少年は歩き出した
ここは、何処だろう。さっきの炎の道もなんだったのだろう。分からないことだらけだ。
落ち着いて考えてみよう。まず、僕は……誰だ。何も思い出せない。分からない。
じゃあここは……緑豊かな森のようだ。後ろには炎の道があるはず……あれ?
おかしいな、さっきまであったはずなのに。後ろにも同じような森が続いているだけだ。
……怖い。何も分からない。
そう思った途端に、体がすくんだ。
なんで? どうして? ここは?
ここに留まっていても事態が好転しないこと自体は分かっている。それくらいの事は分かる。でも、足が動かない。
目に涙がたまる。
「ぉおしてぇ?」
どうして、と言いたくて自分で発した声が森で反響して、余計に不安を煽ってくる。
とうとう、我慢していた涙腺は決壊する。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああん」
森に自分の声が木霊する。それが怖くてより一層涙が出てくる。
でも泣いてるからか、不思議と足は動き出した。向かう先に希望がある事を信じて。
その声は唐突に聞こえてきた。2人組の女冒険者、ライラとフウカは顔を見合わせる。
「この声って……」
「うん、子供の泣き声みたい。近くだわ。急ぎましょう」
お互い小さく頷くと声がする方向へ走り出した。
これが街道であったならば子供の泣き声ぐらいは聞こえてこようというもの。しかしここは禁忌の森。本来子供はいるはずがない。
魔物の罠の可能性もあるが、いまだに2人はそのような手を使う魔物を知らなかった。仮に新種の魔物ならば彼女らはギルドへ報告する義務がある。
もし本当に子供なのであれば助けなければ。2人の足音は声の主に近づくほど力強いものになっていった。
果たして、2人が着いた時、そこには泣きながらゆっくり歩く1人の少年がいた。
年は……9歳か10歳ぐらいだろうか。服がかなりズタボロだ。ほとんど本来の役割を果たしていない。
少し観察していると、少年もこちらに気付いたようだ。泣きながらもチラチラこちらを伺っている。
特に危険な様子は感じられないのでもう少し様子を見ていると、5〜10分程したところで少年は自分で泣き止み始めた。
意を決してライラが話しかける。
「あの……君、どうしてここにいるの? 名前は? 親は? どうしたの?」
しかし少年は戸惑った様子でライラとフウカを交互に見ている。
「そんな一気に質問しても答えらる訳ないでしょう……ごめんね。私の名前はフウカ。まず、私たちが言ってる言葉の意味は分かる?」
フウカの問いに少年がこくりと頷く。
「じゃあ、自分の名前を言えるかしら?」
「……」
「大丈夫よ。お姉さん達は味方だから」
その声が合図になったのか、少年が今まで閉ざしていた口を開く。
「分からない……」
「分からないってどう言う事よ?」
驚きと多少の苛立ちからか、思わずライラが声を荒げてしまう。
「ちょっとライラ、静かに。……ごめんね。こっちの人はライラ。悪い人じゃないのよ。ただ、少し場所も危険だから……名前は取り敢えずいいわ。自分がどうしてここに居たかは分かる?」
問いに少年は首を左右に振る。
「じゃあ、自分の親や家族は分からない?」
「分からない……」
少年の顔色からして嘘をついている感じでもない。どうやら本当に何も分からないようだ。
「記憶喪失……?」
ライラがぽつりと呟く。
その言葉の意味を理解したのか、少年はどんどん不安そうな顔になる。
「取り敢えず……このままここで話してても何も進展しないと思うの。一度安全な所まで移動して話を聞きたいんだけどいいかしら」
フウカもこればっかりは慎重になる。少年はどうしていいのか分からないようで、頷いたものの曖昧な感じだ。
安心してもらう為にフウカはカバンから毛布を取り出して少年にかけてあげる。
また、お茶も取り出してコップに注いで渡す。安心して飲めるように別のコップに一緒に注いだお茶を自分が飲む。
少年はそれを見て安心したのか、コップに口をつけた。喉が渇いていたのか、ゴキュゴキュと一気に飲んでいく。
飲み終わったタイミングでライラが声をかけた。
「じゃあ今から移動するわ。道中の魔物は私が対処するからフウカはその子をおぶってあげて。取り敢えずギルドまで戻りましょう」
「分かったわ……それでいいかしら?」
フウカは頷き、少年に確認を取る。少年は未だに状況は飲み込めていないらしいが、2人が悪い人ではないと判断したのか、少しの逡巡の後に頷いた。
ほっと胸をなでおろし、フウカが子供を抱き上げる。
「ちょっと早いからしっかり掴まっててね」
そう言うやいなや、2人は走り出した。森の出口へ向けて……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます