第16話

「メイがいない……って、学校は全部ちゃんと探したのかよ」


「ええ、くまなく探したのですが、力及ばず……申し訳ありません」


 メイがこの時間に何処かへ行くというのは、クロヒからして信じられないことだ。

 だとしたらメイは一体どこに行ったのか、クロヒは予想も出来なかった。

 そして、嫌な予感ばかりがクロヒの頭を過ぎっていた。


「外……か? なあ、メイが外に行くとか言ってたりはしなかったのかよ」


 クロヒのその質問には心当たりがあったようで、使用人のはすぐに答えた。


「それについては聞いていました。確か、貴方にお菓子を作るために、パン屋へ行くと話していた気がします」


 あの事かよ……!

 クロヒは冷や汗が止まらない。門限はとっくに過ぎていて、メイ自身、約束を守らないようなやんちゃな人じゃない。もし、それが原因で学校に帰ってきていないのだとすれば、何かトラブルに巻き込まれた可能性は高い。


「そうだとしたら……不味い。外も探しに行かねぇと……!」


「待て、クロヒ。今は門限をとっくに過ぎてる。生徒が探すより、先生に任せた方が確実だし安全だ。それに、俺たちが外に出れば、決勝トーナメントだって強制辞退になる可能性だってあるんだ。それを分かって言ってるのか?」


 エドウィンは、冷静な判断でクロヒを諭そうとするが、クロヒはそれを聞かなかった。


「大人だから安全なわけじゃない! 大人だって、出来ない時は何も出来ないんだよ! それに、約束したんだよ。俺がメイを守り抜くって。誰かに頼ってるようじゃダメなんだ。俺が、俺が守らないと……」


 それはクロヒの切実な訴えだった。メイを守りたい。助けたい。その気持ち一心で、エドウィンに言葉をぶつけた。

 予想外の言葉を耳にしたエドウィンは、少し考えた。

 そして、エドウィンの出した答えは――。


「ジン、ごめん。迷惑かけることになる。決勝トーナメント……諦めてくれ」


 俯きながら、エドウィンは言った。

 クロヒはその言葉に思わずエドウィンを見た。

 そして、ジンはその言葉に特に怒りを覚えることは無かった。


「何言ってんだよ。エドウィン。俺はエドウィンがどんな決断をしたってついてくぜ。ま、クロヒのことはちょっと気に入らないけどな」


 何かと余計なことを言うジンだが、今回ばかりはクロヒとエドウィンは心が楽になった。


「ああ、ありがとう。……クロヒ、そういう事だ。今何が起きてるのか分からない。だから、最悪の想定も考えろ。そして、それを打開する為に俺たちがどうするか考えよう」

 

「ああ、分かってるぜ。エドウィン、ありがとな」


「改まるな。本番はここからだ。クロヒ、単刀直入に言う。あの門には何も通用しない。隠れて門限以降に出たとしても、直ぐに教師に伝わることになる。だから、先生に見つかった時は、俺が何とかして時間を稼いでやる。お前は俺を気にせず、ただメイのことだけを考えて欲しい」


 エドウィンの言葉に、クロヒはドンと胸を叩いた。


「ああ。わかったぜ」


「ジン。お前は俺たち二人が打ち上げに出れないことをスノウ達に教えてきてくれ。そして、そのまま打ち上げを初めて来てくれ。だが、くれぐれも内容は伝えるなよ」


「ああ! 承知したぜ!」


 打ち上げに出れない。その言葉に、クロヒは少し心が傷んだ。

 スノウとあんなに練習してきて、一緒に頑張って来たのだ。メイとの約束は守って、スノウとの約束は反故にする。それは、自分でも許せないことだった。


「……クロヒ、今更迷ってるのか?」


 気持ちを察して、エドウィンは冷たい言葉を投げかけた。


「いや、迷ったりなんかするわけがねぇ。メイを見つけないと」


「ああ。それならさっさと行こう。良いか? どこの柵を飛び越えても見つかる。どうせ見つかるなら正面突破だ。絶対に止まったらダメだ」


「ああ!」


「よし、行くぞ!」


 クロヒとエドウィンは合図と同時に思いっきり走り出した。

 急に全力疾走し始めたクロヒ達の姿を、生徒達が変なものを見るような目で見つめた。

 そして、それを見かけた教師が怒鳴る。


「おい! お前ら、止まれ!」


 だが、そんな声に止まるはずがない。

 そのままのスピードで門を飛び越えて、2人は一目散に学校から逃げ出した。


◇ ◇ ◇


「クロヒ、遅いなぁ……」


「……暇」


「ごめんね、ミナちゃん。でも、もうすぐ来ると思うから」


 スノウとミナ。そして、それに流れで連れてこられたオズワルドは、クロヒ達を待ちわびていた。

 珍しくこの人数で集まれたので、スノウは折角だからと皆が集まってから始めることにした。

 そして、食堂の入口が勢いよく開かれた。

 スノウは、一瞬クロヒが来たものだと思ったが、小さな少年だったのを見て、視線を戻した。

 

「スノウって子はいるか!?」


「え?」


 しかし、その言葉を聞いて2度見した。

 私に、用?

 何故なのか分からないが、どうやら何か話すことがあるらしい。

 スノウは手を挙げて呼んだ。


「私、だけど」


「あ、見つけた!」


 その少年がスノウに駆け寄り、すぐに話しかけた。


「俺、エドウィンのコンビでジンって言うんだ。クロヒから伝言を頼まれたんだ」


「クロヒから?」


「ああ。早速なんだけど、クロヒ、今日打ち上げ出れないって。なんか、用が出来たらしくて」


「用?」


 クロヒが急用。スノウは少し怪しんだ。


「……自分勝手。じゃあ、もう始める」


 ミナは拗ねてしまったようだ。


「う、うん。そうだね……」


 クロヒは急用。それじゃあしょうがないからもう始めよう。

 それだけで良いはずだが、何故かスノウは胸の引っ掛かりが取れなかった。





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