53. 村を助けるケイト達

(ケイト視点)


 戦争が始まりそうなので、身分証発行のために直轄領に来ているラミアとその通訳は、ただちにアルトン山脈の東に避難する様にとのジョン隊長からの伝令を受け、私達は谷底の道に向かっている。人間の兵士達は谷底の道まで私達を護衛してくれることになっているが、オーガのドスモさんは城に戻った。一番頼りになる護衛が抜けたわけだが仕方がないだろう。今、城では少しでも戦力が欲しいだろうから。私も城に駆け付けて戦おうかとも考えたが、ラミアの少女達を放り出すわけにいかなかった。何しろ少女達の意気消沈振りはすざまじい。オーガキングの死がよほどこたえた様だ。


「マルシ様...。」


と馬車の中でアイが呟く。


「私、人間の国を許さない。私達も城に行って戦いましょう。」


とカンナが言う。


「ダメです。マルシ様の代行官、ジョンさんの命令なのですから。私達はアルトン山脈の東まで避難しなければなりません。私達が城に行っても足手まといになるだけですよ。」


と、私はカンナを窘める。ちなみに、1年近く彼女達と魔族語で話していたからか、私の魔族語はなかなかのものになった。今では魔族語で考え事をしていることがある。


「そんなこと無いわ。私達も攻撃魔法が使えるもの。人間の兵士なんかに負けないわよ。」


とサラが反論する。やれやれ、気持ちは分かるが、理解して欲しい。実際の戦いは攻撃魔法が使えるだけで何とかなる生易しいものでは無い。誰かを殺すと言うのは、想像している以上に精神にダメージを与える。


「それでもです。皆さんはまだまだ若すぎます。人を殺すのは兵士に任せて下さい。」


「そんなこと言って、ケイトさんは人を殺したことがあるの?」


「ありますよ。」


と私は重々しく言う。


「私は以前冒険者って仕事をしていたんです。冒険者の仕事は魔物退治や商人の護衛です。護衛をしている時には盗賊や山賊との戦闘になることもありますからね。でもそれを自慢するつもりはありません。そんな経験はしない方が良いに決まっています。」


その時、馬車の外からマルクが話しかけて来た。


「ケイトさん、前方に黒煙が見えます。どうやら村が襲われている様です。どうしますか?」


マルクの話をアイ達に通訳すると、サラが叫んだ。


「あそこって、私達が最初に身分証を発行した村じゃない! まさか、人間の国の軍隊に襲われているの?」


まさか!? 人間の国の軍隊は国境にいるはずだ。こんなところにまで来ているはずがない。だが、探査用の魔道具を引っ張り出したアイが叫ぶ。


「やはり、襲っているのはこの国の人間じゃないわ。この国の人間なら身分証を持っているはずだもの。恐らく人間の国の兵士ね。数は10人。どうする?」


たった10人。もっとも私達は9人だ。村人達と一緒に戦えば勝てるかもしれないが、こちらにも犠牲が出るかもしれない。


「行きましょう。あの村を襲うなんて許せない。」


とカンナが言う。サラも同意だ。アイが決定する。


「私達は村を救いに行きます。ケイトさん通訳をお願い。」


やれやれ、こうなったか。でもこれは仕方が無いだろう。私はマルクに村を助けに行くと伝えた。途端に護衛の兵士達の顔が引きしまる。彼らは元低級冒険者だ、私と同様多少の戦闘経験はあるだろうが、経験豊富と言うわけでもあるまい。


「分かりました。それではまず偵察に行かせます。」


とマルクが答え。兵士2名が村に向かって駆けてゆく。しばらくして戻って来た兵士達の報告では、村が貴族の私兵に襲われているそうだ。農民達も応戦しているが劣勢だという。


「行きます。」


それを聞いたアイが馬車を降りながら言う。馬車で乗り付けては目立つ、敵の不意を突くなら歩いて(?)行った方が良いとの判断だ。


 村に到着すると、報告通り兵士10名と村人が村の広場で対峙している。広場にはすでに数人の死体が転がっていて、村人の中には血を流している人も多くいる。無理もない、装備が違い過ぎる。兵士達が鎧を着て槍と盾を持っているのに対して、村人達はすり切れた粗末な服に、持っている武器は木の棒や鎌や鋤だ。体格だって違う、兵士には力が強くて身体の大きな者しかなれないからだ。


 私は広場に飛び込むなり矢を放つ、いきなり現れた私達に驚いて一瞬動きが止まった敵兵の顔に命中し敵が倒れる。鎧で全身を覆い兜をかぶっているから顔くらいしか狙う場所が無いのだ。同時にマルクさん達味方の兵士が槍を構え敵に襲い掛かる。敵兵も応戦し混戦になる。マルクさん達は盾を持っておらず鎧も軽装備だ、若干不利かもしれない。私は2本目の矢を放つが、今度は鎧に当たって跳ね返された。


 村人達もいきなり現れた私達に驚いた様だが、味方だと分かって活気づいた。アイがファイヤーボールを放つ、だがこれも敵の持つ盾に防がれる。


「みんな、石をなげるのよ!」


と私は村人達に叫ぶ。投石といってもこれだけの人数でやれば馬鹿に出来ない。鎧や盾があるから大したダメージは与えられないが、敵も顔面を庇わないといけないから動きにくくなる。


「この! 生意気な農民共! 後で覚えていろよ。」


と敵兵のひとりが、盾で顔面を庇いながらどすの効いた声で叫ぶ。思わず農民達が怯むが、その時、敵の兵士達が立っている地面から無数の小さな刃が飛び出した。アーススピアという魔法だ! 足の裏までは鎧で守られていない。兵士達は足の裏から甲にかけてアーススピアで貫かれ、何が起きたか分からないまま激痛に叫び声を上げながら地面にひっくり返った。そこへマルクさん達が飛び掛かって敵の上に馬乗りになり、敵の首に槍を突き立てる。私も首を目掛けて矢を射かけふたり目を仕留めた。サラとアイがファイヤーボールを放つ、ファイヤーボールは鎧を破壊できなかったが、中の人間はその熱で蒸し焼きになり、苦痛に叫び声を上げのたうちながら死んだ。


だが、私達がその兵士達に気を取られている間に、最後の生き残りの兵士がアーススピアを抜け出し、村人達に走り寄って1人の村人に短剣を突きつけた。中年の女性だ。


「動くな、さもないとこいつの命はないぞ!」


と敵の兵士が叫ぶ。


「ジーラ!」


女性の夫なのだろう中年の男が叫ぶ。


「みんな、私のことなんかどうでも良い。こいつをやっつけて。」


と女性が叫ぶ。気が強そうな人だ。だが村人達は動かない。私たちも同様だ。


「馬を用意しろ。急げ!」


 兵士の要求に従って村人が馬を連れてくる。足を怪我しているから馬で逃げるつもりなのだろう。馬に近づいた兵士は、女性を先に馬に跨がらせ、次に自分も乗ろうとするが、その瞬間馬の影から蛇の尻尾を伸ばしていたアイが、女性と兵士の間に尻尾を割り込ませ、そのまま先端を男の首に巻き付けた。兵士がアイの尻尾に短剣を深々と突き立てる。アイは「クッ...」と顔を顰めたが、次の瞬間、男を高々と空中に投げ上げた。


兵士は村人達のど真ん中に落下した。背中を地面に強く打ち付け動けない様だ。


「こ、降参する。俺達が悪かった。命だけは助けてくれ。」


周りを殺気だった村人達に囲まれて兵士が叫ぶ。


「今更何を言ってやがる! 俺達を皆殺しにしようとしたくせに!」


「やっちまえ!」


「殺せ!」


と農民達が次々に叫ぶ。仲間を何人も殺されているのだ無理はないが...。


「皆、待って! こいつは殺しちゃダメ、捕虜にして敵の情報を聞き出すの。」


と私が叫ぶが聞き入れてくれそうにない。だが、ひとりの老人が甲高い声で、


「待て!!!」


と叫ぶと村人の動きが止まった。確かこの村の村長だ。


「まさか、あんたたちに助けてもらうとはな。つくづく魔族には世話になりっぱなしじゃ。礼を言う。」


「農民達には、敵がきたら直ちに逃げる様に伝達済みだと聞いたのだけど。」


「その通りじゃ、領主様から指示があった。敵が来たらアルトン山脈の東に逃げろとな。村は必ず取り返すし、それまでの生活も保証すると新しい国王様がおっしゃっているらしい。ありがたい話じゃが人の気持ちはそう簡単に割り切れんのじゃ。ここは、わしらの先祖が命がけで開拓した土地じゃ、敵がきたら何もせずに逃げ出すのは嫌だという意見が多くてな。それに、これ以上魔族に借りを作るのは嫌だという気持ちもあった。」


「そうでしたか...。気持ちは分かりますが、戦いは向き不向きが有ります。兵士に任せる方が良いですよ。」


「そうかも知れんな、意地を張った結果としてまた魔族に借りを作ってしもうたしな。」


と村長はアイ達ラミアの少女を見ながら言う。私はアイの怪我の様子を見に走り寄った。サラとカンナが回復魔法で治療している。


「アイ、大丈夫?」


「ケイトさん、やっちゃいました。自慢の鱗が台無しです。」


「まったく、アイは無茶をし過ぎよ。これは後が残るかもよ。」


とサラが言う。


「えー、それは困る。ちゃんと治してよ。」


「そんなこと言っても、これだけの怪我だもの。」


それを聞いて私はポケットから回復薬の瓶を取り出すと、アイの傷口に振りかけた。途端に白い煙が立ち上り、アイの怪我が一瞬で全快する。


「ケイトさん! それって精霊様の回復薬じゃ!?」


とサラが驚いて問いかけて来る。


「ちょっと違うわね。これはソフィア様がお作りになった回復薬よ。」


「ソフィア様って! そんなものどうやって!?」


「サラ、その話は後よ。ケイトさん、貴重な回復薬をありがとうございました。これから私達は治療魔法で怪我をした人達を治療します。重症の人から順に案内してくれる様に伝えてください。」


私が村長にアイの言葉を伝えると、村長は「よろしく頼む。」と言ってアイ達に深々と頭を下げた。私は胸のポケットから回復薬を3本取り出しながらアイに言った。


「これも回復薬よ、回復魔法では治せない患者に使って。」


「回復薬が3本! 私に使ってくださったのと合わせて4本も持っていたんですか? とんでもない価値があるものですよ。」


アイは驚いた様だが、今はまず怪我人の治療が先だと判断したのだろう、それ以上は何も聞かずに受け取ってくれた。立派なリーダーだ。


怪我人の治療が終わると私達は出発した。村人達はまだここに残ると言う。捕虜の兵士は縛り上げて馬車に積み込んだ。私達が谷底の道を守る兵士に引き渡すことになったのだ。兵士の足の怪我は、アーススピアの魔法を発動したカンナが「私が怪我させたのだから」と嫌々ながら治療してくれた。

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