第5話

「師匠」


「なんだ?」


「修行はまだなのか?」


 森の中をひたすら進みながら、クロヒは本をずっと読み耽っていた。


「んな焦んなくたって良いだろ。それに、修行ならしてるだろ」


「そうじゃなくて、もっとガッツリ特訓したいんだよ。疲れたら休んで、魔法の勉強するだけじゃぬるすぎるしさ」


「こんな場所で止まり続ける訳には行かないだろ。それに、ただでさえくせぇのに、これで死ぬほど特訓したら俺は逃げるぞ」


「私は別に臭くなんかないです」

 

 むぅ。とメイは頬をふくらませて拗ねた。


「ま、その退屈な旅も今日で終わりだ。この森の奥には湖がある。そこで1度拠点を作ったらいよいよ特訓の始まりだな」


「よっしゃあ!! じゃあもっと早く歩こうぜ!」


 クロヒは期待に胸をふくらませて、森をずんずんと突き進んだ。

 そして、1時間ほど進むと川が見えて、その川に沿って更に進み、3人は丁度滝の上へたどり着いた。


「湖って言ってたけど、言うほど広くないんだな」


「広さは関係ねぇ。この崖は比較的もろいから、気をつけて降りろよ」


「げっ。ここを降りるのかよ」


 優に10メートルは超える高さ。飛び降りれなくはないが、飛び降りるには少し覚悟のいる高さだ。

 ……メイは降りれないだろうなぁ。

 そしてクロヒの予想通り、メイは青ざめて立ちすくんでしまっている。

 しかし、それを知ってか知らずか、ヒトキは躊躇いもなく崖を飛び降りた。

 ――ジャボンと水の跳ねる音が聞こえてきた。

 クロヒは崖から、湖を泳ぐヒトキを見下ろして言った。

 ……気をつけろって言っただろうに。


「おい! メイはどうするんだよ!」


「お前が連れてこい。早くしろ」


「無茶言うなよ……」


 無責任な師匠と出会ったもんだなぁ。


「どうすっかな……」


 クロヒは手を顎に当てた。


「クロヒ……」


 メイの助けを求める視線。

 メイを守ると叫んだのは、クロヒ自身。

 このまま何も出来ずにヒトキの手を借りることはしたくなかった。


「よっと」


「えっ!? ちょっ、クロヒ!?」


 クロヒはメイをひょいっとお姫様抱っこをして抱えた。


「息止めて、しっかり掴まってろよっ!」


 クロヒはそのまま崖の下へ飛び降りた。

 水しぶきが辺り一面に飛び散り、メイを抱えたクロヒはその重みで一気に沈んだ。

 深さは十分にあるようで、足は全く付かなかった。

 

「ぷはっ」


 水面に浮かぶと、目の前にヒトキが浮かんでいた。


「よく来たな」


「当たり前だろ? 師匠が行くなら俺も行かないとな」


 その言葉に、ヒトキは頷いた。


「お、いい心がけだ。因みに知ってるか? クロヒ。この湖には、えげつない肉食魚がうようよいるんだぜ」


「は!?」


 てことはつまり、俺の足元には……?

 

「クソっ死んでたまるかぁぁぁ!!」


 猛スピードでクロヒは泳いだ。自分でもこんな速さで泳げたのかと感心するぐらい、速かった。

 そして、水面下に感じる、命の危険。クロヒはとにかく浅瀬に向かい全速力で泳いだ。

 メイは目を回してしまっている。

 クロヒは何度も水を飲みながらも、浅瀬にたどり着き、満身創痍で岸へと上がった。

 

「あれ、ヒトキさんは……?」


「ここにいるぜ」


 ヒトキはとっくに岸に上がってきて、大きな牙を持った2メートルほどの魚を抱えて立っていた。


「ヒトキさん、そいつって……」


「今捕まえてきたんだ。さっさと着替えて飯にしようぜ」


 3人は湖から上がると、濡れた服を干すために、ヒトキに渡された真っ黒のジャージを着て服を洗って干した。

 そして、大きな魚を焚き火で丸焼きにした。

 森の中の湖のほとりで、火を囲う3人の黒いジャージ。

 シュールなことこの上なかった。


「この魚、めっちゃジューシーだな!」


「そうだろ。実はこの魚、滅多に出回らない魚でな。それがここにいるとわかった瞬間、俺は秘密にして完全に独占した」


 むしゃむしゃと、食べ進める。

 最近は動く量の割には食べる量が少なかったので、大きな魚も、3人で食べきれそうだった。


「そういや、俺の渡した本は読み終わったか?」


「ああ、読んだけど」


 ヒトキはクロヒにある本を渡していた。魔法に関する知識の初級の本だ。

 そこまで難しいことは書いていないが、理解するのには少し時間の掛かる代物だ。


「内容はわかったな?」


「ああ、だいたい


「良いだろう、それなら問題は無いな。……そこ本題だ。実は、お前には修行が終わった後に言って欲しい場所がある」


「言って欲しい場所? 何処なんだ?」


「――王立ムーブル魔法学院。入学試験は終わってるが、俺の推薦となれば入学の話は通る」


「……学校に行けって言うのかよ」


 しかも、王立といえば、数々の優秀な魔法騎士や宮廷魔術師を排出する名門中の名門だ。

 いくら特訓をつけてくれるとはいえ、いきなり言われると驚いてしまう。


「そうだ。だが、覚えておけ。俺がこれから教えるのはそんなちんけな学校に入るレベルのことじゃない」


「分かってる。そうじゃないと……」


 ――メイを守ることなんて出来るわけが無い。


「その通りだ。だがまあ、お前も分かってるだろうが、お前には魔力がない。ずば抜けた身体能力があったとしても、魔法が使えなきゃ入れない」


「なら、俺はどうすればいいんだ?」


「お前には……俺と同じ道を歩んでもらう」


「?」


 同じ道……?

 首を傾げていると、ヒトキは赤く丸い宝石を手の甲の部分に着けた指なしの皮の手袋をつけ、掌から炎を出した。


 なるほど。

 

「具体的には、魔石による魔力供給で魔法を使ってもらう。だが、お前には本以外の道具は何も渡さない。あくまで俺は知識を教えるのみだ。俺の言ってる意味がわかるな?」


「知識を持って自分で作り出すってことか」


「そういう事だ」


 ヒトキはポーチから溢れんばかりに本を次々出してきて、クロヒとメイは思わず目を丸くして驚いた。


「これ全部読んで、全部頭に叩き込め。午前中は体を鍛えて、午後はみっちり勉強してもらう。わかったな?」


「おう! やってやるぜ!」


 クロヒは気合を入れて、早速勉強に取り掛かった。本を片っ端から読む。それが、脳に蓄積されて血肉になっていく。


 そんなの最高じゃんかよ!


 やっと本格的に始まった特訓に、クロヒは心を躍らせながらひたすら本を読み続けた。

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