第7話

 生暖かく、湿気を含んだ不快な感覚と共に、クロヒは目覚めた。


「んにゃ?」


 目を開くと、そこには牙をぬらぬらと光らせたヤモリのような怪物がいた。その怪物は、目の前で大口を開けてクロヒを食べようとしている。


「あ……こんちゃーす」


「グアァァァ!!」


「おわぁぁぁぁ!!」


 逃げろ逃げろ! こんな怪物相手にできるか!

 クロヒは慌てて逃げだした。だが、そう簡単に逃してくれるような相手でもない。

 巨大ヤモリは洞窟の壁を這い回り、クロヒの行く手を阻むようにして、襲いかかって来た。


「師匠はこんなやつと魔法無しでやりあったのかよ!」


 辺りに武器になりそうなものを探し、手頃な石を投げて巨大ヤモリの目に当てた。途端巨大ヤモリは苦しみだし、体をうねらせて暴れた。

 クロヒはその隙を見て、一旦退却し、隠れられる場所を探す。何とか見つけた岩陰に隠れて、1度体勢を整えることにした。

 村に住んでた頃に狩りをしてたとはいえ、あくまで罠での狩りだ。正面じゃまともに戦えない。

 

「くっそー。どうすればいいんだ? これ」


 腹も減り、長期戦は流石に避けたい。何か打開策は無いかと、クロヒは考えを捻り出そうと必死に頭を使った。


「とはいえ逃げるのもなぁ……ん?」


 隠れた岩の陰、そこにあるのはくすんでいるも、微かに赤く光っている鉱物。それと、緑色に光る鉱物。

 雰囲気は、まさにヒトキに見せてもらった魔石そっくりだった。

 

「このままじゃ使いにくいけど……。仕方ないな。じゃあ、先ずは試用といくかっ!!」


 大きな石を振り下ろし、岩を砕き、赤い魔石を取り出した。

 すると、その音に気づいた巨大ヤモリがじわじわと迫ってくる。

 焦るな……焦るな……。

 クロヒは脳内で、ヒトキとの会話を思い出した。


『 いいか。魔石を使う時は、波を感じるんだ』


『 波……? なんだよそれ』


『 魔力は、波という形で生み出される。その波を、自分で操り放つことで、俺たちみたいな、無能は魔法が使えるようになる』


『……ムズいな 』


『 ま、まずは慣れてみることが大事だな。早速やってみるか』

 

 イメージしろ。波、波、波。手を震わすように感じる力。

 心を落ち着かせ、イメージを強くする。

 すると、魔石が赤く光出した。


 ――行くぜ。みせてやるよ。


 クロヒは岩陰から飛び出し、右手に持った魔石を巨大ヤモリに突き出した。


「ぶちかませぇぇぇぇ!!」


 気合だけ。だから、力も気合でコントロールする。クロヒは低級火属性魔法、火球を放った。

 魔石から生まれたサッカーボールほどの火の玉が、巨大ヤモリに襲いかかる。

 直後、巨大ヤモリの顔に直撃し爆風が巻き上がり、ヤモリが怯んだ。だが、致命的な一撃にはなりえない。


「くっそ、流石にこれだけじゃ厳しいか。なら!」


 クロヒは、隙を見せた巨大ヤモリに向けて、今度は全力で火球を放った。先程打った火球の2倍では利かない大きさだ。

 先程より大きな爆風に、クロヒは吹き飛ばされ、地面を転がった。


「いってぇ〜。まだ上手く力は調整できねぇ……」


 でも、一瞬でも実戦が出来た。それだけでも大きかった。

 先程の爆風で立ち込めた煙が、ゆっくりと晴れていった。そこには、地面に伏せて動かなくなった巨大イモリの姿。

 クロヒは、慎重に近づき、つんつんと皮を触った。

 茶色の皮は、1度目の火球では傷は殆ど付かなかった。つまり、それだけ丈夫だということ。そして、伸縮性もそれなりに持っていそうに見える。

 腹の部分は少し硬めで、ブーツとしても十分な素材になりそうだ。


「よし! 結構上手く使えそうだな。回路と、魔石と、皮。それと……」


 ……じゅるり。

 じーっと巨大ヤモリを見つめ、涎を垂らした。

 クロヒは、先程戦っている間も何度か腹を鳴らしており、もうエネルギーはすっからかんの状態だ。

 ここまで来たら、クロヒの頭には考えは1つしか生まれない。





―――――――――


「うんめー!! いやーやっぱり肉って最高だよな!!」


 先程採取した魔石を使って、クロヒは巨大ヤモリの肉を焼いた。

 巨大ヤモリは、見た目が好かれないのもあり、肉を売ったとしても買う人はほとんどいないのだが、味はいいのでサバイバル好きには重宝される。

 柔らかい肉と、ほのかに感じるハーブのような香りが特徴的だ。

 クロヒはむしゃむしゃと肉を食べ続け、そして、思考に余裕が生まれてくると、この後の動きを考えた。

 

「後は、作るだけ。体力の消費も思った以上に無いし、これなら余裕を持って終われるか」


 完成すれば、あとは試すだけ。考えているだけで、クロヒは胸の高鳴りが止まらなかった。


「よし! そうと決まればさっさと動かねぇとな!」


 食事が終わると、すぐにクロヒは製作に取り掛かった。

 皮を石で作ったナイフで加工して、回路を手袋の内側部分へ、そして予め準備した裁縫の針と、丈夫な特殊な糸で縫い込んでいく。


 あとは魔石を手袋の甲の部分へ付ければ完成だ。


「よし、感触は悪くねぇな」


 着け心地を確認し、何発か火球を打ってみる。悪くなければ、同様の手順で、クロヒはブーツも作りにかかった。

 

 そして、ブーツも作り終わると、クロヒはすぐさま試用をしてみた。


 ――しかし。


「火は動くのに、風は動かねぇんだな」


 火属性の魔石は巨大ヤモリとの戦闘同様に動くのに対し、風属性の魔石はうんともすんとも言わない。

 回路も問題ないはずなのだが、魔力を一切感じ取ることが出来ない。

 クロヒは、原因を探す為に必死に特訓の記憶を掘り起こした。


 属性による違い……でもそんな記述は一歳なったしな……。

 魔石の本にも、そんな記述は書かれていない。そもそも、魔石からの魔力抽出自体が研究が進んでいない分野だと聞いたんだけど……。

 

「手詰まりか……」


 その時、手詰まりという言葉にクロヒは引っ掛かりを覚えた。


 ん? 手詰まり……。手詰まりってどっかで聞いたな。なんか、大事な言葉だったはずだ。


『 行き詰まったら開けてみろ』


 そうだ! お守り!

 思い出した瞬間、急いでお守りをポーチから取りだし開いた。そこには短い文章が書かれている。


『 外へ出ろ。陽の光だ』


「陽の光……? なんだか分からないけど、師匠が言うなら行くしかないだろ!」


 クロヒは全力で駆け抜け、出口へ向かった。

 そう、この世界は太陽の光をエネルギーとしては捉えていない。だから、光エネルギーによる化学反応は、での知識で、異世界ではまだそこまで研究が進んでいない。

 エネルギーは魔力から生まれ、属性として現れる。それが、この世界での一般的な常識だからだ。

 出口から射し込む光がどんどん大きくなっていき、そしてそれと同時にブーツについた魔石と手袋についた魔石両方が鮮やかに輝き出した。

 そして、さっきまでくすんでた色がみるみるうちに澄んだ色へ変わっていく。


 だが驚いてる暇はないと、クロヒは見向きもせずさらに走り、出口を飛び出した。


「ったく。クロヒ、おせーぞ。俺なら1日で出てくるけどな」


 ヒトキは少し嫌味な言い方だが、どこか嬉しそうだった。


「おかえり。クロヒ」


 メイは、ほっとしたような表情を浮かべた。


 久しぶりに感じた、眩いほどの陽の光。

 4日ぶりに会った2人が、笑顔で出迎えてくれた。

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