第27話
「俺を連れてってくれ!」
「……何言ってんだよ。ダメに決まってるだろ」
クロヒは、テロリスト討伐について行く為、ヒトキに早速許可を貰おうと宿屋へ赴いたのだが、あっさりと断られてしまった。
「なんでだよ!」
「当たり前だろ。国の一大作戦に魔法も使えない学生を連れてくかよ」
「た、確かにそうだけどさ」
許可を貰うまで絶対にここをどいてやらないくらいの覚悟だったが、いざ正論を言われると、萎縮してしまった。
「そこで死ぬかもしれないって事を甘く見すぎてる。そんなやつは連れていけないだろ」
「それは無い!」
何度か死にかけているクロヒが、死を甘く見ているなんてことは絶対にない。
「……ならお前に、ついてきてくれる人はいるのか?」
「なんだよ、それ」
「そのままの意味だよ。お前が何処に行くと言ったとしても、絶対についてきてくれるような人がいるのかってことだ」
ついてきてくれる人。その言葉で真っ先に思い浮かんだのは、スノウの顔だ。
「……今は居ない」
「そうか、なら無理だ――」
「今は居ない、けど、1人だ。その1人にあと一言俺が話せるなら、絶対についてきてくれる。それに、そいつが行く場所にだって、俺は行ける」
クロヒが言う言葉は、ヒトキにはその言葉の真意は読み取れなかった。
だが、クロヒの目は本気だ。
「……バンジェンバーグの荒野」
ヒトキはボソッと囁いた。
「は?」
「情報漏洩させたのが俺なんてバラしたら、お前の命はないからな」
そう言って、話は終わりだと、ヒトキは背中を向けた。
それはヒトキなりの優しさだった。
クロヒは今、何か大きな一歩を踏み出そうとしている。それは人間として、魔法使いとしても大きな成長の1歩になる。
それなら、少しくらい背中を押してもバチは当たらないだろう。
そう思って、ヒントをあげた。
「師匠、ありがとな!」
「これで、用は済んだろ。帰れ帰れ」
シッシ、手をヒラヒラと動かした。
その日からクロヒはスノウの病室に毎日通った。
クロヒは、何としてでも起きて欲しいと思った。それは、ただクロヒが荒野へ向かいたいからでは無い。
スノウを裏切ってごめんと言いたい。スノウが助けてくれてありがとうと言いたい。だから、早く起きて話したいと、心から思っていた。
「……なんで今日もいるの」
ミナが見舞いに来て、若干嫌そうにしていた。
「悪いかよ」
「別に」
ミナとは見舞いに行く時間がよく被り、こうして2人でぼーっとした時間を過ごすことが多くなっていた。
病室では、毎回気まずい雰囲気が流れている。
「ミナ」
「……なに?」
「ミナは、なんでスノウと仲がいいんだ?」
「なんでって言われても……」
何とかしてこの妙な空間を落ち着かせたいクロヒが、苦し紛れにミナへ質問をした。ミナは、なぜ急にそんな質問をしたのかと怪訝そうにクロヒを見たが、やがて少し悩んでから話し出した。
「あの子は不思議な魅力がある。何かは分からない。けど、不思議と魅力がある。それは、外面ではなく、内に秘めた何か」
「内に秘めた何か……か」
「因みに、クロヒの内面は気持ち悪い」
「……んだとぉ!?」
良い話をしていて、ミナも何か感じるものはあるのだと思い直そうとしたが、次に続いた言葉で全てが台無しになった。
「クロヒの内面は気持ち悪い。あと、メイって子も少し苦手」
「メイの事まで馬鹿にしやがって……」
「馬鹿にしてない。本当の事を素直に言った。それだけ」
「ぬあぁぁぁ!! なんか一々鼻につくなお前!!」
ここが病室だということを忘れて、クロヒはぎゃーぎゃーと騒ぎ出し、それに呼応するようにしてミナもヒートアップしていった。
やれ背が低いだの、やれ暑苦しいだの、小学生のような悪口を言い合っていた。
「むぅ……」
スノウが、寝心地悪そうに顔をしかめて、薄らと瞼を開いた。
「何……? うるさいんだけど……」
「「……スノウ!?」」
スノウが目覚めたのに気付いた途端、口喧嘩を直ぐにやめてスノウのベッドの隣へ向かった。
