紙切れが待つ人

「ろうそくの火が消えるころには」

 図書館の棚に紙切れが挟まっていたので引っこ抜いてみると、破けて途中までしかない文字が姿を現した。


 その後に続く言葉はなんだろうか。ぼくはランプの魔人が出てくるって繋がっていると嬉しい。そうすれば、願いを一つ伝えれば、きっとそのとき世界で一等しあわせな人間になれるだろうから。けれども、本当は言葉が続いていなくてもいいんだ。きっとこの言葉から物語をもらう人は、ぼくではないだろうから。それは選ばれた人間か、そうなることを運命づけられた人たちなんだから。


 自分をかわいそうなやつだなって思っているわけじゃないんだ。ただ、ぼくは自分のことをそう思っていて、特別な存在ではないことに納得している。


 たとえば世界を変えられるような力を持っている人がいるとするならば、きっとその人は根本からして歩んでいる運命が違うんだな。それは一人一人の人間が全く同じ人生を歩むことはないとかそういうことではなく、彼らは人生の味を一度はなめるんだ。


 人生の味ってどういうものかって言われると難しいのだけど、極端なことを言えば、彼らは泥の味も知っているし、虹の味も知っているんだ。しかも、それをごく幼い、それこそぼくがひらがなの「あ」を書くことができなかったそんなときに味わうんだ。


 両親は決して優しかったわけではないけど、満足にご飯が食べられていたぼくはとてもしあわせなんだ。だから、ぼくは引っこ抜いた紙切れを棚に戻すことにした。この紙切れを本当に必要としている人がここを訪れたとき、あるはずの紙切れがない物語に書き換えてしまわないように。

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