26 奪還戦

 距離を詰める。

 

 相手はどう行動するか。

 それによって仁の行動も変わる。

 

 仁を足止めしても、退路が失われた今となっては時間稼ぎだけでは意味がない。

 

 彼らが脱出するためには新たな退路を切り開く必要がある。

 

 中心にいる黒騎士が天を仰いで吠えた。

 金属質な叫び声。

 普段は真空であるがゆえに聞く事のないASIDの声。

 

 その声が何かの指示だったのか。

 全員が一斉に動き出す。

 

 黒騎士を除いた二体が仁を挟み込み、黒騎士が単独で更に距離を取る。

 仁にとっては一番嫌なパターンだった。

 

 クイーンクラスの出力を持つ黒騎士は恐らく単独で船団の壁を突破できる。

 時間を稼がれている間に脱出口を作られたら仁の負けだ。

 

「一々嫌な行動を取ってくる……」


 舌打ちをしながらエーテルダガーを構える。

 まだこいつらには間合いの詐術は見せていない。

 初撃は有効なはずだとの判断だ。

 

 振るわれた極細の刃。

 敵の首を刈り取る筈のそれはしかし、予想に反して防がれた。

 

 妙な手応え。

 機体にフィードバックされた感触は仁がこれまでに体験したことのない物。

 

 今自分が何をされたのか。

 分からずに仁は困惑する。

 

 闇雲に振るった一閃はやはり相手に損傷を与えることなく、不可解な感覚だけを仁に残していく。

 

「何だ、何をされている?」


 思考を回す。

 考えることを止めた時が敗北する時だ。

 

 並行して機体を動かす。

 二機が二機共に斬撃を無力化している。

 

「……いや、まさか。エーテルフィールド?」


 エーテルを使用した二大防御兵装。

 エーテルコーティングと並ぶもう一つの存在を仁は思い浮かべる。

 

 ここまでそれが頭に浮かばなかったのは、エーテルフィールドには明確な欠点があるからだ。

 消費されるエーテルがエーテルコーティングと比べて遥かに大きい。

 それ故に、人類の兵器の中では艦船クラスのエーテルリアクターでないと搭載できなかった。

 

 そして人類の装備ではレオパードの十倍程度ではエーテルフィールドを十分な強度で展開できない。

 

 相手のエーテルフィールドの方が効率的な運用が出来ているのかもしれないと仁は推測する。

 

「なるほど、あれを斬るとこんな感触なのか」


 覚えておこうと仁は呟いた。

 ミミズ型ASIDとの戦いでもエーテルフィールドを斬った経験というのは無い。

 貴重な経験をさせて貰った気分だった。

 

 そして、分かれば対処も容易い。

 

 エーテルフィールドはエーテルコーティングよりも対エーテル攻撃への防御能力は高い。

 受け止めるのではなく、受け流す。

 膜状に張られたエーテルの流れに巻き込んで敵の攻撃を逸らしているのだ。

 

 逆に言うと、エーテル以外の攻撃には全くの無力である。

 

 エーテルダガーの刀身を消す。

 それだけではなく、機体表面を薄く覆っていたエーテルコーティングも消し去る。

 どうせあの程度では敵の攻撃を防げない。

 建物の破片等でも損傷を負うリスクはあるが、それを許容しなければ目の前の相手には勝てない。

 

 エーテルを纏わない機体で距離を詰める。

 相手の膜を見極める。

 これまでに数回切った感触。

 斬撃を逸らされた結果生まれた引っ張られるような動き。

 

 その経験から膜の大きさを推定。

 そこを突破する。

 

 エーテルフィールドの欠点その2。

 膜の内側に入り込まれれば、完全に無力化される。

 

 アシッドフレームと同サイズの人型ASIDがエーテルフィールドを展開してきた事には驚いたが、種が分かれば怖くはない。

 

 密着状態での格闘戦に対応するため、その名の通り短刀の長さに調整されたエーテルダガー。

 腰だめに構えたその刃を真っ直ぐに突き出す。

 装甲を引き裂いて腹部へと突き立てる。

 人型ASIDのエーテルリアクターを一撃で破壊し、離脱。

 動力部をやられた人型はそのままエーテルをまき散らして爆発する。

 

「七!」

 

 閃光が消え、視界が戻る。

 残る一体は既にレオパードを見失っている。

 

 その背に、未展開のエーテルダガーを投擲する。

 エーテルフィールドの膜を超えた辺りで仁は遠隔で刃を展開させる。

 

 人間でいう頸椎の辺りを貫かれて、最後の一体も動きを止めた。

 

