第20話

「はっはっはっ。ヴェリテンシアの言った通り、面白い子のようだ」


 エイブラハムは、クロヒの的外れな感想に大笑いをした。


「それで、話ってなんだ……ですか?」


「そんなに畏まらなくて良い。慣れてないようだからな。それで、話だが、まずは謝罪からしよう。君の村を守れなかったのは全て私の責任だ。申し訳ない」


 エイブラハムは深く頭を下げて謝った。

 まさか王様が直々に頭を下げてくれるとは思わなかったので、クロヒは慌てた。


「いや、待ってくれよ。何の話か訳わかんないんだけど」


「エイフランクという青年を、君は見たことがあるだろう?」


 そこで、クロヒは驚いた。


「彼は私の息子だ。そして、彼がミランダ村へテロリストを手引きして村へ送り込んだ」

 

「なんで、俺の村なんかを……」


 クロヒは理由がわからない。自分の村は国の辺境にあり、近くには何も存在しないド田舎だ。

 禄なものがない村になぜ、テロリストなんかがやってきたのか、普通なら来るはずがないのに。


「それは、君の隣の子が関係している」


「は? メイが?」


「そうだ。ヴェリテンシア・ムーブル。私達の娘で、次代の聖剣使いとなる者の名だ。我々は代々聖剣を受け継ぐという儀式がある。それに選ばれた存在がヴェリテンシアだ。そして、聖剣に選ばれなかったエイフランクが、ヴェリテンシアのことを恨んでいた。そんな中、嵐の襲った夜、突然ヴェリテンシアが行方不明になった」


 つまり、エイブラハムが言うには、ヴェリテンシアとメイが同一人物だということだ。


「メイが王女……? でも、証拠なんてないんだろ?」


「しかし、ヴェリテンシアはエイフランクと衝突し、そこでヴェリテンシアが見せた力は、紛れもない聖剣の力だ。それでも信じられないのなら、ヴェリテンシアに聖剣を使わせるといい」


 これだけ並べられても、全く実感が湧かなかった。今まで一緒にいた幼なじみが王女だったなんて、信じられるはずもないのだろうが。


「だが、ヴェリテンシアは、存外メイという名が気に入ったのだろう。改名し、ヴェリテンシア・メイ・ムーブルにして欲しいと、メイという名は残して欲しいと言われた」


「……メイが?」

 

 メイは、少し恥ずかしそうに顔を下に向けた。


「えっと、名前を付けてもらった頃の記憶はないけど、クロヒの付けたこの名前は、大切だから……」


「メイ……」


「だから、君は今まで通り気にせずメイと呼びたまえ」


「は、はぁ」


「そして、ここからが本番だ。近いうちに、そのテロリストの撲滅を考えている。勿論、ヴェリテンシアも行くことになる。それで、そうなったら君も行くのだろう?」


「ああ、だけど……」


 魔力依存性がクロヒの邪魔をする。このままでは足でまといになるのは目に見えていた。


「勿論、君の今の事情は把握している。その病が癒えるのならば、是非とも戦力に加えたい」


「……ああ、分かった」


 本格的な戦いはしたことが無いので、クロヒは少しだけ気が引けた。

 しかし、このテロリストは村の仇でもある。そう考えれば行かない道理はなかった。


「あと、最後に1つ。ヴェリテンシアはまだ聖剣の力を上手く操ることが出来ない。だから当面の間は、魔法学校へ通うことになる。君の通う学校だ。私の愛娘、ヴェリテンシアをよろしく頼む」


 今まで感じたことの無い重圧が襲いかかった。

 メイは、王女――。

 そして、クロヒは学校で王女に付き添うことになる。

 今までとは全く違う。重くのしかかる責任とプレッシャーだ。


「ああ、分かった。任せとけ!」


 表向きにはそう言ったが、まだクロヒは気持ちの整理が出来ていなかった。

 

◇ ◇ ◇


 代休を挟んで、久し振りの学校だった。

 新入生魔法最強決定戦の優勝はオズワルドのコンビだ。流石エリートコンビと言ったところだろう。

 これにより、一時コンビは解散し、通常授業がまた始まることになる。


「おっす!」


「お、クロヒ! お前、結局アレはどうなった……?」


 エドウィンはクロヒが教室に来たのを見て挨拶をすると、クロヒに耳打ちした。

 メイの誘拐事件は、王族が関わっていることもあり、真相は闇に葬られることになった。だから、エドウィンも下手に出ることは出来ない。

 万が一バレしてしまったら、大変なことになる。


「ま、どうにかなったぜ!」


「そうか、それは良かった」


 エドウィンは安堵した表情をしたが、直ぐに顔を引き締めた。


「ごめん、俺は席を外すよ」


「……?」


 突然、エドウィンが席を外し、ジンの元へ向かった。何事かと思い、考えていると、隣から声をかけられた。


「……クロヒくん」


「お! ……スノウ」


 スノウは、静かにクロヒへ話しかけた。何時ものように元気な姿ではなく、軽蔑しているような冷たい瞳をしていた。


「なんで……辞退なんかしたの?」


「それは……ごめん」


 言えない。本当なら弁明したいが、これは、絶対に言ってはいけない事だった。


「ゴメンじゃないよ。私と約束したじゃん! 勝つって、優勝するって。あんなに頑張ったのに……」


 いつの間にか、教室はスノウの雰囲気に飲まれて静まり返っていた。


「せっかく、お母さんとお父さんが見に来てくれたのに……っ!」


 スノウは涙を流していた。スノウは、クロヒの思っているよりも、クロヒのことを気に入っていた。

 だからこそ、クロヒとなら厳しい練習でも頑張ってこれた。

 それだけに、突然のクロヒが辞退したことは、スノウにとっても許せないことだった。


「……スノウ」


「クロヒの馬鹿」


 スノウは直ぐに机に突っ伏して、そして動かなくなった。

 もう、クロヒの話は聞きたくないらしい。そして、時々聞こえてくる鼻をすする音が、クロヒの心を痛めた。


「……最低」


 ミナも、そう一言告げてクロヒの横を通り過ぎた。

 そして、そんな重たい空気を切り裂くようにして、担任のジョーダンが教室へ入ってきた。


「おはよう。今日は皆に話がある。転校生だ」


 その言葉に、教室がざわついた。

 この学校に転校生が来るのは、余程の何かがない限りはありえない。

 一体誰が来るのかと、クラスメイトは皆身構えた。


「入ってきなさい」


 クロヒは誰が来るのかは分かっていた。

 入ってきたのは、金髪の綺麗な少女。


「ヴェリテンシア・メイ・ムーブルです。皆さん、よろしくお願いします」


 その瞬間、教室の空気は、先程の凍った空気が嘘のように盛り上がった。

 

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