第2話
「あのガキ何処行きやがった……?」
男はじわじわとクロヒの体力を削る。男にとってはこれが1番楽しいし、確実だからだ。
最初から全力を出して力で押しつぶしてはいけない。相手の力を確実に弱らせて、全力を持って潰しにかかる。
男は余裕そうに、森を歩いていた。
それにしても、良くもまあ上手く隠れるガキだ。
これは見つけた時にたっぷりお返ししなければならない。
ふと、少年の影を見つけた。馬鹿め、まんまと出てきやがって。もう逃げても無駄だ。
男は不敵な笑みを浮かべ、一気に走り出した。
◇ ◇ ◇
……きたっ!
クロヒは心の中でガッツポーズをした。だが、油断してはいけないと気を引き締め直す。
よし、後はこれからだ。
クロヒは男を確認すると、すぐさま走り出した。
この作戦がもし失敗したら……。いや、そんなことを考えてる暇はねぇ!
男はじわじわと距離を詰めてきた。
もう少し、ギリギリまで引きつけろ、まだ……ここだっ!!
クロヒは踏み込んだ足に全力で力を込めて飛び上がった。
「馬鹿め。貰ったぁ!」
油断して、男は上を見上げ、剣を突き立てようと構え、強く前へ踏み込んだ。
――そして罠が作動し、がら空きの男の足にツルが絡みついた。
「何!? クソっ貴様ぁぁぁぁぁ!!」
無様にぶら下がる男。この隙を見逃すわけにはいかない。
クロヒは容赦なく男の股間にナイフの柄を落とした。
男は思わず悶絶し、すぐに動かなくなった。
「こいつ、なんだったんだ……? って止まってる場合じゃなかった……!」
あの口ぶりなら、村も襲われているかもしれない。
そうなればこのままだと村が、メイが危ないかもしれない。
荒い地面をもろともせず、クロヒは一心に森を駆け抜けた。
――そして森を抜けた先には、黒い煙が立ち上る変わり果てた村の姿があった。
「は……。うそ、だろ?」
今日の朝までは、日常に染まるのどかの村だったのが、一瞬にして絶望に染まってしまった。
クロヒは、自分が立ち止まっていたことに気づいて慌てて走った。
――お願いだ、生きててくれ。生きててくれメイ。
村に戻ると、クロヒは真っ先にメイの家へ向かった。
そこにあるのは、家の前面が大きく崩れているメイの家だった。
「メイ! メイ!」
瓦礫をかき分けて家の中へ入り、名前を叫びメイを探した。
そして、頭から血を流し倒れているメイの姿があった。
急いで駆け寄り、肩を揺すった。
「メイ……。メイ、しっかりしてくれ!」
「ん……」
良かった……。意識はある。
ゆっくりと目を開き、クロヒの顔をじっと見つめた。
「えっと……」
「メイ……。起きてくれてよかった。早く逃げよう」
「ちょっと」
「村の皆も多分、何処かに逃げてるはず。だから気にしなくても」
「あの……!」
メイが少し声を荒らげ、クロヒ驚いて話を止めた。
さっきから、メイは何か困惑しているようだった。
「あなたは、だれ?」
「……は? なんの事だよ」
「だって、私とあなたって、初対面ですよね」
「――――」
クロヒは絶句した。
俺の事を忘れてる……? いや、それどころじゃない。この感じだと俺の事どころか、村の事もだ。それだと今までの思い出も全部……?
「あの……?」
クロヒは抜け殻になったかのように動かなくなった。
最早逃げることも、戦うことも、何も考えられない。クロヒは頭が真っ白になったのか、時間が止まったかのようにただ固まっていた。
だが、時間は絶対に待ってはくれない。
「――みーつけた」
仮面だけをひょっこりと覗かせ、得体の知れない人間がクロヒ達を見ている。
「どぉーーだったかい? 私の最高のショーは。村に降りかかる悲劇。そして、溢れる悲鳴。悲壮感をダイレクトに見せつける私の最高傑作だぁ!!」
床に降り立ち、腕を大きく広げながら大袈裟なジェスチャーをした。
高い背丈と、細長い手足。そして、極めつけは派手な真っ赤な衣装。見た目はそのまま、ピエロだった。
そして、クロヒが全く反応をしないのを見て、お辞儀をしながらピエロは言った。
「おっと、これは失敬。お取り込み中だったようだね。まあでも、さして重要なことでは無いので、このまま予定通り終幕といこう。お嬢さん。――こっちへ来なさい」
静かで、丁寧な言葉遣いだったが、その裏にはドロドロとした悪意が潜んでいる。
その声を聞いて、メイは恐怖で顔を引き攣らせた。
「待って、やめて……」
「待つわけにはいかないよー。こっちだって仕事なんだから。ほら、今ならそこの少年を見逃してやろう。友達なんだろう? だから怖がらずに、こっちへ」
過呼吸になりそうなほど、メイの呼吸は荒くなっていく。
怖い。誰か、お願いだから助けて――。
喉を振り絞り叫ぼうとしたが思い通りに声が出せない。
震える手を抑えようと、両手を胸に当てた。だが、恐怖心は収まるどころか膨れ上がっていくばかり。理性は崩壊寸前だ。
クロヒに助けを求めようともしたが、未だに俯き動く気配はない。
「チッ、仕方ない。この少年は殺すとしよう」
レイピアを抜き、ピエロはそれを構えた。
「――そいつは聞き捨てならねぇな」
突然、3人の中に割ってはいるようにして、1人の青年が現れた。
その青年の声は、何か不思議な力を帯びているかのように、クロヒとメイは意識を取り戻した。
「お前は、魔石使いか」
「分かるかい? いやー、俺の顔も有名になったもんだな」
「いけませんねぇ。折角いい所まで来たのに割り込んでくるなんて。しかもその服装、ダサくて話になりませんねぇ。役者として失格です」
どうやら、ピエロもどきは真っ黒のジャージ姿が気に食わないようだった。
「しょうがねぇだろ。さっきまで寝てたんだよ」
魔石使いと呼ばれた青年は、大きな欠伸をして、それからポリポリと頭を掻いた。
「んで、どうすんだ? 俺とやる?」
「……いえ、それはやめておきましょう。お嬢さん、近いうちにまたお伺いしますので」
そう言うと、ピエロの上空にドラゴンが現れた。
ゆっくりと降り立ち、ピエロはそのドラゴンにまたがり、遥か上空へと消えていった。
「あんたは……」
「後で話してやる。だから少年。今はゆっくり休みな。気ぃ張ってて疲れたろ」
青年の言葉に安堵感を覚えたのか、クロヒはほっと息を吐き、そして意識は深くへと沈んでいった。
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