無能の少年は異世界転移者の弟子
いちぞう
第1章
第1話
「待ちなさい、クロヒ! 待ちなさい!」
「ダメだ! さっき女の子が川を流されてたんだ。助けないと!」
土砂降りの雨が地面を叩きつけ、風は木の葉を勢いよく毟った。そして、雷は鳴り止むことはない。
そんな大荒れの天気の中、クロヒと呼ばれた小さな子供が走り、その母が必死に追いかけていた。
息を切らしながらクロヒは川沿いに辿り着く。そこで、一人の少女が岸辺に打ち上げられていた。
「大丈夫か!?」
どうやらまだ息はある。荒れ狂う濁流の中、それを逃れられたのはこれ以上にない幸運だった。
クロヒは少女を抱きかかえて、急いで川から離れた。
そして、母に怒られながら自宅に帰り、少女の看病をした。
その少女は衰弱しているものの、少し寝かせると、目覚めた。
「ここは、どこ?」
「ここはミランダ村だ! お前、どこから来たんだ?」
クロヒは興味津々で、少女に話しかけた。
「私は……分からない」
少女は直ぐに答えようとしたが、中々言葉が見当たらないようだった。
クロヒが次の言葉を待っていると、少女はポロポロと涙を流し始めた。
「……思い出せないの」
「え?」
「私の名前も、お母さんの名前も……! 思い出せないよ……」
悲痛な声に、母も思わず顔を背けてしまった。それもそのはずだ、小さな少女が、こんな苦痛に耐えなければいけないなんて、見ていられるはずがない。
だが、クロヒは違った。
「大丈夫。大丈夫だ! 俺がついてる。絶対に、お前のお母さんも見つけてやる。だから安心しろ!」
「え?」
「今日から、お前の名前はメイだ! おとぎ話の聖剣使いって知ってるか? 魔王を倒すくらいめっちゃ強いんだぜ! だからメイ、泣いてばかりじゃなくて、強くなるんだ! そんでもって、メイが強くなるまで――」
クロヒは少し間を置いて、胸を張って宣言した。
「――俺が絶対、お前を守ってやる!」
これは、重い運命を背負わされた少女と、その少女に一生寄り添い守り抜く騎士の物語だ。
◇ ◇ ◇
少年は、朝になると家を1番に飛び出し、そして全く舗装されていない道で土煙を巻き上げて走っていった。
「おっさん、おはよう!」
「お、クロヒ。朝早くから狩りか。せいが出るな」
「当たり前だろ? 俺は村1番の狩人になる男だからな」
クロヒは、まだ起きたばかりだというのに、頭に響き渡るような大きな声で挨拶をして、そのテンションのまま走り去っていった。
表情は生き生きとしていて、純粋無垢な少年だ。
そんな少年の頭の中では思考がグルグルと回転していた。
俺の計算上では、今日はおそらく獣はかなり森のギリギリまで降りてきているはず。
だから罠さえ仕掛ければ、簡単に捕まえられるはず!!
よっしゃ、今日はでっかい宴だ!
そんなことを考えながら、クロヒは胸をふくらませながら、森へ駆ける。
しかし、前に人影が見えた瞬間急ブレーキを駆けた。
「メイ! おはよう!」
「わー。朝から元気だね」
メイと呼ばれた少女は、家の前の花壇に水をやりながら、引き気味で笑った。
「なんだよ、リアクション悪いな」
「朝からそのテンションじゃついていけないよ……」
「なんでだよ。いつからの仲だと思ってんだ!」
「押し売り感が凄いね」
メイは、クロヒのあしらい方を熟知しているような振る舞いだった。
それもそのはず。メイとクロヒは昔からの幼馴染だ。狩りをしていない時は、大概一緒にいるくらい仲が良い。
それに、2人はただの幼なじみではない。
クロヒが小さい頃、河原で打ち上げられていたのを見つけて、それから付きっきりの世話をしていた。どちらかというと、幼馴染というより兄妹のような距離感だ。
「そうだ。今日、お菓子作ろうと思ってるから、早く帰ってきてね」
「おう、もちろんだ! メイのお菓子は美味しいから楽しみだよ」
その言葉を聞いて、メイはブンブンと犬が尻尾を振るように笑った。
「うん。じゃあ、頑張ってきてね。大物期待してるから」
「ああ! 任せとけ!」
胸を張り、自信満々にクロヒが答え、森へと駆け出した。
それをメイは頼もしそうに見つめていた。
「……元気いっぱいだなぁ」
金色の、絹のようにきめ細かな髪を風になびかせて、羨ましそうにメイは呟いた。
メイは、今まで村の皆に大事に育てられてきた。
大事に育てられすぎていた。
森は危ないから行ってはいけないと言われ、畑で手伝おうとすれば女の子だからと追い返された。
だから、メイはクロヒのことが羨ましかった。
広大な森を自由に駆け巡り、村1番の狩人になるという立派な目標を持った彼のことが。
「――さてと。お菓子作ろうかな」
「メイちゃん!! ……よ、良かった。家にいたのね」
「え? どうしたの?」
村でよく話す仲のいい少女が血相を変えてメイの家へ訪ねてきた。
「なんか、メイちゃんのことを執拗に聞いて回る妙な人達が来たの。だから、絶対に家から離れないでねって伝えに来たんだけど」
「私のことを……?」
自分のことを探し回る人間とは、一体誰なんだろう?
