54. 将軍となるカラシン

(村人A視点)


 村を襲った人間の国の兵士達から助けてくれたのは、以前身分証発行に村を訪れたラミア達だった。俺達ときたら必死に戦ったものの、敵に傷ひとつ負わせることすらできなかった。やはり農民は何もできないのか...と悔しくなる。


 魔族は強い、あんな少女の様な顔をしたラミアですら、俺達がかなわなかった敵を倒していた。300年前、人間の国は魔族の国との戦争に勝利したと言うが、その時も魔族の強さは圧倒的だったと伝説にある。そんな強い魔族に人間の国が勝てたのは数の力だったそうだ。魔族ひとりに対して、10人、20人あるいは30人で対抗したという。


 そこで気付いた。人間の国の国民で一番数が多いのは農民だ。兵士の100倍はいるだろう。それは魔族の直轄領になった今でも変わらない。だったら同じことが出来るんじゃないか? 弱い者が強い者に勝つには、10人、20人で掛かることだ。ひとりに大勢で掛かるなんて卑怯と言われるかもしれないが、兵士と農民では生まれた時の体格からして差があるのだ、武器や防具も段違いだ。最初から公平な戦いじゃない。そして、大勢で対抗するためには村単位で敵に当たっていてはダメだ。農民全体で動くぐらいの大きな組織を作らないといけない。何とかいう民間の軍隊を作るんだ。なんだったっけ、義勇兵...義勇軍...なんかそんな感じだった。今まで魔族の国に借りばかり作って来た俺達だが、これなら俺達でも国のために何か出来るかもしれない。


 さっそく村の仲間に義勇軍を作ろうと呼びかける。最初は意味が分からないと言う顔をしていた奴等も、俺が必死に話すと賛同してくれた。皆、魔族の国へ借りを返したいのだ。守ってもらってばかりではなく、この素晴らしい国を守りたいのだ。もちろん反対する奴もいる。戦えば犠牲者が出る。農民が戦わなくても兵士が戦ってくれるからいいじゃないかと言われる、そのために税を払っているのだと。でも、300年前魔族の国は数の力に負けたのだ。現在も兵士の数では魔族の国は人間の国に負けているだろう。だったら、数には数で対抗するしかない。俺の主張は一定数の賛同を得た。反対意見も残っているが、それは仕方がない。おれは賛同してくれた奴らと村を飛び出した。周りの村々を回って義勇兵を募る。すべてはそれからだ。





(ジョン隊長視点)


 人間の国の軍隊が国境に集結しつつある。偵察兵の話だと現時点で10万を超えているらしい。こちらの兵力はせいぜい1,000だったが、昨日に援軍の第一陣として5,000の兵士が城に到着した。そして援軍と共に到着したのがソフィリアーヌ様に任命された将軍だ。彼が戦いの総責任者となる。見知った顔だ、魔族の国の女王ソフィリアーヌ様の王配、カラシンだ。跪いて挨拶をしようとする俺とトーマスをカラシンが慌てて止める。


「やめてください。俺が将軍なんて柄では無いのは分かっています。ジョンさんにトーマスさんの助力が無ければ勝てません。どうか力を貸してください。何としてもソフィアの国を守りたいのです。」


と言って真剣な顔で深々と頭を下げる。俺とトーマスは顔を見合わせた。こんな謙虚な将軍が居るとはな。


「カラシン様、もちろんです。ジョンも俺も全力を尽くしますよ。それと、将軍が簡単に頭を下げるものではありませんよ。人に見られたら変に思われます。」


とトーマスが口にする。


「正直言って、どんな奴が将軍として赴任するのか心配していたのです。カラシン様なら安心です。私も全力でお支えします。」


と俺が言う。実際、自信満々の責任者ほど扱い難いものはない、少なくともカラシンなら俺達の意見にも素直に耳を傾けてくれそうだ。


「ありがとうございます。でも、どうか "様" 付けは止めて下さい。自分が呼ばれている気がしませんから。」


「それは慣れていただくしかありませんな。」


「その通り。少なくとも人前ではな。まあ今は俺達だけだ。カラシン、ソフィリアーヌ様との結婚と子供の誕生のお祝いをまだ言えてなかったな。おめでとう。それから、俺の名前は呼び捨てで呼んでくれ。」


