第3話
暗闇の中を、クロヒは立っていた。
そして、隣にはメイがいる。
「クロヒ……ごめんね、さよなら」
そう言って、メイは足早に暗闇の奥へと遠ざかっていってしまう
「待て! メイ!」
離れていくメイを必死で追いかけようとするが、何故か足元がふわふわとしてしまい、上手く走ることが出来ない。
そうこうしているあいだにも、メイはどんどん遠くへ行ってしまう。
そして、ゆっくりと見えなくなっていき……。
クロヒはそこで目を覚ました。
空にはたくさんの星が輝いていた。
すっかり夜になっているが、目の前に燃える焚き火が、辺りをうっすらと明るくしていた。
ゆっくりと起き上がろうとすると、昨日慣れない動きをしたからか、身体中が軋み、顔を顰めた。
「お、起きたか」
黒髪の青年が、焚き木をくべながら言った。
「誰だよ」
「そういや、自己紹介がまだだったな。俺はヒトキ・フジカワだ。ヒトキでも、フジカワでも、どっちでも呼んでくれ」
「……なんだ、貴族かよ」
「いや、苗字はあるが、貴族じゃないぜ。俺はれっきとした平民だ。両親はどっちもリーマンだからな」
クロヒは、ヒトキが言ってる意味が少しよくわからなかったが、取り敢えず味方だろうと判断し、警戒を解いた。
「俺は、クロヒ。それで、隣で寝てるのがメイ。多分、俺の事なんか覚えてないだろうけど」
クロヒの隣でメイはすーすーと寝息を立てて、幸せそうに寝ていた。
まるで、さっきの出来事が夢だったかのように思えた。いや、もしかしたら夢なのかもしれない。
全部夢で、起きたら村の皆が笑顔で迎えてくれる。そんな希望を、クロヒは諦めきれないでいた。
「村のみんなは」
「少なくとも、俺が確認したところでは生きてるやつはいなかった」
しかし、その希望はあっさりと打ち砕かれてしまった。
「すまない。もう少し早くついていれば良かったんだが」
「いや、もういいや。俺、そういうの言われてもよく分からないんで。それと、あともうひとつ聞きたいんだけど」
「なんだ?」
「魔石使いって、なんだ?」
その言葉に、ヒトキは腕を組んで、言うか言わまいかと悩んだ。
「そうだな……。まあ、話してやっか。俺は、王都のギルドで結構流しれてんだよ。それで、付けられた2つ名が魔石使い。俺は、魔力がなくてな。魔石使って戦ってんだよ」
「魔力が……ない?」
クロヒは目を見開いた。
「ああ、そうか。こっちじゃ魔力がないなんて殆どないもんな」
「いや、そうじゃなくて」
「ん?」
「俺も、魔力持ってなくて」
そう、クロヒも生まれつき魔力を持っていなかった。普通なら、誰でも少しは持っているはずなのだが、クロヒには一切存在しない。
本当だったら、狩りをする時も魔力を使うものなのだ。でも、クロヒは魔力を持っていないため、罠を張り巡らせて獣を捕まえていた。
「へぇ。よく生きてたな」
「別に、逃げてただけだよ」
沈黙が続いた。草原を風が吹き抜ける音と、ぱちぱちと弾ける焚き火の音だけが、この3人を包んでいた。
そして、クロヒはひとつ決心をした。
「俺を弟子にしてくれませんか?」
クロヒのことを気にせず、じっとヒトキは焚き火の炎を見つめていた。
「それは……なんでだ?」
「あいつら――村を襲ったヤツらを全員殺したいからだ」
「……恨む気持ちは分かる。でも、俺が今まで培ってきた努力を、知恵を、お前は人を憎み、殺す為だけの道具として使うのか? それで、俺がはい分かりましたとまんまと頷くと思ってるのか?」
淡々と、ヒトキは話してきた。あくまで、優しく子供を諭すように。
だが、クロヒは引き下がらなかった。
「失礼なのは……分かってる。でも、俺はアイツらが許せねぇ。村を破壊したんだ。俺の故郷が奪われたんだ。メイとの思い出も、全部! 許せるわけがねぇ!! だから、教えてくれよ! 子供が喚くのとは違う。俺は、一人の人間として、あんたに頼みたいんだ!」
クロヒの心からの叫びに対して、ヒトキは表情を一切変えなかった。
そして、腕を組んで目を瞑り「そうだな……」とうなりながら、ゆっくりと悩んだ。
クロヒは唾を飲み込んで、その緊迫した雰囲気に耐えた。
数分経っただろうか、そこでヒトキは目を開いた。
「しょうがねぇな。それならテストをしてやる。お前を弟子に取るか、取らないかのテストだ。そのかわり、明日は朝ちゃんと起きろよ」
「よっしゃあぁぁぁ!!」
「ったく。まだ取るって決まったわけじゃねぇのに喜ぶなよ」
「ん……」
「ほら、嬢ちゃんが起きちゃったじゃねぇか」
ゴソゴソと、薄っぺらい掛け布団を払いながら、メイは伸びをした。
「メイ……」
「あなたは、さっき助けてくれた」
『あなた』その極めて他人行儀な響きに、クロヒは下唇を噛んだ。
「――クロヒだ」
「クロヒ……。何か懐かしい響きを感じる気がします。私の名前は……名前、は……」
メイは、自分の名前を思い出せなくなっていた。その弱々しく、悲壮感溢れる姿は、嵐の日、始めて会った頃と同じだ。
「メイ」
「そういえば、そんなことを言っていましたね。それが、私の名前なんですか?」
「ああ。何年一緒にいたと思ってんだよ」
クロヒの言葉には少しづつトゲがあり、メイの身体がビクッと震えた。
「……すみません。何も覚えてなくて」
お互いに顔を曇らせ、俯いた。メイは、申し訳なさそうな表情を、クロヒは今にも泣きそうなほど、悲痛な表情をしていた。
「辛気くせぇなぁ。んな面すんなよ。あんなことがあって無事なんだ。それだけで儲けもんだろ」
ヒトキはそう言って、焚き火の中から芋を掘り起こした。
「お前ら、腹減ってんだろ。取り敢えずそれ食べておけよ」
軍手を貰って。芋を慎重に触って皮をむいた。実は真っ白で、湯気がホクホクと上がった。
それを、2人は恐る恐るかじりついた。
予想以上に美味しかったのか、2人は熱さを気にせず、どんどん齧り付いた。
「大丈夫だ。ここからつくっていけばいいんだ。お前ら2人でな。記憶を失ってもお前らならやってけるって、俺の直感が言ってるからな」
やけに確信じみた言葉だった。
直感。全く信憑性がなくて、無責任な言葉だ。
でも、それが時に人の心を救うことがある。少なくとも、今、2人は少しだけ心が軽くなった気がした。
それを察したヒトキは、ゆっくりと息を吐き、夜空を見上げた。
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