第25話

「師匠、なんで……」


「話はあとだぜ」


「……あ、スノウ!」


 ヒトキが向けた視線の先を見て、クロヒはよろよろとスノウの元へ向かった。

 息はある。だが、出血は激しい。このまま放っておいたら不味い。


「……俺が、また間違えたのか?」


 スノウの姿を見て、固まってしまったクロヒをヒトキ殴った。


「……しっかりしろよ。お前がそれでどうするんだよ。安心しろ、この子は俺が病院に届ける。お前は魔物の残党に見つからないように帰れ」


 ヒトキはスノウを抱きかかえて、一瞬で森の中を消えていった。


「スノウは!?」


 ヒトキとすれ違うようにして、ミナはがクロヒ達の前に現れた。


「クロヒ……。まさか、スノウは」


「スノウなら、無事だ。師匠が病院に送ってる」


 クロヒは、まだ立ち直れていない。ヒトキに殴られた場所から動かず、へたり込んで俯いている。


「俺なんか、庇わなければ良かったんだよ。シュウも送り届けられたし。俺だって、これに関しては助けを待つだけでも大怪我で済んだんだ」


 そういうと、ミナはクロヒの胸ぐらを掴んだ。いつも物静かなミナが感情的になる姿は、クロヒとエドウィンも初めてだった。


「スノウがクロヒを助けたのは、どういう意味なのか考えて。スノウは、クロヒの事をずっと気にかけてた。だから、迷わず助けた。クロヒの都合は関係ない。後で、スノウに謝って。それでちゃんとお礼して」


 ミナは最後にクロヒを突き飛ばし、帰っていった。


「……クロヒ」


「ごめん。今日は1人にさせてくれ。エドウィン。だから先に帰ってくれ」


 そう言うと、エドウィンはクロヒから音を立てずに離れていった。

 誰もいなくなった薄暗い森の中で、クロヒは立ち上がり、頼りない足取りで王都へ戻っていった。


◇ ◇ ◇


 クロヒは、ヒトキに言われてスノウのいる病院に向かった。

 重い足取りで病院に向かい、そして、スノウの病室を開くと、そこには校長先生がいた。


「少年。やっと来たか」


「校長、先生」


 校長先生は椅子に座り、スノウを見ていた。

 重く閉ざされたスノウの瞳に、開く気配は無い。


「もう少し遅ければ命に関わっていたそうじゃ。助かって本当に良かった。じゃが、まだ目覚める気配はない」


 クロヒは、歯を食いしばり、あの時スノウを助けに行けなかった事を悔しがった。


「……少年。君がいてあげなさい。この少女には、君が必要じゃ。私がいるより、その方がこの少女も喜ぶ」


 校長はクロヒの肩をぽんぽんと2回叩き、病室の外へ出ていこうとした。


「スノウ……」


 クロヒはゆっくりと近づき、スノウの眠る顔を見つめた。

 こんな怪我を負ってしまっても、寝顔は安らかで、気持ちよさそうだった。

 クロヒはまた歯を食いしばり、悔やんだ。今度は涙が溢れてきた。


「――ごめん」


 ポツリと言葉が漏れた。


「――ごめん……っ!」


 ぽたぽたと地面に落ちていく雫。クロヒの声は、震えて、寂しそうな弱々しい声だった。

 初めて溢れ出てきた「ごめん」という3文字。

 だが、その言葉は、スノウに届くことは無い。この病室に吸い込まれるように消えていくだけだ。


 なんで……何も出来ないんだよ……!


 魔力も使えず、謝ることも出来ず、もうクロヒに出来ることは何も無かった。

 それでも、校長はクロヒが必要なんだと言ってくれた。それはクロヒにとって嬉しくもあり、同時に無力なことを悔やんだ。

 自分が出来る事は、ただスノウの隣にいることしくらいしかない。

 そんなの誰でも出来ることだ。そう思いながらも、門限の時間まで、クロヒはずっとスノウの病室にいた。


◇ ◇ ◇


「クロヒ……大丈夫なのかよ」


 消え入りそうなほど落ち込んでいたクロヒだったが、休みの日のバイトにはきっちり参加していた。

 エドウィンから休んでも構わないと言われていたが、それでも自分は大丈夫だからと、孤児院へ共に向かった。

 魔法も何も使えないクロヒは、もう何もすることがなかった。

 だからこそ、仕事をすることによって、少しでも空白の時間を埋めようとしていた。


「クロヒ」


 いつものように、2人で雑巾がけをしていると、管理人に声を掛けられた。


「……なんですか?」


「実は、クロヒにやって欲しいことがあるんだ。構わないかい?」


「あ。はい」


 いつの間にか、クロヒは敬語を使うようになっていた。

 少し大人になったと言えばそれまでだが、エドウィンは、何か違和感が拭えなかった。


 クロヒが呼ばれたのは孤児院の庭だった。

 そこにはあの魔法やんちゃ3人組がいて、クロヒが来るなり土下座をした。


「お願いします! 俺達に魔法を教えてください!」


 真っ先に声を出したのはシュウだった。


「力が足りないんだ! もっと強くなって、俺達は金を稼げるようになりたい! 一杯金を稼いで、それで少しでもルイのおっさんを楽にしてやりたいんだ!!」


「おっさん……? ああ」


 管理人の名前、呼ばなすぎて忘れてんなぁ……。

 

「それで、どうかな。この3人に魔法を教えてくれないかい?」


「……まあ、構わないですけど」


「よっしゃあ!!」


 3人は急に立ち上がり、一様に大喜びだった。


「……でも、教えるからには厳しくするけど」


「構わねぇ! そうじゃないと、守れるものも守れないだろ!!」


「……そう、だな」


 クロヒにとって、耳が痛くなる言葉だった。だが、その言葉が少しだけ、クロヒの心を楽にしてくれた。


「じゃあ、今日から早速やるか。覚悟してろよ?」

 





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る