第6話 君たち感覚が狂ってるよ
タンナはその日、忙しかった。講堂で劇をすることになり、何百とある席を入念に掃除していく。
「それにしても、見てくれるんですかね?だって、ビラでの感触は芳しくないんですよね?」
後ろの列を掃除しているキガネは、やりがいを感じたいのだろう。いくら給料のためとはいえ、モチベーションが維持しなければ続かない。口に出し同意を貰うことで安心感を得たかった。
「うん。勇者に参加を強いることも出来ないから」
一応全ての勇者にビラが渡ったらしいのだが、勇者は気にもしていないようだった。勇者たちが三人集まり会話することなど『えすえぬえす』や『えふぴーえす』といった勇者宿舎スタッフにとってはよくわからない単語ばかりだ。
王国としても、勇者が意欲的になってくれない限り魔王討伐に出かけてくれないのだから対策は急務であった。宗教・思想・体調に合わせた食事の提供や勇者特権などで気持ちを諌めようとしたが、失敗。勇者がスタッフに八つ当たりする事案も発生した。そこで、王国としても早期のインターネットの提供を条件に大人しくしてもらっているのが現状だ。
しかし、インターネットという概念は王国民に理解が難しく、理解できたとしてどうやって構築するのかなど問題は山積みである。
「ふぅ……。そっちも終わった?なら、そろそろ開場時間だし講堂を開けよう」
タンナとキガネは全ての座席を掃除し終えると、すぐに扉を開けた。
「……」
しかし、開場前から待っている人はいなかった。
「か、開演前には……来るよね?」
キガネも、ここまで勇者に政府が信頼されていないとは思ってもいなかっただろう。希望的観測を胸に一度二人はスタッフルームへと戻った。
スタッフルームには、劇団員数十名が準備している。しかも、著名な方ばかりであった。
「私達の税金が三百人のためだけに使われるとか……。複雑ですよ」
「ですねー」
至急魔王討伐の必要性がある。即ち、 王国は現在非常事態なのだ。そのため、戦費を稼ぐために増税され国民が魔王軍との戦いに備えている。にもかかわらず、タンナの目の前に広がるのはそういった緊張から歩と遠い世界。
キガネも同調してくれる。
「複雑な思いをしてるのはそっちだけじゃないよ」
会話中の二人に声をかけてきたのは、今回行われる劇で主演を務める男性俳優だ。
「俺たちだって、国がこんな状況の中で劇をやるべきだとは思ってない。でも、国王の勅命で断れなかったんだ。本当に済まない」
深々と謝罪した。
「い、いえ。誰も悪くないんですから」
妙に責任を感じている主演俳優。二人で必死に諌め、会場を覗く。勇者3人が席を選んでいるのを見て、思わずタンナは叫んでしまう。
「あ、3人来たよ!」
「おお、3人も……」
「君たち感覚が狂ってるよ」
勇者のことをよく知ってる宿舎スタッフとして感激しているキガネ。そして、そんな二人の感覚を心配して的確に突っ込む主演俳優。
二人もタンナと同じ様にスタッフルームの窓から会場を見る。
だが、勇者3人は場に合わない物を持っていた。
「でも、なんか様子おかしいですね。……何でアイマスク?」
「枕もあります」
勇者たちは皆アイマスクと枕を取り出していた。クッションを持っている人もいる。
「もしかして……」
主演俳優が考えてしまった最悪の可能性。
「まさか、あいつら寝る気じゃないだろうな!?」
唯一入ってきた観客が全員寝てるなど、主演俳優にとっては沽券に関わる出来事であり動揺を隠せない。
「でも、勇者ならあり得るんだよね」
「うん。あの勇者なら」
「勇者って何のために呼ばれたの?」
今の状況から考えうるに、主演俳優の問いはまさしく的確なものだっただろう。
「ほ、ほら。まだ時間あるし……」
楽観視をしたいタンナが恐る恐る時計を見る。開始2分前だった。主演俳優は準備のために他の俳優陣と合流。残された二人は、僅かな希望に縋り出入り口を見る。しかし、願いは叶わぬまま照明が落とされた。
「今から数千年前の話である。とある男が行く末もなく彷徨っていた」
ナレーションが読まれ、ついに主演俳優が壇上へとあがる。
「何でこんなことになってしまったのだろう?」
主演俳優はわざとらしく客席の方へと問いかける。しかし、埋まっている客席は僅か3席。そして、その3席が全員アイマスクをして、枕をセットしているという状態だ。
その瞬間、主演俳優の動きが止まった。すぐに動きが再開され、主演俳優の瞳には少しばかり涙が浮かぶ。
「ああ、帰りたい」
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