第18.5話 スノウside

 スノウは自室でずっと泣いていた。

 理由は勿論、クロヒによる突然の辞退だった。

 自分がこれだけ強くなって、両親に魔法使いの道を進んでも大丈夫なんだと、安心させたかった。

 何より、両親に褒めて欲しかった。よく頑張ったね。これからも頑張ってねと。

 そうすればスノウはどれだけ救われたことか。だが、非常にも現実は上手くはいかない。


『スノウは無理しなくてもいいんだよ。強くなるにも限界がある。必死になりすぎると、かえって自分を傷つけることになるから』


 父から言われた、励ましの言葉。


『スノウ、伸び伸びやればいいのよ。辛い思いなんて、しなくていいんだから』


 母から言われた、励ましの言葉。

 優しさからの言葉だと、スノウ自信も分かっている。分かっているが、それでもこの言葉はスノウの求めている言葉ではなかった。


「なんで……。なんでこんなこと言ったの……? 私がそんなに……情けないの?」


 屈辱だった。そして、その屈辱を生んだ原因は、間違いなくクロヒにあった。

 勝手にどこかへ逃げて行って、消えたクロヒに。


 涙は未だ止まることは無い。そろそろ学校が始めるから、スノウは涙を止めたかった。

 でも、悔しすぎて、その感情が自分を刺激するのだ。忘れようとしても、忘れられない。

 

「スノウ、いる?」


 こんこん、とノックの音が聞こえてきた。ミナの声だった。

 今は誰もが部屋に入れたくはなかったが、スノウにとってミナだけは別だった。


「うん、いる」


 ドアが開き、ミナは部屋へ入ってきた。

 そして、ベッドの上でうずくまるスノウを見て、思わず目を逸らした。


「大丈夫……?」


「大丈夫に……見える……っ?」


 震える声で、八つ当たりをするようにスノウは言った。


「ごめん。スノウ、そろそろ時間だから」


「わかっ……わかってるもん!」


 そう言ったきり、相変わらずベッドから動こうとしなかった。

 

「私も一緒に教室に行ってあげる。大丈夫。私がついてるから」


「ミナ、ちゃん」


 ようやく、スノウが顔を上げると、ミナはスノウに近付いて、頭を撫でた。


「大丈夫」


 ミナはそう一言だけ言った。

 その、静かで力強い言葉を聞いて、ようやく止まりかけた涙が、また溢れ出した。


「ううっ……。ぐすっ」


 ぽん、と。スノウはミナの小さな体に顔を顰めた。そして、ずっとすすり泣く声が聞こえてきた。


「クロヒが……。クロヒがぁ」


 クロヒ……許さない。

 ミナの胸の中で泣くスノウを見て、ミナの中で何かが燃え出した。


「クロヒに言おう。スノウの気持ちを」


「……え?」


「スノウ、このまま何もしないで泣いてるだけじゃ駄目。それじゃあ、スノウは何も解決しない。一発、嫌いだって言ってやればいい」


 スノウは自身の感情に任せて、淡々と言葉を並べていく。

 その言葉一つ一つの奥には、静かな怒りが宿っていた。


「……あ、でも」


 スノウはベッドの中で何度もクロヒを馬鹿だ馬鹿だと罵倒していたが、ミナの言葉で、少し我を取り戻した。


『嫌い』


 スノウは、別にそんなことが言いたいのではない。確かに、クロヒには言いたい事があるし、今はクロヒとなんか話したくないと思っている。

 でもそれは、嫌いだからでは無い気がしていた。


「ミナちゃん」


「何?」


「ありがとう。ちょっとだけ楽になったよ。私が直接クロヒに聞いてみる。冷静でいられるかは、ちょっと分からないけど」


「うん。スノウ。頑張れ」


 頑張れ。スノウにとって心地よい響きだった。


 表面上は、そんなことを言っているスノウだが、スノウの中ではまだ折り合いは付けられていなかった。

 これからの学校生活に、スノウは大きな不安と、恐怖を抱えていた。

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