52. 谷底の道に出向くソフィア

(宰相視点)


 やったぞ! 計画は100パーセント成功した。国王は馬車ごと始末した。同行していた兵士達全員が証人だ。実際には国王はとっくにくたばっていて、馬車に乗っていたのは影武者なのだがそんなことはどうでも良い。大切なのは国王が魔族に殺されたと兵士達が信じることだ。これで王太子に指名されていた幼い王子が自動的に王になる。幼い王子など俺の思い通りに操れる。


 その上、オーガキングも始末出来たのだ。これで魔族の国はバラバラになる。もともと魔族は同じ種族同士で固まって生活しており、他種族との交流は希薄だった。むしろ仲が悪かったと言っても良い。人間がアルトン山脈の麓まで魔族達の住む魔物の森を侵略できたのも、魔族同士がバラバラで連携して抵抗してこなかったからというのが大きい。その魔族達を結束させたのがオーガキングだ。以前開拓村に潜り込ませていた間者の話では、オーガ、アラクネ、ドワーフ等、種族の違う魔族同士が協力し合って作業に当たっていたらしい。すべてはオーガキングのカリスマ性のなせる業だという。オーガキングは誠に偉大な王だった。だが偉大な王には落とし穴がある。皆が王に依存している状態で王が死ねばすべてが崩れる。オーガキングの治世がもう少し長ければ後継者を育て、それを支える政治システムを構築することも出来ただろうが、現時点では後継者にするべき子供さえいないらしい。ひょっとしたら次の王座を争って種族間で内戦が始まるかもしれない。それに、仮に誰かが王位を継いだとしても、オーガキングほどのカリスマ性を持っているとは思えない。必ず、王の種族とそれ以外の種族の間で、妬みや猜疑心と言った軋轢が生じる。統率の取れていない国など、個々に懐柔して崩すのは簡単、調略は得意分野だ。これで魔族の国は脅威ではなくなったといっても過言ではない。しかもオーガキングはアルトン山脈を貫いて馬車が通れる道を作ってくれた。これならアルトン山脈の東側の森も開拓すれば、収穫物をこちら側に運ぶのも容易だ。オーガキングは愚かにも自分の国を征服者にとって魅力的な国にしてしまったわけだ。


 ボルダール伯爵領から急いで王都に帰還した俺は、直ちに新王のもとに参じる。新王はまだ5歳。祭り上げて置けば何とでもなる。すでに王太子が王になった暁には、俺が王を補佐する執政官に就任する約束は取り付けてある。執政官に就任すれば、この国の実験は俺の手の中にあるといっても間違いではない。


 その後、予定通り執政官に就任した俺は、直ちにすべての貴族に対して、魔族との総力戦を行うことを新王の名で宣言した。すべての貴族に魔族との戦いに参加せよとの内容だ。王直轄の軍隊には出来るだけ損害を出したくない。だから貴族達に戦ってもらう。俺に対抗する勢力を削ぐ意味でも妙案だ。


 貴族達が戦いの準備をするのにはある程度の時間が掛かる。なにせ、ありったけの兵を率いて王都に馳せ参じよと命令してある。当然、多くの貴族達からすべての兵を動員しては自分達の領内の治安が守れない、少しは兵を残したいと陳情が殺到するが、すべて新王の名で却下する。貴族達も今回の命令が幼い王ではなく執政官の俺からだと承知しているが、王の名を出されては逆らえない。もはや、この国は俺の物なのだ。無性に笑いたくなった。





(ソフィア視点)


 遂に人間の国との戦いが始まる。10万を超える人間の国の兵士達が国境に集結しているらしい。カラシンさんはこの戦いの将軍として援軍の第一陣、5,000人の魔族軍を率いて、ジョン隊長達のいる直轄領の城に入った


 それからしばらくして、とんでもない知らせが送られてきた。アルトン山脈を貫く谷底の道の東端の崖が崩れ、道が上から落ちて来た土砂や岩で塞がってしまったと言う。しかも崩落の原因は自然現象ではなさそうだ。目撃者の話では巨大なファイヤーボールが何発も道の上の崖に命中したという。これは人間の国の仕業に間違いない。不味い! 現場にいるドワーフの工夫の話では、降り積もった土砂を除去して道を通れる様にするには一月は必要らしい。これでは予定しているエルフ族の援軍1万人を送れない! カラシンさん達はエルフ族の援軍が来るまで城で籠城予定だ。いくら強固な城とはいえ、兵士の数が違い過ぎる。長くはもたないかもしれない。