「もちろん、俺も呼び捨てで頼む。」


とトーマスが口を揃える。カラシンはしばらく黙っていたが、やがて、


「ジョン、トーマスよろしく頼む。」


と嬉しそうに口にした。


 現在の兵力は、カラシンが連れて来た援軍の5,000と城に居る兵力と合わせて6,000だ。仮に魔族ひとりで人間10人を相手にできるとしても、対応できる敵は6万までだ、まともに戦っては勝てない。


 だが朗報もある。カラシンの話では、ラミア族が秘伝の魔道具をエルフ族に提供してくれることになったらしい。その魔道具は魔力変換の杖と呼ばれているもので、ひとつの魔法しか使えない魔法使いに別の魔法を使える様にする。もちろんどんな魔法でもと言うわけでは無く、杖に設定された魔法しか使えないが、ラミア族の族長が、この魔道具を植物魔法しか使えないエルフ族の兵士全員に提供すると決めた。強い魔力を持っているにも関わらず戦いに不向きな植物魔法しか使えないエルフ族だが、その杖を使えばファイヤーボールが撃てる様になる。エルフ族の人口は魔族の中で一番多いから、1万人くらいが戦いに参加してくれるらしい。1万人のファイヤーボールが使える魔法使いが戦いに加われば確実に流れは変わる。到着が遅れているのは、ラミアからの杖の提供を待っていたからだ。ラミア族では総力を上げて杖を生産中とのことだ。それでもあと数日でこちらに向けて出発予定だ。


 エルフ族の兵士が到着するまで持ちこたえれば勝てると踏んだ俺とトーマスが考えた作戦は籠城だ。幸いに元ボルダール伯爵の城は立派な作りで、城壁も高く守りに徹すれば簡単には落ちない。もちろん領内の被害を最小限に抑えるためには、敵をこの城におびき寄せる必要があるから、城外でもある程度は戦いを挑むが、あくまで敵をこの城に引き付けるためなので、少し戦ったらすぐに城に引き返す予定だ。カラシンに進言したらあっさりと承認が得られた。これはやり易いと笑みが出る。


 だが、その後予定外の援軍が多数押しかけて来たのにはまいった。この領の農民達が作った義勇軍だ。現時点で軽く数万人はいるだろう。まだ増えそうな勢いだ。しかも義勇軍は今年の税だと言って沢山の食糧を城に運び込んでくれた。戦いに兵糧は欠かせないからありがたい。だが一方で武器も防具もお粗末な上に戦闘訓練など受けたことも無い農民達がどれだけ戦力になるか未知数だ。戦争の犠牲者を増やすだけになる可能性も高い。それでも、話を聞くために広間に集めた農民のリーダー達は必死に自分達にも戦わせてくれとカラシンに懇願する。この戦争に魔族の国が敗れれば自分達はまた奴隷の様な生活に戻ることになる。そんなことになるくらいなら戦って死んだ方がましだという。


 その時、伝令が部屋に飛び込んできた。国境に集結している敵軍の数が急激に増加したという。30万を超え、まだ増え続けているらしい。トーマスが引き攣った声を出す。


「バカな! 30万だと! 人間の国の軍隊の総数より遥かに多いぞ。ありえん...。」


「それが、増えたのは正規の軍隊ではなさそうです。鎧の形式が色々なのです。ひょっとすると貴族達の私兵かもしれません。」


「なるほどな、貴族達の私兵を大規模に集めたな。私兵に先に戦わせて、正規軍を温存するつもりか...。」


とトーマスが言う。その時、カールトン男爵領の農民達のリーダー、ロジャーが真剣な形相で叫んだ。彼らも義勇兵として参加したいとこの部屋に来ていたのだ。


「将軍様、俺に考えがあります。どうか発言をお許し下さい。」


カラシンが許しを与えると。ロジャーが続ける。


「将軍様、一介の農民に発言をお許しいただき感謝申し上げます。私は人間の国の間者に騙されて、カールトン男爵領で反乱を起こしたロジャーと申します。この戦争の原因を作った者です。そんな私達を魔族の国は匿ってくださいました。私達の感謝の気持ちは言葉では表せません。

 私達は反乱を起こして男爵領を占拠すれば魔族の国が助けてくれると言われ、まんまと騙されました。魔族の国に加われば税が3割になるとそそのかされ、それまでの苦しい生活から逃れるために周りが見えなくなっていたのです。ですが、今申し上げたいのはお詫びではありません。人間の国に対抗するための作戦です。

