第5話 お皿刺さってませんか?

 タンナたちは世話係専用のロッカールームへ向かっていた。まず、世話係は専用の紳士・メイド服に着替えなければならないからだ。


「着替えはここのロッカーを使って」


 造られたばかりということもあり、ロッカーも新品のものばかりな筈である。が、ロッカーには凹凸や穴でいっぱいだった。その上、予算が回せなかったのか扉は無くカーテンで遮られただけの造りになっている。


「あ、あの。なんでここのロッカーこんなボコボコなんですか?」


 新人だけではなく、視察のために来た地方の役人なども同じことを思っているようだ。タンナにとって、聞かれるのはいつものことだったため説明をすることにした。


「ああ、それは──」


 タンナが言いかけた途端、どこからともなくアルミニウムの食器が衝撃波を撒き散らしながらロッカーへと突き刺さった。


「「……」」


 シンマとキガネは二人揃って同じように顎が外れんばかりの大きな口を開けて呆然としている。

 ロッカーに突き刺さったアルミニウム製の食器はヒビが入り、純鉄製のロッカーは食器がピッタリと入る見事な穴が空いていた。

 タンナは慣れた手付きでアルミニウムの食器を外す。


「いい忘れてたけど、よく物が飛んでくるからソフトアーマーかなにかをしたに着ないと死ぬよ?」


 王都の武具店で買ったソフトアーマーはこのためのものである。運が悪いと、飛んできたものが体に直撃して、二度と働けない体になってしまったタンナの同僚もいる。


「「へ、へえ」」


 タンナはローブ脱いでメイド服姿になる。一方のシンマとキガネはそれぞれ紳士服とメイド服に若干の抵抗を見せたが、仕事なのだと割り切って着替えた。二人は慣れない服に違和感を覚えたのかずっと体をもじもじと動かし続ける。


「あのー。すみませーん」


 カーテン越しにロッカールームに声が聞こえてくる。タンナがカーテンを開けると、ロッカールームの前に立っていた男性は、風貌がパン王国人と大きく違う人種だった。小太りの中年男性で、召喚された勇者なのだろうがあまり強そうには見えない。


「お皿刺さってませんか?」

「はい、刺さってます」


 タンナは目の前の男性にヒビの入ったアルミニウムの食器を渡した。


「ああ、どうも」


 勇者にとってもタンナにとっても何かものを飛ばすのは慣れているのだろう。両者ともに素早い対応を見せる。

 そんな二人の様子を、シンマとキガネは震えながら震えながら見ていた。


「ん?どうしたの?」


 冷然としているタンナにツッコミを入れるためなのかシンナは真顔に戻った。


「いやいやいや、なんであの勇者?さんはお皿を飛ばすんですか?」


「うーん。…………そりゃ勇者だし」


「間が長い割に理由になってないですよ!?それともあれですか?勇者はお皿をフライングディスク感覚で飛ばすんですか?そんな風習のある異世界から勇者受け入れちゃったんですか!?野蛮人じゃないですか!」


 シンマの気持ちはタンナにわからなくもないが、仕事の相手を野蛮人だと思っていたら仕事をうまくこなせない。同僚になるしれない相手がこれで困るので、タンナも訂正に入る。


「いやいや、ちゃんと理由はあるんだよ。前に食器飛ばしてきた勇者曰く、『食器を返そうとしたら、部屋の段差に躓いて食器を飛ばしちゃった』と」


「悪気がなかったところで、こっちはかなりの損害を被るんですけど!?やっぱり野蛮人じゃないですか!?」


 シンマはどうしようもない仕事のことで激昂する。その様な光景は、タンナの同僚も多く発症したため何も珍しいものではない。放置して落ち着かせようとするも、キガネがシンマの激昂に思うところがあるのかそばに寄り添い落ち着かせに入った。


「シンマ?お願い落ち着いて!ただでさえあなた高血圧なのよ!?」


「そうだった。……わかったよ」


 シンマはキガネがそばにいることに安堵したのか怒りを抑えた。そんなことよりタンナは、自分と同年代にも高血圧がいると知りまだまだ世の中広いと思うのだった。

 そして、タンナが懐中時計を見ると、時刻はもう夕暮れであった。


「そろそろ勇者様たちの特別授業があるから、その準備しないと」


「「特別授業?」」


「勇者様たちは異世界から転移して来られたので、こっちの風習や歴史などを知りません。そのため、勇者が冒険途中で恥を書かないように歴史や風習の概説が行われているんですよ。講義は専門家をお招きするので、私達の仕事は講義用資料の配布などです」


 突貫工事で造られた勇者宿舎に講堂は無く、仕方無しに隣接するパン王国城の大講堂で行われる。が、その準備は非常に忙しい。勇者たちは基本的に魔王討伐のためにそれなりの基礎能力を得ている。本人たちに使う気は無いが、誤って城の中で使わせてしまったら大惨事になりえない。世話係が負傷するならまだしも、貴族や王族に負傷者が出たら大問題だ。そこで、近衛兵を動員して勇者たちをいかなる能力も使わせないようにして移動させている。

 あまりに危険なため、貴族たちからはかなり不評である。そのため、仮設の講堂を建設する案も出たが、使えない勇者のために大量の予算を割くのはいかがなものかとパブリックコメントが多く来たために計画は凍結された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る