淡い思い出

側臥暇人

淡い思い出

僕は毎日、部活終わりに校門の傍の赤い自動販売機で栄養ドリンクを買ってから帰る。

そういうとまるで運動部員のようだが、僕は文化部に所属している。

小銭を投入すると、ガコンと音がした。

取り出し口に手を伸ばす。


"POWER SUPPORTER"


ラベルに書かれた英字は丸刈り頭のお供そのものだった。


僕は高校三年生。

真夏にも関わらずわざわざ学校に来ていたのはもちろん、部活のためだ。

お釣りを握りしめ、今まさに帰路に着いたところだった。


道行く人々を横目に、栄養ドリンクのボトルキャップを外し、口に流し込む。



美味い。



いつからかわからない毎日の楽しみを実感しながら、一時の幸福に身を委ねていた。


秋に開催される文化祭の準備…

とはいえ夏に駆り出されるのは苦心するものだ。

展示物は「家族の大切さ」がテーマのポスターだ。


そういうとなんだかよくわからない活動に思えるが、僕の部活は論戦部。

他の高校にはない特殊な部活だと思う。

その名の通り、テーマについて自論を戦わせる、ディベートのようなことをしている。

実際、ディベート大会に参加したこともあり、善戦したが惜しくも準優勝だった。


家族、か…。

僕の家に住んでいる家族は三人…だ。

母と父と僕。

だが、最初から三人だったわけじゃない。

もちろん僕が生まれる前は母と父の二人暮らしだったわけだが、そういうことではない。

実は僕には弟がいた。


ふらっと川辺に寄った。

あまりにも暑すぎて、身体が清涼を求めていたからだ。


「ふぅ~…」


一息ついて、栄養ドリンクを飲む。

五百ミリリットルのボトルの水は瞬く間に少なくなっていた。


十年も前。当時小学生だった僕はやんちゃで、手がつけられないとよく言われたものだった。

だが弟は違った。僕とは違い、真面目で、おとなしくて、優秀で…

前の大会も弟だったら優勝していたのかもな、なんてそんな想像が浮かんだ。


ある日、僕が家から帰ると父と母が険しい顔をしていた。

それは夜遅くまで出歩いていた僕を叱るためではなかった。


弟はある日、消えてしまったのだ。

あんな真面目な弟がどうして。

そう思った。

とても家出をするようには見えなかった。

両親は警察に被害届を出し、暫くの間捜索が行われたが、結局弟は見つからなかった。


懐かしいな。

そう、僕が栄養ドリンクを毎日飲んでいるのは、兄弟の思い出だったからだ。


そろそろ帰ろう。

家を目指し、真っ直ぐに歩き出す。


線路の敷かれたトンネルをくぐったとき、目に人影が写った。



『お、お前は…』

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淡い思い出 側臥暇人 @sokuga_himajin

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