「これで八体」


 本来の戦力比は3:1。

 新鋭機であるレイヴンが三機がかりで漸く人型ASID一体と互角という今の戦局。

 安定した勝率を望むのならば四か五機は欲しい所だろう。

 その中で旧型機であるレオパードを駆って人型を十一体も落とす仁の腕前は異常の域だ。

 

 それでも尚、残った一体には勝ち筋が見えない。

 

 とうとう最後の一体となった黒騎士。

 クイーンクラスの人型ASID。

 ゆっくりと振り向いたその視線が仁機を捉える。

 

(……怒りか)


 ASIDの表情など読める筈もない。

 そもそも感情があるのかも定かではない。

 

 気のせいかもしれない。

 ただ、今しがた九体の仲間を撃たれた事への憤り。

 それが仁には見えた気がしたのだ。

 

(澪は手の平で保護されている……だが、エーテルが掠めでもしたら人間なんて蒸発する)


 それだけは絶対に避けなければ行けない。

 相手が守る事を期待してはダメだろう。

 

 やはり接近戦で相手を仕留める。

 澪を巻き込まない様にするためには頭部を狙うしかない。

 

「……できるか? 奴相手に」


 間違いなく、これまでに戦ってきたASIDの中で最強。

 果たしてその目論見が上手く行くかどうか。

 

 弱気になりかけた己を叱咤する。

 自分で自分を信じられなければ出来ることも出来なくなる。

 

 例え刺し違えてでも澪だけは助け出す。

 

『こちらCP! ジークフリート2! 四回生達は無事戦域を離脱したぞ! そちらの状況は!』


 その通信。

 久しぶりの吉報にほんの一瞬、意識がそちらに向いた。

 

 言うまでもないが、レオパードは兵器だ。

 無機生命体であるASIDとは違い、明確に操縦者と機体は切り離されている。

 

 故に、コックピット内部で仁が一瞬黒騎士から意識を切ったことなど、外部からは知りようがない。

 

 だというのに黒騎士はその間隙を突いてきた。

 偶然か。否か。

 それは誰にも分からない。

 

 ただタイミングとして、仁にとっては最悪だっただけ。

 

 構えたエーテルダガーの刀身は相手の振るった長剣に一瞬でかき消された。

 

 ふざけるなと叫びたい気持ちを堪えながら仁は機体を後方に飛ばす。

 クイーンクラスが振るった長剣の切っ先が胸部から腹部にかけて裂いていく。

 

 幸いにもその一撃は装甲を断ち切るだけに留まった。

 焦げ臭い外気が流れて来た事で仁は微かに咳き込む。

 

「……じん?」


 コックピット内が外に晒されたことで、目の前の機体の操縦者が誰なのか。

 クイーンクラスの手に囲われている澪も気付いたらしい。

 

 指の隙間から這い出る様にしてこちらを見ようとしている澪の姿に仁は安堵した。

 

「無事か、澪!」

「う? 元気だよ?」


 攫われているというのに、全く危機感のない姿に脱力しかけたが、見たところ無傷の様だった。

 それは仁にとって何よりも喜ばしいニュースだ。

 

「待ってろ。直ぐに助けてやる」

「よく分かんないけど分かった。待ってる」


 ASIDの掌の上で大人しく出来る澪は、やはり大物かもしれない。

 レオパードの装甲はナノマシンで構成されたナノスキン装甲。

 多少の損傷は他の箇所から持ってきた装甲材が勝手に補修してくれる。

 直りつつある隙間から仁は黒騎士を睨む。

 

(……?)


 隙がある様に見えた。

 というよりも、視線が明らかに掌の澪に向いている。

 這い出ようとした彼女を戻そうと苦慮している様だった。

 

 チャンスかもしれない。

 だが同時に危険でもあった。

 

 下手に攻撃を仕掛けて、不安定な状態にある澪が落下したら助けられない。

 

 業腹ではあるが、黒騎士が澪をしっかりと保持するまでは待つ必要がある。

 

 しかし――。

 

(あいつは、何で澪を攫った?)


 当初も感じたその疑問が頭をもたげる。

 様子を見ると相当大事にされている様だ。

 

 軍のデータベースだけで公開されている内容だが、遥か母星での交戦時の事だ。

 人間がASIDに攫われた事があった。

 攫われた人間はただ繁殖の為だけに生かされ、新たなASIDの侵食元として利用されていた事が分かっている。

 

 まさか澪もそうするつもりなのかと仁は相手を睨む。

 絶対にそんな事を許すわけには行かない。

 

 タイミングを計る。

 首を狩り、腕を断つ。

 

 その二つの動作をワンアクションで終える。

 

 奴が澪をしっかりと保持したら。

 1秒先を幻視する。

 その幻が澪を確保したのを確認した瞬間、仁のレオパードは走り出した。

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元エースと拾われ娘の新米親子 梅上 @uptheplum

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