昔、結婚の約束したのは、幼馴染では無かったらしい

式崎識也

誰だっけ?

 


 昨日から、ずっと考えていた。確か俺は、どこかの少女と昔、結婚の約束をしていた筈だ。


「……なあ。俺とお前って昔、結婚の約束とかしてなかったっけ?」


 隣を歩く幼馴染にそう尋ねてみる。


「は? なに言ってんの? そんな約束……した覚えないんだけど?」


 なに言ってんだこいつ? みたいな顔で見られてしまう。


「あれ? 違ったっけ? 確か約束してたろ? 公園かどっかで」


「……なに言ってんのよ? 私……そんなの知らないから、大体あんたは今更……あ、会長だ! 私、会長と学校行くから、あんたもくだらないこと言ってないで、早く学校に行きなさいよ!」


 そう言って幼馴染は、かっこいい生徒会長の元へと走って行く。その会長は、こちらを向いてニヤリと笑う。俺は適当に会釈をする。そして、2人は仲睦まじく去って行く。……どこかで見た記憶のあるキーホルダーを揺らして。


「…………ふーむ。妙に引っかかるな。今さら過去の話を持ち出しても仕方ないとは思うけど……やっぱなー」


 1人つぶやきながら、ゆっくり歩きだす。しかし思えば、あの幼馴染ともずいぶん距離ができた。今日はたまたま朝一緒になったから一緒に登校したけど、最近は殆ど喋りもしない。同じクラスだけど、関わりなんてほとんどない。昔は毎日と言っていいほど一緒に遊んでいたのに……まあ、時も経てば人間関係も変わる。そういう事だろう。別段、思う事もない。


「せーんぱい! おはようございます!」


 ふと背中から、そう声をかけられる。その声に引っ張られるように振り返ると、同じ文芸部の後輩が人懐っこい笑顔で手を振っている。


「よっす。おはよう」


 俺も適当に手を上げて、そう挨拶する。


「おはようございます! 先輩! ……ん? て、あれ? なんか先輩、考え事ですか?」


「なんで?」


「なんか、考え事しているような顔してますから」


「そう? ……まあ、考え事つーか思い出してたんだよ。なんか昔、約束してた気がするんだよな。確かどっかの公園で、幼馴染か別の誰かと、結婚だがなんだかの約束を……」


「……どうして急にそんなこと思い出してるんです? ……先輩ってもしかして、幼馴染さんのこと好きなんですか?」


 そう言われて考えてみる。昔はなんか淡い恋心を抱いていた気もするけど、今となっては特に……。


「特にそういうのはないかな」


「じゃあなんで、思い出してるんですか?」


「昨日映画で、そんなのやってたじゃん。それ見てさ、こういうのいいなーって思ったんだよ」


「先輩、相変わらず適当ですね。……それでもし幼馴染さんと約束してたら、付き合うんですか?」


「……努力はするな。上手くいくかどうかは知らん」


 それを聞いて、後輩は何かを考えるように黙り込む。ひょこひょこ、と彼女の茶色い髪が風に揺れる。


「………………先輩は覚えてないんですね。昔、私と約束したこと」


 後輩は急に顔を上げて、そんなことを告げる。


「あれ? 俺とお前が知り合ったのって、高校入ってからじゃなかったけ?」


「やっぱり、先輩は覚えてないんですね。昔、公園で結婚の約束したの。……指輪まで貰ったのに……」


「…………」


 必死に思い出してみる。正直全然、影も形も思い浮かばない無いが、言われてみるとそんな気もしてくる。


「やっぱり思い出せませんか? 先輩にとって私は、その程度の女なんですか? ……ひどいです……」


「……言われてみると、そんな気がしてきた。そういや、そうだったな。ごめん、忘れてたわ」


「いいんです。思い出してくれれば。……先輩、約束守ってくれますか?」


 涙目でこちらを見る後輩を真っ直ぐ見返す。なんとなく、通じ合っているような気がしてくる。


「ああ、無論だとも」


だから俺は、そう答えた。


「先輩!」


「後輩!」


 と、朝からラブコメやってると、いつ間にか学校に着く。


「……学校着きましたね」


「そうだな」


「昼休み……会いに行ってもいいですか?」


「いいよ」


 俺のその言葉を聞いて、後輩はニコリと笑って立ち去って行く。『よしっ! 先輩、馬鹿で助かった! これで既成事実的な感じで、先輩と付き合えるぞ!』とかなんとか聴こえた気がするが、きっと気のせいだろう。俺は軽く息を吐いて、教室へと向かった。



 ◇



「……あんた、朝の事でちょっと話したいんだけど。……時間はあるわよね?」


 昼休みに入ってすぐ、幼馴染にそう声をかけられる。


「あー、あれな。朝のあれは勘違いだったわ、悪い悪い」


「……は? なに言ってんの? あんた」


「いや、約束してたの、お前じゃ無かったんだよ。昔からの知り合いつったらお前くらいしか居ないし、勘違いしてたわ。結婚を約束してたのは、どうやら後輩だったらしい。正直、全然記憶に無いけど、指輪とかプレゼントしていたらしいぞ、俺」


