第4話 高い給料につられて

 ローブを被り王都にある武具店を出た女性客、タンナは真っ直ぐ城に隣接する勇者宿舎へと向かう。

 仮に勇者を襲う愚者などいるはずもないが、万が一のことを考えて宿舎の入り口には警備員詰所が置かれている。かなり簡便的な造りになっており、一人は常駐することになっている。


「そこの君!身分証明書を提示してくれる?」


 勇者宿舎にローブ姿で入ることはあまりにも怪しい。それはタンナ自身も自覚していることである。慣れた手付きで鞄から宿舎に雇われているということの証明書を提示した。


「……ん?」


 警備員は、提示された証明書を手に取り凝視する。ローブ姿であるからして怪しい、という固定観念に囚われているのか怪しいところを隈なく探した。とはいえ、宿舎に雇われているということは政府から保証された身でもある。無理に取り調べるのは政府に反逆するも同じこと。

 警備員は証明書を返すと、一つだけ聞くことにした。


「通っていいよ。ただ、ローブ姿だと俺以外の警備員からも職質受けると思うよ。差し支えなければでいいんだけど、なんでそんなりローブ着てるの?おしゃれ?それとも肌が弱いとか?」


 魔術師だのそういう職業があるこの王都では、ローブ姿は決して珍しくもない。ただ、こういった公共施設で顔が隠れるような服装をすると相当目立つのだ。


「いえ、そういうわけではありません。ただ、こちらには色々ありまして。お答えできません」


「そ、そうですか。失礼しました。どうぞお通りください」


 ローブを纏っている理由をはぐらかすというのは実に怪しいが、証明書はそういう人を救うためにもある。勇者宿舎は政府の管理下にある以上、証明書は最高峰の偽造防止技術が施されている。偽造は不可能だった。


「ま、世の中いろんな人がいるもんな。さて、寝るか」


 警備員は納得すると、そのまま詰所の椅子に深く座り眠りに入った。一方のタンナは、詰所を抜けて綺羅びやかな勇者宿舎へ進んでいた。勇者たちが安全に運動したり武器の技術や魔法を練習するためにも、フリースペースが存在しているので詰所を抜けても宿舎までにはまだ歩かなければならない。勿論、フリースペースで遊んだり練習している勇者などいるわけがない。

 閑散としているフリースペースを通り抜けて宿舎に入る手前で、複数人が話しながらこちらに向かっていることにタンナは気づいた。


「あ、タンナさん。お願いがあるんですけど」


 歩いてきたのはパン王国国王の付添人として有名なキノメだった。そしてその後ろ側に見知らぬカップルと思われる男女二人組がいた。二人組はやる気に溢れているところを見ると、これからどこかに働くのだと思われる。


「はい、仕事と言うのは国王陛下からの勅命でしょうか?でしたら、喜んでお引き受けします」


「いえ、これは勅命ではございません。実は、タンナさんに頼みたいことというのは新人の教育係をしてもらいたいのです。実は私の後ろにいるのが今日入った世話係です。先輩に自己紹介してください」


「俺、シンマっていいます。体力には自信があります。よろしくお願いします!」


 見た感じどこにでもいる体力にだけは自身がある少年で、歳はタンナとそれほど変わらない。続いてもうひとりの自己紹介に入る。


「私、キガネっていいます。体力に自身はありませんが、家でおじいちゃんの介護をしていたので、即戦力になると思います」


 彼女もまた、シンマと同じようにどこにでもいる年頃の少女のようだった。ただ、タンナには一つ引っかかることがあった。わざわざこの悪名高い勇者たちの世話係を選ぶとは、金が必要か相当の物好きだけなのだから。


「本音は?」


 タンナが聞くと二人は同時に一緒の発言をした。


「「高い給料につられて」」


 見事な阿吽の呼吸に、タンナは思わず感嘆する。


「じ、実はシンマがプロポーズしてくれて~。同棲することになったんですよ~」


「でも、金がなくて……」


 普通の職場なら、この動機では面接で即刻落とされていた。しかし、離職者が絶えない職場では動機なんかもはや関係ないのである。いかに自分がひどい職場に勤めているということをタンナは改めて自覚する。


「じゃ、指導の邪魔になるといけないので僕は帰りますね」


 王の付添人なのだからやらなければならない仕事は多くある。それらを済ませ、陛下の輔弼も行い、政府の外郭団体の採用にも関わるとは、いかにキノメさんが出来ている人間なのかタンナ、そして二人も実感する。


「それにしても、あの人すごいわ。あそこまで仕事を難なくこなせているとはね」

「あ、そういえば先日仕事の面接に来たとき、キノメさんが城の壁登ってたよ。遠くからだったからよくわかんなかったけど、何か虫かご持ってた。タンナさん知りませんか?」


 キノメはいつでも真面目スタイリッシュということもあり、城内外問わずファンクラブもあるという噂だ。その噂に無意識に誘導されたのか、タンナも自然とキノメの行動には合理的な理由があると思い込んだ。


「キノメさんは真面目な方だからね、城に出来た蜘蛛の巣とかを取ってんじゃないかな?」

「虫かご持ってたってことは一匹も殺さずに多分捕まえたんだろうな。キノメさんは慈愛の精神も持ち合わせているんですね!」


 実際は慈愛のかけらも持ち合わせておらず、王の部屋の窓まで登ってカメムシを貼り付けていたなど三人には知る由もなかった。

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