいものことで頭がいっぱいになるぐらいこのコロッケは絶品だ。サクサクの衣、中にはじゃがいもとお肉とたまねぎでできたもの。(なんて呼べばいいのかわからなった。)こう、コロッケはなんと表現したらいいのか分からない、言語化しにくい味をしていると私はつくづく感じる。
でも、それでも言えることは110円という安さでこの美味しさが味わえる。幸せの一言に尽きるな、と思いながら妹の方を見ると満足げな顔をして食べ終わっていた。そんなにこにこした妹の顔を見ると言語化しなくても、このコロッケがおいしかったことは忘れないなと思った。
その日はもう空から音楽が降りてくることもなく、家路についた。なんでその日はもう空から音楽が降りてこなかったのだろうかと夜になってやっと考える時間ができた。帰り道は雨が強くなっていて、車窓からの景色を美しいと感じなかったからか?それは違う、私は帰り道に雨粒をたくさん抱き抱えた木々を見つけて綺麗だと思った。帰り道の方が心を揺らされた気がするのだ。よって私の感情が昂った瞬間に空から音楽が降ってくるのでないことが分かる。本当にたまたまあのタイミングで降りてきただけなんだろう。
にしても、本当に悔しい。私があの時書き留めれていれば、あの音楽は世界中の人々の胸に焼きつくような存在になったかもしれないのに。私が書き留められない実力不足を悔やんだ。
…ならば、音楽大学に進学しようか。私はもう大学三年生だけど、今から音楽大学に編入しようか。いやそもそも音大に編入制度などあるのかも分からない。しかし私の脳みそはそんな単純なものではない。もし書き留められる才能を身につけた所で、あの音楽はもう二度と降ってこない気がした。
もう二度とあの音楽を聴くことができないんだ。そう思うと心苦しい。もう二度と聴けないのなら、誰かに聴かせたかったな、せめて。そんなことを考える脳の横で、私のお腹が「コロッケ超うまかったわ!また食いてえなあ!」と叫んでいた。
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