 昔の俺だったら、指輪なんて気の利いたものじゃなくて、ヒーローの人形とか自分の好きなものをプレゼントしてそうだけど、まあそういう事もあるだろう。


「…………あの女、適当なこと言いやがって……」


「ん? なんか言った?」


「いや…………あんた、騙されてるわよ? 昔のあんたが、指輪とか気の利いたもんプレゼンする訳ないじゃない。……昔のあんただったらは、ヒーローの人形とかプレゼントしてるわよ」


「でも、あいつはそう言ってるし、そうなんじゃねーの?」


 俺のその言葉を聞いて、幼馴染は酷く不快げに顔を歪める。


「あんた、バカじゃないの? あんたが約束したのは私よ。朝、そう言ったじゃない」


「いや、そうじゃないって言ったのは、お前の方だろ?」


「あれは……ちょっとし、た照れ隠しよ。だいたい私は、今でもあんたの事が……なのに、あんた全然、私に構ってくれないんだもん。だから──」


「先輩! 遅くなってすみません! お昼一緒に食べましょ!」


 と、そこで、たいそうご機嫌な後輩が、花のような笑顔で教室に乱入してくる。


「……ってあれ? 幼馴染さんじゃないですか。……こんにちわ。私の先輩に何か用ですか? というか、今から一緒にお昼するんで……邪魔だから、どっか行ってもらっていいですか?」


「人の教室に入って来て、なに言ってんなよあんた。……今は私がこいつと話をしてるの。あんたの方こそ邪魔なんだから、どっか行きなさいよ!」


「あーヤダヤダ、嫉妬ですか? 私と先輩はもう付き合ってるんで、そういうのやめて下さい。……先輩も迷惑ですよね?」


「は? 付き合っってるとか、何この妄想女。1人で勝手になに言ってるのかしら。……行こう? こんな妄想女と一緒に居た、らあんたも不快でしょ?」


 熱い視線で2人に見つめられる。……というか睨まれる。あれ? これどういう状況? 昨日見た青春映画的な恋愛がしたいなーとか思ってたら、いつのまにか昼ドラみたいになってるんだけど。


「えーっと。とりあえず、昔、俺と結婚の約束したのってどっちだっけ?」


 結局はそこが大切だ。……まあ、覚えていない俺が悪いんだけど……覚えてないんだから仕方がない。結局は2人の記憶に頼るしかないだけど、でも答えは……。


「「わたし!!」」


 2人にそう言われると、俺としてはもうどうする事もできない。後輩と約束していた気もするし、幼馴染と約束していた気もする。もうホント、思い出せない。


「あんたまだ嘘をついて、恥ずかしくないの? この嘘つき女! 妄想癖!」


「それは貴方の方でしょ、先輩。幼馴染の癖に先輩に全然相手にしてもらえないから、拗ねちゃって……可哀想」


「あんたの方こそ、嘘でもつかないと女として見てもらえないんでしょ! このまな板女!」


「な、先輩の方こそ──」


「どうしたんだい? 騒がしいようだけど……」


 ふと、凛とした声が響く。朝、幼馴染と一緒に学校に行っていた会長が、優しげな笑顔でこちらに歩いてくる。


「やあ、久しぶりだね」


「……どうも」


 俺は、そう適当に頭を下げる。


「ふふっ、君は相変わらずだね。昔とちっとも変わってない。……今朝、君が約束の話をしていたの聴こえたよ? ようやく、思い出してくれたんだね?」


 会長はそう言って、鞄についた古ぼけたキーホルダーを見せてくる。


「あ」


 それを見て、思い出した。俺が昔、好きだった女の子。彼女とは、ここから少し離れた公園で知り合ったんだ。そして彼女は転校する事になって、この街を離れる事になったんだ。そして、別れの時。俺は彼女にこのキーホルダーをプレゼントして、告白したんだ。俺が昔好きだった、このヒーローのキーホルダーを、俺は何故かプレゼントしたんだ。


「……先輩、なんかちょっと不味い感じになってません?」


「…………ちょっとこれは、あれね。一時休戦して戦わないと。……会長は怖い人だから、1人じゃ厳しい」


 2人は小声で何か言ってるが、しかし、そんなのはもう関係ない。俺はただ真っ直ぐに会長を見つめる。


「高校に入って、この街に戻ってきたんだ。……思い出してくれたかい?」


少し照れたような会長の顔を見つめながら、俺はハッキリと告げる。


「会長、好きです。俺と付き合って下さい」


「ふふっ、勿論だとも。……愛してるよ」


 こうして俺は、子供の頃の想いを思い出し、昔結んだ約束を果たした。なんだか凄く抗議の声が聞こえてくるが、そんなのは知らない。なんせ俺には、会長が居るんだから。


めでたし。めでたし。


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