犯人は誰だ?
西 勇司
チキンナゲット
ある日の放課後、テストが近いということもあって、俺たち4人はマックで勉強会をしていたのだが……。
その中の1人のある発言によって、このテーブルだけ殺伐とした雰囲気になるのだった……。
「お手洗いから戻ってきたら、私のチキンナゲットがひとつも残ってないってどういうこと?」
半眼で俺たちをジロリとにらみつける彼女は、キリッとした目つきに端正な顔立ちが特徴的な涼香だった。4人がけのテーブルに俺の正面に座っている。ものすごく怖いんですけど……。
「お手洗いに行く前は、3個残っていたはずよ。この中の誰かが食べたとしか考えられないわ」
気圧されて、俺以外の2人、黙って下向いちゃってるよ……。
チキンナゲットを注文したのは涼香だけだから、この中の誰かというのは間違いないのだろうけども。
「お……、俺は関係ないからな!」
「……わ、私も違うからね!」
前に座っていた野球部の坊主頭、俺の隣にいる友輝が自分じゃないとばかりに答える。額に汗がびっしりと付いてますけど……。
それに続くように、明るくて元気なテニス部の女子、結衣だった。さっきより瞬きする回数増えてませんかね?
「ってことはあなたが食べたってこと?」
犯人を追い詰めたとように、涼香の目が俺を捉える。
ここで違うと言ってしまったら俺、友輝、結衣の中の誰かが嘘をついていることになってしまう。思わずブンブンと首を横に振ってしまったが。
さて、食べた犯人は誰だろうか……。
「まあまあ、とりあえず落ち着いて……」
「私はいつだって落ち着いてるわ」
そうだった! この中だと涼香が1番落ち着いてるか……。
友輝と結衣は下を向いて黙っているから、このままでは埒が明かない。涼香もそう思っていたのか、問いただすように口を開く。
「私がお手洗から戻ってくるまで、何をしていたの?」
「……」
3人とも黙り込んだままである。
どうしたものかなあと考えていると、隣からトントントンと肘を突かれる。友輝がお前が何か言えってことらしい。
トントントントントントン……。
筋肉と骨しかないお前にやられると痛いんだけど!
俺が隣を睨めつけていると、その様子を見ていた結衣が話す。
「えーっと、みんな勉強してたよね?」
俺たちは本当のことだから、コクコクと頷くしかなかった。
「はあ……、困ったものね……」
呆れたとばかりに、下を向いてため息をつく涼香。俺以外の3人は、ハンバーガーにポテトとドリンク、涼香はそれにチキンナゲットを追加で注文したっていう状況だ。やがて、涼香は神妙な面持ちで呟く。
「私、ここのチキンナゲット、大好物なのよね……。最後に食べようと取っておいたのに……」
えっ、そうだったのか! 見た目によらず、かなり食べるんですね……。
涼香はふと顔を上げると、俺たちを見回して、優しい声で言った。
「今すぐに、正直に申し出たら何も言わずに許してあげるわ」
それ、絶対に何か言うパターンだから! でも、涼香を信じて正直に名乗り出るべきか……? どうしようか迷っている隣で、黙っていた友輝がすっと顔を上げて、涼香の方を向く。
「じ、実は……」
ところが友輝が口を開いたところで、先んじて結衣が動いた。涼香に向かってぺこりと頭をさげる。
「ごめんねっ。涼香ちゃん、私がチキンナゲットを食べたの……」
「…………」
じろり。そんな擬音が聞こえてきそうなほど露骨に、涼香は結衣をにらみつけた。それにひるんで、うっ……となっていた結衣だったが、意を決して事実を述べる。
「こっそりパクって食べちゃったの……」
「そうなの……」
少し潤んだ瞳で、涼香に訴えかける。感情で許しを乞う、実に結衣らしいやり方だった。
これで万事休すか……。そう思っていたが、どうもそうはいかないらしい。
結衣さん、感情に任せてる割には言ってることが曖昧すぎません……?
その様子にハッと気づいた涼香が俺たち男子を視界に捉える。
「あなたたちはどうなのかしら」
1人で食べたとは断言出来ていないらしい。2人は依然として黙っているままだ。結衣からチラッチラッと視線を感じる。結衣も何か言えってことらしいな。俺たちが黙り続けていると、涼香は訝しげにある1点を凝視していた。それは友輝の制服の袖口の裾だった。よく見ると、赤いソースが付いている。
ばかっ!お前なにやってんだ!!
友輝はその視線に気づき、バッと袖口をテーブルの下に隠す。顔面には冷や汗がドバドバと流れている。
「わ、悪りぃ! 俺もひとつもらった!」
両手を合わせて、頭をさげる友輝。その様子を見て、涼香は納得したかのような反応をする。
「それで、あなたはどうなの?」
「お、俺までもか?」
まだ犯人は残っていると疑っているらしい。2人で食べたということにしてもらえねえかなあ。
「どこか俺に証拠でもあるって?」
「ええ、そうね……」
両手を上げて、無罪をアピールする。
涼香は俺の上半身、顔をじっくりと凝視する。その目付きが怖くてまともに目も合わせられなかった。
「ちょっと、目を閉じててくれる?」
突然の発言に俺は目をぱちくりさせてしまう。どうするつもりなのだろうか……?
「早くしてもらえないかしら?」
「お……、おう、分かった……」
俺は言われた通りに目を閉じると、感覚だけが研ぎ澄まされたかのようになる。一体俺は、何をされるんだ……? そう思案していると、細い棒みたいなのが俺の口元にすうっと這わせた。やがて、それが離れたのを覚えると、目を開けたがその光景に驚愕を覚えた。
「……なっ!!」
涼香は自分の人差し指を確認し……、ペロリ。
そう、自分の指を舐めたのだ。
「思っていた通り、しょっぱい味がするわね……」
涼香は追い詰めたとばかりに口の端を釣り上げた。たしかに、俺はドリンクしか注文していなかった……。
くっ、ここまでか……。俺は観念するように自首を宣言した。恥ずかしさと悔しさで思わずふてくされて言ってしまう。
「ご、ごめんなさい! 俺がやりました!」
俺は言葉を吐き出すようにして、頭をさげた。
それから、事の顛末を話すと、30分くらいも説教をされた。ほとんど俺だけに……。そんなにチキンナゲットが大好物だったんですね……。俺がみんなでひとつずつ食べようぜと罪をなすりつけるように提案した俺が悪かったのは認めるが……。やがて、話し終えた彼女は事態を収束させるように俺に言い放ってきた。
「チキンナゲット、2つ買ってきてもらえる?」
微笑んでいるのに、目が全く笑ってないんですけど!
「は、はい……」
俺は、猫背になりながら、とぼとぼとレジへと向かった。
1人で食べたと思っていたら、まさかの3人全員食べていた、というどんでん返しを涼香は感じているだろうな。
~完~
犯人は誰だ? 西 勇司 @nishi_yushi
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