「あれ……? 2人で何してるの?」
「何してるの、じゃない。心配した……」
ミナは涙を滲ませて、微笑んだ。
そして、その顔をクロヒに見られた途端、顔を隠した。
「……泣いてない」
「まだ何も言ってねぇよ」
「……いつの間にか仲良くなってたんだね」
スノウは嬉しそうに微笑んだ。まだ完全には回復していないのか、力の抜けた笑みだったが、クロヒは笑顔が見れて嬉しかった。
「スノウ……ごめん。俺、スノウの気持ちを何も考えないで、自分ばっかで行動して。せめて、スノウに相談すれば良かったのに」
「ううん、私が勝手に拗ねちゃってただけだから大丈夫だよ。こっちこそごめんね」
「うん。後さ、俺のこと、あの時助けてくれてありがとな。俺、マジで死ぬかと思ったから」
「……クロヒくんが生きててよかったよ。本当に」
クロヒは、口には出さなかったが、心の中でこう言った。
スノウが生きてて良かった。起きてくれて良かった。本当に、助けてくれてありがとう、と。
「……私、居るんだけど」
ミナが口を尖らせながら言った。
「あー……もう。可愛いなぁミナちゃんは」
「……子供扱いしないで」
拗ねながらも、ミナはスノウに撫でられて満更では無さそうだ。
クロヒは自分がテロリストと戦うことになり、もしスノウの力が借りれるならと言おうとしたが、若干言いにくい空気になってしまった。
「……クロヒくん。なんか隠してるでしょ」
「なんで?」
表情が分かりやすかったかもしれないと、少し顔を引締めた。
「前みたいに、スっと居なくなりそうな気がして」
「これじゃ隠し事出来ねぇな」
クロヒは今日あのことを言うか言わまいかと悩んでいたのに、あっさりスノウに見破られてしまった。
だが、そのお陰でクロヒはスノウに気を遣う必要は何も無くなった。むしろ好都合だったかもしれない。
クロヒは、他言無用だと押した上で、ミナも入れてテロリストについての話をした。
「まともに魔法を使えないのに、行くつもりなの?」
「ああ。このまま俺が何もしない訳にはいかない。メイばっかりに背負わせたくないんだよ」
クロヒは、メイを守り抜くと決めたのだ。メイが悲しんでいるのだとしたら、それを半分自分に分けて欲しいし、重いものを背負っているのだとしたら、自分にも背負わせて欲しいのだ。
でも、ここでずっと立ち止まっていたら、自分は腐って、メイとの距離は離れていく。
それだけは絶対に許せなかった。
「でも、そんなの無謀だよ」
「だから……スノウの力を貸してほしいんだ。勿論、こんなだし、無理は絶対にさせないし……」
「――クロヒだけじゃスノウは守れない」
「……ミナ」
キッパリと、まるで未来を見たかのようにミナは言った。
「でも、クロヒくんなら守っ……」
「無理。いくらなんでも、出来ることと出来ないことがある」
「そう、だな」
絶対にやってやるから。そんなことは意味は無いとミナは言う。
そんなことは、クロヒも分かっていた。1番重要なのは、言葉じゃなく実力だ。自分にその実力があるかどうか。
魔法が使えないやつに説得力はないと、ミナは言いたいのだ。
「――だから、私も行く。私がスノウを守る」
「……え?」
「だって、クロヒは頑固だから。聞く気ないだろうし」
ミナは仕方がないと、溜息を吐いた。クロヒが頼りない。だから自分も行く。
そう言っている割には、ミナの目に浮かぶのは、クロヒへの信頼だった。
スノウのお見舞いに行くたびに、クロヒがいた。そして、スノウに対する目を見てきた。
その思いが本物だと知ったからこそ、自分もついて行こうと思ったのだ。
「スノウ、ミナ……ありがとな」
「……別に」
「うん! 私、早く体力戻すよ! 頑張るから、みんなで行こう! バンジェンバーグの荒野に!」
俺にも、仲間が出来たんだ。
クロヒは、2人の優しさと、信頼に触れて、涙が溢れた。
そして、スノウはクロヒを抱きしめた。
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