 先ほどのお話では、人間の国では貴族の私兵を魔族の国との国境に集めているとか、ならば、領内に兵士が居ない今は、農民にとって反乱を起こす絶好のチャンスです。今はどこの領でも農民の生活は最悪の状態で、貴族達に対する不満が溜まっています。そんなタイミングで、私達が、「反乱を起こして魔族の国の勝利に貢献すれば、魔族の国の一部になって税を3割にしてもらえる」と宣伝すれば多くの領地で反乱が起きるでしょう。これは自分の体験から確信があります。

 領地で反乱が起きれば、ここに兵を送っている貴族達は戦いどころではなくなります。王の命令に反してでも自分の領地に引き返すものが続出するでしょう。貴族達の兵が減ればその分、魔族の国の戦いが有利になると考えます。

 私達農民は戦いでは戦力にならないかもしれません。ですが、この方法ならお役に立てるのではないでしょうか。」


自分の経験から思いついたのだろうが、確かに妙案だ。これが実行できれば確実に俺達の戦いが優利になる。


「だが、反乱を起こした後はどうする。領地に戻って来た貴族達の私兵と戦うことになるぞ。」


とカラシンが口にする。


「もちろん、それを覚悟した上での反乱です。俺達も一緒に戦います。正規軍に比べれば貴族の私兵達は弱いです。団結すれば数で勝る農民達が勝利できるかもしれません。後に正規軍に鎮圧されましたが、貴族の私兵に打ち勝った反乱の試みは過去に幾つか例があります。ただ、お恐れながらお約束していただきたいのです。私達は同じ農民を騙したくありません。どうか魔族の国が勝利した暁には、私達が行う宣伝のとおり、それらの領を魔族の国の領土とし、税を3割にすると約束していただけないでしょうか。」


カラシンはロジャーの言葉を聞くと、


「それは俺の権限では約束出来ん。だから、その権限がある者から話をしてもらおうと思う。」


と静かに応えてから、部屋の中央に置いてある遠距離通信の魔道具に向かって、「ソフィア、話してもらって良いか?」と話しかけた。途端に通信の魔道具からソフィリアーヌ様の声が発せられる。


「もちろんです。皆さん初めまして、私は魔族の女王ソフィアです。先ほどから皆さんの話を聞かせていただいておりました。」


ソフィリアーヌ様の声を聴いた途端、広間に静寂が訪れた。無理はない。魔道具越しとは言え、農民達にとって王に直接話しかけられるなど考えられないことだろう。


「農民の皆さん、この戦いに協力を申し出て下さり感謝します。私は誰にも死んでほしくありません。でも、すでに戦争は始まりました。犠牲が避けられないなら、せめて勝たねばなりません。戦いに勝ち、そして、この国をより良い所にすることが私の責任です。だから皆さんに戦うなとは言えません。戦うことなく勝利は得られないのですから。でも、せめて皆さんがご無事で勝利の日を迎えられることを祈らせてください。どうか、どうか無茶なことをなされませんように。

 そして、ロジャーさん。私は約束します。魔族の国が勝利した暁には、魔族の国への帰属を望むすべての領地を魔族の領土とし、税を3割に引き下げます。これは魔族の女王としての誓いです。」

 

 ソフィリアーヌ様が話終えると静寂と興奮が広間を満たした。


「ソフィア様、ありがとうございます。全力を尽くします。このロジャー、女王様の為なら命も惜しくありません。」


と興奮で顔を真っ赤にしたロジャーが、泣きそうな声で叫ぶ。


「ロジャーさん、それはいけません。死ぬことを前提に戦わないでください。身勝手なお願いですが、どうか死なずに勝てる方法を考えて下さい。私達は最終的に勝利すれば良いのです。すべての戦いに勝つ必要はありません。危険だと思ったら逃げて下さい。負けても次に勝つ方法を考えれば良いのです。」


なんとも驚く内容だ。正直、戦争を始めるに当たっての国王の言葉としてはどうかと思ったが、意外にも農民達に感銘をもたらした様だ。ほとんど全員が「女王様、ありがとうございます。」と言いながら涙を流していた。その後の話し合いで、農民達の義勇軍全員が、ロジャーの作戦を行うことになった。後は彼らの武運を祈るだけだ。

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