第13話

「クソっ! クソっ! クソっ!」


 王城のとある一室で、男は酷く憤っているた。

 壁を拳で殴りつけ、壁には血が滲んでいた。


「まんまと帰ってきやがった。それもこれも、全部あの王国の蛆虫が最初に殺し損ねたからだ」


 そう言って、さらに強く壁を殴りつけた。


「――待ってろよ。俺が直々に殺してやる」


 その男と憎悪は、高貴な服に似合わず、生ゴミのような薄汚いものだった。

 


◇ ◇ ◇


「いっけぇーー!!」


 スノウの撃った氷の矢が、3つの的に当たった。


「クロヒ、どう!?」


「ああ。3つまでは楽に打てるようになったな。これなら、充分実践で使えるな!」


 特訓の甲斐があり、スノウは同時に3つまでなら魔法を打てるようになった。

 

「でも、あくまで使えるってだけだけ……だよね」


「いや。多分、強い魔法が打てるやつでも、魔法を同時展開するのは難しいと思う。同時展開は、俺達にとってかなりアドバンテージになると思うぜ。特に、決勝トーナメントは」


 予選は障害物も何も無い、単純に魔法の力量だけを競う戦いになる。

 だが決勝は、市街戦を想定した障害物ありの戦いになる。死角からの多重魔法展開は、牽制に十分な効果を発揮する。


「そうなの?」


「ああ。だからこそ、決勝までいかないとな」


「うん!」


 この特訓を通じて、クロヒとスノウは力だけでなく心の距離も縮まっていた。

 それもあり、なおのことここで結果を残すということが、2人にとって重要な目標になっていることは間違いが無かった。


「……あれ? なんか近くで音がしない?」


 スノウが、耳を済ませて、その音の出処を探った。

 そして、スノウが指をさした。


「あっちの方。ちょっと行ってみようよ」


「ああ」


 2人が向かった先では、クロヒ達と同じように特訓をしているようだった、

 透き通るような水色の髪をなびかせ、魔法を撃つ背の低い少女と、それを迎撃する黒髪の少年。

 広場では強力な魔法が使えないのもあり、どちらも魔法自体は下級の魔法を使っているが、質はかなりの物だ。一切隙を見せず、攻撃と防御を繰り返していた。

 いつどちらに戦況が傾いてもおかしくない状態だ。


「す、凄いね、あの二人。同じクラスだよね」


「ああ。名前は、あんまわからないけど、見たことあるな」


 偵察がてらと、クロヒは戦いを見ていると、それに気付いたのか、戦っていたふたりは戦闘を中断した。


「誰だ……って、お前らか」


 黒髪の少年は、特に驚くことも無く、クロヒ達を見た。


「おう! 邪魔するぜ」


「……本当に邪魔」


 水色の髪の少女は、邪魔をされて少し不機嫌になっていた。


「まあいい。丁度長引いてたし、少し休憩しよう。俺は、オズワルドだ。それで、こっちは――」


「――ミナ」


 小さく、囁くような声だったが、何故かよく通る声だった。


「俺はクロヒ! よろしくな!」


「ああ。よろしく」


「私はスノウ。さっき凄かったね。こんなに小さいのに、魔法凄かったよ」


「むっ……」


 ミナは、小さいという言葉が気に触ったのか、少し表情がむすっとした。


「あ、ごめん……。でも、本当に凄いよ。あんな自由自在に魔法使える人、初めて見た! ミナちゃん、よろしくね」


 スノウが握手をしようとミナに手を差し出した。

 すると、ミナはその手をじっとみて、目を何度か瞬きして、それから少し目を逸らしながら手を差し出した。


「まあ……よ、よろしく」


「うん。よろしくね」


「そうだ。クロヒ」


 1度話を戻すかのように、オズワルドは、クロヒに話しかけた。

 オズワルドの視線の先には、魔石が存在している。


「なんだ?」


「お前、やっぱり魔石使いだったか」


「……おう! そうだぜ!」


「そうか。なら、聞きたいことがある。お前、科学者と知り合いだったりするか?」


「科学者……?」


 何故かは分からないが、オズワルドはクロヒに興味があるようだった。

 ミナも、科学者という言葉に反応して、クロヒの顔を見た。

 だが、クロヒは科学者が科学に携わる人くらいには分かっても、何処からが科学者と呼べるのかが分からない。

 もしかしたら、魔石を取り出す装置を作り出した師匠も、科学者と呼べるのかもしれない。


 でも、魔石使いって言ってたのを聞いたことはあっても、科学者だなんて話は1度も聞かなかったよな……。てことは、違うのか。


「いや、よくわかんねぇけど科学者とかいう知り合いはいないぜ」


「そうか……」


 オズワルドは、馬鹿な質問をしてすまないと謝罪した。

 その時、ミナは少し残念な表情をした気がした。しかし、極わずかな変化だ。

 ミナは感情による表情の変化が少ないので、感情を読み取るのが難しい。


「俺たちは練習に戻る。クロヒと当たることを楽しみにしている」


 オズワルド達はさっと踵を返し、練習へ戻りに行った。


「ミナちゃーん。お互いがんばろー!」


 スノウが元気よく手を振ると、ミナはチラッと振り返り、恥ずかしそうに小さく手を振って、戻っていった。


「クロヒくん。今の見た!? すっごく可愛かったよね。私、ミナちゃんのファンになっちゃうよ!」


「そっか! 何言ってるかよく分かんねーけど、なんかちっちゃいよなあいつ」


「それ。ちっちゃいとか、ミナちゃんの前で言わないでよ?」


「? ああ、分かったぜ!」


 スノウがミナのことばかり考えている間、クロヒは別のことを考えていた。


 どうやったら、オズワルドに勝てる……?


 オズワルドは、学年でトップの実力者。

 クロヒはそれでも、一切物怖じせず、真っ直ぐに挑もうとしていた。

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