メイは興味を持ちながらも、嫌な予感を感じ、服をきゅっと握って、不安を抑えようとした。
◇ ◇ ◇
「おっかしいなぁ……。ちょっと時期がズレたのか……?」
一方その頃、クロヒは頭を抱えていた。
この時期になると、森の裾まで動物が村までやってくるはずなのに、一向にその気配を感じない
捕まえたのは、偶然見つけた自分の膝丈ほどの大きさの鳥1匹だけ、これでは予想していた数とは程遠い。
けもの道に沿って罠を作ったのに、全くかかる気配がない。それどころか、獣の痕跡すらない。
こんなことは初めてだった。
とはいえ、このまま鳥1匹でまんまと帰るわけにはいかない。せめて、残りの罠で掛かっていればと、クロヒは森の奥へ進もうとした。
「――やぁやぁ。狩猟かい? 頑張ってるんだねぇ」
突然、誰かの声が響いた。
「? 誰だ、おっさん」
森の奥へ走っていくと、そこには黒いローブを着た男が立っていた。
「ここの村に用があってね。君はこの村に住んでいるのかい?」
「ああ。そうだけど」
「なるほど……」
普段、訪問者なんて滅多に現れたいのに、珍しいもんだなぁ。
なんかキリが良くなってしまったし、今日はここで帰ることにしよう。
クロヒは帰る次いでに男の案内をしようとした。
そして、男に近づき――
「っ!?」
男が懐から短剣を取り出したのを見て、退いた。
男は、振るった剣が当たらなかったのを見て舌打ちをした。
「なんだ。中々勘のいいガキだな」
「き、急に剣なんか出しやがって。おっさんどういうつもりだよ」
冷や汗がタラタラと頬を伝った。こいつ一体何者だよ。なんのつもりだよ!
まだ状況が読み込めないクロヒに、男は優しく諭すように言った。
「何って、言ってなかったっけ? 用があるんだよ。この村に」
ニィッと、男は不気味な笑みを浮かべ、その瞬間、村の方角から爆音が聞こえてきた。
「始まったか」
「始まったって……おい! どういうことなんだよ!」
「うるさいなぁ……。さっさと黙れよ」
急に真顔になった男は物凄い速さで近付き、そしてクロヒに剣を突き立てた。
「っぶねぇ!!」
間一髪で避けたクロヒは、森の木々の影に隠れながら必死に逃げて距離を取ろうとした。
そして男はそれを、般若のごとき形相で追った。明らかに男は狂っていた。
……おいおい。これどうなってんだよ!
村では何か別のことが起きてるし、自分は何故か襲われている。クロヒはどうしたらいいのか全くわからなかった。
「くっそ。何か手立ては……」
隠れては逃げて、隠れては逃げて、同じことを何度も続けながら、何とか男の魔の手から逃れようとした。
武器は護身用のナイフのみ。相手の力量が圧倒的に上、勝ち目がない以上逃げるのが先決だ。
だが男の体力の方が上。だからそれもいつかは限界がくる。
「立ち向かえってことかよ」
そうなると、クロヒのやることは一つだけだ。
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