第4話

「起きろバカタレ」


「ぶほぉっ」


 朝起きて早々、クロヒは殴り起こされた。


「な……いきなり殴んじゃねぇよ!」


 頬を抑えながら、クロヒはヒトキに怒鳴った。


「ああ? 俺が折角テストしてやるって言ったのにこの時間まで寝てたのはどこのどいつだよ」


 ヒトキの言葉で、ようやく今の状態を理解した。

 太陽は、気付けばほぼ真上まで昇ってきていた。だが昨日の出来事を考えれば、この時間まで寝てしまうのは仕方の無いことかもしれない。

 森での戦闘に加え、故郷を失うことになり、心身ともに堪えているはずだ。

 だがそれでも、クロヒはすぐに起き上がり、朝食もとい昼食をガツガツ食べた。

 ――全ては復讐のために。

 食事を食べ終えると、クロヒはすぐにテストへ向けて準備をした。

 クロヒは止まるわけにはいかなかった。

 絶対に強くなる。強くなって、村を襲ったヤツらを全員まとめて殺す。あのピエロみたいなふざけた格好をしたやつも、絶対に殺す。

 そんな憎悪がドロドロと滲み出ていた。


「飯は食い終わったな」


「おう! めっちゃ美味かったです」


 どうやら、クロヒは元気を取り戻していたようで、自然な笑顔になっていた。

 落ち込んでいるかと思っていたヒトキは、それを見て少し安心した。


「ただ肉を焼いただけだけどな」


「肉大好きなんで」


「……そうかい。それじゃあ、やるとするか。メイはどうする?」


 と言って、ヒトキはメイの方を見た。

 会話に入りづらくて気まずそうにしていたメイが、急に取り乱した。


「そ、そんなの無理に決まってるじゃないですか! やめてください、死んじゃいますよ」


「んな本気にすんなよ。冗談だよ」


 ヒトキがクロヒへ向き直すと、メイは頬をふくらませて拗ねた。

 そして、クロヒが言った。


「ルールは簡単だ。俺に1発入れてみろ。それだけで良い。時間制限は特にはしねぇ。強いていえば、日が暮れるまでだ」


「わかりました。ハンデは?」


「欲しいのか?」


「いえ……そんなのはいらないです」


「だよな。武器はあるな?」


 クロヒは両頬を叩いて気合を入れた。そして、ナイフをすっと取り出した。

 それを見て、ヒトキが頷いた。


「よし、じゃあ掛かって来い!」


 クロヒは少し疑問を浮かべた。

 ヒトキが武器を抜かなかったからだ。

 クロヒは舐められているのだと思っていたが、思うように攻撃を仕掛けられない。


 隙が全くねぇ……


 仮に突撃したとしても、攻撃を簡単にいなされてしまうだろう。始まったばかりだが、手詰まりだった。


 クソっ。はなから弟子を取るつもりはないってことかよ。と、心の中で舌打ちをする。


 汗がぽつりぽつりと地面を濡らした。

 そして――


「来ないならこっちからいくぞ」


 ヒトキが先に仕掛けてきた。


「あっぶね! おい! 攻撃してくるなんて聞いてねぇぞ!」


「攻撃しないとは言ってないけどな!」


 立て続けに拳と脚を振るってくるが、それを間一髪でクロヒは避け続けた。

 その一連の動作を見て、思わずヒトキは感心した。手加減しているとはいえ、当てるつもりで攻撃を続けている。それを一発も掠らず避けられるとは思っていなかったのだから、驚くのも無理はない。


 こいつ、案外筋あんじゃねぇか。

 

 クロヒがナイフを横一線に振り抜いたところで、ヒトキは1度距離を取った。


「中々やるじゃねぇか。本当ならここで弟子にとってやりたい所だが……」


 今回はそう簡単にはいかないな。


 今度はクロヒが真っ直ぐ突撃してきて、ヒトキは身構える。

 しかし、予想を反してクロヒは足がもつれ転んでしまった。


 ヒトキはそれを見て少し落胆し、さっさと終わりにしようとクロヒへ近付いき、そして拳を振りかざす。


「貰ったぁ!!」


「何!?」


 ヒトキが油断した瞬間、クロヒはばっと起き上がり全力で石を投げ飛ばした。

 しかし、ヒトキはそれをあっさりと避ける。


「ちょっとだけヒヤッとしたぜ。でも、まだ力不足だな」


「まだまだぁぁぁ!!!」


 クロヒは起き上がり、何度も何度も攻撃する。その度、何か工夫を凝らして攻撃を仕掛けるが、1度正攻法で来ないと分かってしまった以上、ヒトキには通用しなかった。

 そして、クロヒの体力をじわじわと奪っていき、段々とクロヒの行動は単純で、雑なものに変わっていく。

 

