第2話 やっぱりそこの職場嫌なんでしょ!?

 パン王国の王都、ライス。海と山に囲まれた場所にあり、面積こそ非常に小さいが多くの人々が暮らしている大都市である。そんなライスではとある噂が流れていた。


「なあ、知ってるか?世話係の噂?」

「ああ、知ってる。一日で辞める人が続出してるって聞いたよ。他にも、鬱病になったり、自殺したり失踪したり。そういや勇者宿舎に出店してるって本当です?」

「ああ……」


 ライスの中心部にある武具屋では店主と、そこの常連であるフードのあるローブを纏った女性客でこのような会話がなされていた。武具屋の店主は王国政府御用達の鍛冶師で、王国中の鍛冶師の憧れにもなっている。本来なら勇者宿舎への出店は祝福されるものなのだが、店主の顔色は全く良くない。


「勇者が全く武具に興味を持たないんで売れないんだよ。最初は政府が出店店舗の売上の一部を徴収するって言ってたのに、今じゃ政府が補助金を出店店舗に渡して閉店しないようにお願いする始末だ。勿論免税になった」


 三十人住むことができる勇者宿舎本館には、勇者が気軽に必要な物を購入できるスペースが設けられた。急遽追加で二七〇人分の宿舎の建築が決まった際は、テナントは大喜びしていたがそれも束の間だった。日常生活でも使える物を売っているアイテム屋や雑貨屋は辛うじて売れているが、他の店舗は壊滅的だった。


「へー。大変だね。店主の武具なら見た瞬間に欲しいって思っちゃうと思うけど」

「いや、一応は見てくれるんだ。一応は」


 店主は苦笑いしながら先日のことを語りだす。


「そもそも屋内に出店しているわけだから仕切りなんてないから、中の商品とか丸見えなんだよ。でも、全く興味を持ってくれないんだ。それに、勇者の一人に商品勧めたら殴られたよ。仮にも勇者だからってことで免罪になったよ。正直撤退したいけど、売上が見込めると思って借金して家を建て替えてるから、補助金がないと借金が返せなくなるんだ」


 店主は家計を心配して真っ青になりながら常連客に愚痴をこぼす。そして、愚痴を聞いていた常連客は少し笑っていた。


「うちの職場、さっきから酷い言われようね。まあ、事実なんだけどね」


 常連客の言葉を聞いて店主は素っ頓狂な声を上げて襲うかのように常連客に迫った。


「え?あんた、そこで働いてるのか?悪いことは言わないから、すぐに辞めるんだ!確かに給料は高いが、精神が壊れるぞ!?」


 店主は常連客の体や精神を案じて言っている。しかし、常連客からすれば余計なお節介だ。とはいえ、職場を話すと毎度同じようなことを言われるので今更職場を悪く言われたことでどうにも思わない。


「私のことより家計の心配をしたら?借金してるんでしょ?それに、私が勇者たちの世話係をしていた方が、あなたにとっては都合は良いよ」


「ん?どういうことだ?」


 常連客の言った言葉の意味がわからず店主は疑問に思ったが、常連客は答えぬまま品物のソフトアーマーを手に取った。


「店主?これいくら?」


「ああ、一万七千八百ゴールドだが……」


 店主は困惑していた。今までの言動から察するにこのソフトアーマーは世話係に必要なものなのだろうと。買ってくれるのは嬉しいのだが、買ってくれたのが原因で世話係の仕事を長く続け、悲惨な目にあってしまったら元も子もない。


「なら買うわ。現金払いで。あと、仕事場まで着てくから試着室も借りるわ」


 常連客は何も躊躇うことなく持っていた鞄から札束を取り出して店主の目の前に置くと、ソフトアーマーを持って試着室へと向かった。

 店主が悩んでいる間にも常連客の仕事の準備はどんどん進んでいた。一応は彼女自身が決めたことなのだから、仕事にとやかく言うのは烏滸がましいことだと強く言わないことにした。とはいえ、何か身体に異常が見られればすぐにでもやめさせることにした。


「……でも、彼女ってうちに来るとき来るときいっつもローブ姿なんだよな」


 店主は常連客のローブを纏っていない姿を見たことがない。となると言動だけで判断するしかないと思ったが、そのとき試着室が開いた。


「き、君……」


 店主はローブを纏っていない常連客の姿を見て凍りついた。言動だけではわからなかったが、歳は十代後半を印象づける背丈と顔だった。そして、髪は見事な白髪である。


「は、はい。何でしょう?」


 我に返った店主はまたしても襲うかのように常連客に迫った。


「君、相当ストレスが溜まってないかい?」


 店主に対して間髪を入れずすぐさま常連客は自身の髪を指しながら返答した。


「生まれたときから白髪なんですよ!」


「そうか……その、済まなかった」


 身体の異常を判断しただけだったが、それでも人を傷つけたことには変わりはないので店主は謝った。


「だ、大丈夫ですよ。仕事場に比べたら全然ましですよ」

「やっぱりそこの職場嫌なんでしょ!?」


 店主は再確認するが、常連客ははぐらかす。


「と、とにかく。そろそろ仕事なので。失礼します」


 常連客はローブを纏って武具店を出ると、ライス城の近くにある勇者宿舎を目指した。

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