 そして、遠くからはメイが恐ろしいものを見るような目で見つめていた。

 知り合いだったみたいだが、今となっては初対面とそう変わりはない。

 今のメイと、クロヒの言っているメイは違う人間だ。

 それでも、メイは心配せずにはいられなかった。

 なんであそこまで執着するのか、メイには全く分からない。

 だが、メイはクロヒが勝つことを切に願っていた。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 何時間経っただろうか。日はだいぶ落ちてきて、空はオレンジ色に染まっていた。

 クロヒは大の字に倒れ込み、体全体が空気を求めているかのように、ひたすらに声混じりの呼吸を続けていた。


「……お前、なんの為に強くなりたいって言ったか覚えてるか?」


「お、俺の、言ったことだろ。分かってるに、決まってる、だろ」


 途切れ途切れだが、クロヒは答えた。


「……お前の願いは、本当にそれだけか?」


「なんの……話だよ」


「願いそれだけなのか? いや、そうじゃない。お前の願いは、本当にそれで間違いは無いのか?」


「……当たり前だろ」


 何を言ってんだ? と、クロヒは思った。

 

「それなら、話はもう終わりだな。もうお前は動けないだろ。弟子の話は無しだ」


 ヒトキに告げられた無情な言葉。

 そういうルールだった。だが、クロヒは諦めきれなかった。

 諦める訳には、いかなかった。


「待ってくれよ、待って」


「うるせぇ。これ以上は話の無駄だ。息整ったんなら準備しろ。メイ、お前もさっさ準備しろ、俺はもう行くからな」


「え、でもクロヒは……」


「来ないなら置いてけ。さっさと行くぞ」


「えっ……」


「来い」


「……分かりました」


 2人はゆっくりと遠ざかっていく。クロヒはそれを無様に「待ってくれよ。殺したいんだよ」とボソボソ呟くことしか出来ない。

 クロヒはそれがたまらなく悔しかった。


「待ってくれ、メイ」


「……っ!!」


 クロヒの言葉に、メイは足を止めてしまった。


「お前がそんな遠くに行ったら……俺が……守れないじゃんかよ……」


「クロヒ……」


「――お前の本当の願いはそれじゃねぇのか!?」


 突然のヒトキの叫びに、クロヒとメイは驚きヒトキを凝視した。


「言っとくけどな。殺すだけなら力なんて要らねぇんだよ。金積んで、捕縛して、いたぶって殺す。そういう弱者を何度も見てきたんだ。でも、守るには絶対的な力がいる。お前は、守りたいから、強くなりたいんだ」


「…………」


「どうした? 違かったか?」


 クロヒは慌てて立ち上がり、またフラフラと倒れた。

 もう、まともに歩く力は残されていなかった。


「ったく。限界なんだったら強がるんじゃねぇよ」


 小走りで駆け寄り、ヒトキはクロヒに手を差し出した。


「起き上がれるか?」


 クロヒはそれを見て足を折り曲げた。突然の動きに、ヒトキは首を傾げながらも、差し出した手は戻さなかった。


「……? どうしたクロヒ……ってげふっ!」


 クロヒは両足で思いっきりヒトキの腹を蹴り飛ばし、ヒトキは勢いよく地面を転がった。

 そしてクロヒはフラフラの身体で起き上がり、メイの方を見据えた。


「当ててやったぜ。これで俺は、ヒトキの弟子だぜ、メイ」


「クロヒ……」


 メイはそこでようやく、クロヒが自分を大切にする意味がわかった気がした。

 自分の記憶が無くなってしまったとしても、クロヒにとっては、メイがメイであることに変わりはないのだ。


「俺、何があっても絶対にメイを守り抜く。絶対に、守ってみせる。だから、俺はもっともっと強くなる。だから」


「――弟子のくせに師匠蹴っ飛ばして良い感じの雰囲気になってんじゃねぇぇぇぇぇ!!」


「ごっはぁ!!」


「クロヒ!?」


 クロヒは思い切りヒトキに殴り飛ばされ、まるでスーパーボールのようにポンポンと跳ねて、地面に倒れ伏し、動かなくなった。


「やっべ、やりすぎちった」


 白目を向いて気絶したクロヒ。だが、クロヒは殴られる瞬間のヒトキの言葉を。一句違わず覚えている。


 ――のくせに師匠蹴っ飛ばして良い感じの雰囲気になってんじゃねぇ。


 その時、ヒトキは初めてクロヒのことを弟子と呼んだ。

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