 カラシンさんが死んでしまったらと思うと血の気が引いた。...。いや、死なせはしない。何としても助けなければ...。そうだ! お母さんだ。そろそろお母さんが居なくなって1年になる。戻って来ても良い頃だ。お母さんなら助けてくれる。私はお母さんから送られた念話増幅の魔道具を使って、精一杯の念話を送る。だが何度やっても返事がない。


<< ソフィア、どうかしたのか? >>


と念話が届く、振り返るとトムスだった。トムスはあれから私達と一緒に王都に居る。距離が近いから私がお母さんに送った念話が聞こえたらしい。


<< トムス! 助けて。カラシンさんが死んでしまう! >>


<< まあ、落ち着け。言っとくが戦争には協力できないぞ。精霊王様の言い付けだからな。>>


<< 戦いじゃないの、道が通れる様にして欲しいの。>>


私がわけを話すと、うーん、と唸った。


<< まあ良いか...。俺は戦いをするわけじゃない。道を修理するのを手伝ってやるだけだ。それと念のため俺が精霊だと言うのは内緒だ。それで良ければ案内しな。>>


 私はトムスに礼を言って、急いで執務室として使っているオーガキングの館からサマルの居る我家に向かって駆けだした。肩の上には白兎の姿のトムスが乗っている。私の後をオーガの護衛達が慌てて付いて来る。申し訳ないが一刻を争うかもしれないのだ。


 我家に飛び込むと、カミルとエミルにしばらく王都を留守にする旨を伝え、サマルの世話をお願いする。私が女王の仕事で家に帰れないときのために、サマルに乳を与えてくれる乳母も手配済みだ。カミルとエミルのふたりに任せておけば大丈夫と自分に言い聞かせ、ベッドで眠っているサマルの頬にキスをして、カミルとエミルの制止を振り切って家を飛び出した。


 家の前で私の肩から降りたトムスがドラゴンの姿を取る。護衛のオーガや通りかかった町の人達が驚くが謝っている暇はない。私は護衛のオーガ達に、


「谷底の道を通れる様にしてきます。」


と叫んでから、トムスの背に乗り、首の付け根にしがみつく。


<< しっかり捕まっていろよ。>>


との念話と共にトムスの巨体が静かに宙に浮かぶ。ここで羽ばたくと周りの家に被害が出るから、上空までは翼を使わず飛行魔法だけで浮かんでくれたのだ。数十メートル上がったところで翼を広げ一気に加速する。防御結界を張ってくれているのだろう、かなりの速さで跳んでいるのに私の周りは無風だ。


<< ありがとう、トムス >>


と私が念を送ると。<<気にするな>> と返って来た。小さい時から私を可愛がってくれたトムス。小さい時に遊んでくれた精霊は他にも沢山いるけれど、私はトムスが一番好きだった。お母さんの話では、精霊は魔族や人間とは全く別の存在らしい。決まった形を持たず、寿命もない、森の深奥から噴き出している魔力を吸収すれば食物を食べる必要もない。子供を産むことはなく、精霊は森の魔力が固まって何千年かに1度くらいの頻度で自然に誕生するらしい。だからなのか、精霊には魔族や人間に興味を持たない者が多い。その中で私が例外だったのは精霊王と一緒に居たこともあるが、念話が使えたことが大きいと思う。やはり話ができると言うのは大事なのだ。


<< ねえ、トムス。お母さんが約束した1年は過ぎたよね。どうしてお母さんは戻って来ないの? >>


と、トムスの首にしがみつきながら尋ねてみる。カラシンさんの事だけでなく、お母さんのことも心配でならない。


<< さあな。俺には分からんが、ひょっとして地面に含まれている魔力が少なすぎるのかもな。精霊は核に戻ったあと、地面に含まれる魔力を吸収して復活するんだ。周りの魔力が少なければそれだけ時間がかかる。>>


<< それって大丈夫なの。>>


<< 心配するな、時間が掛かるだけだ。心配なら、核のある場所に魔力を注いでやれば良い。もっとも場所が分からんと無理だけどな。>>


<< そう...>>


残念ながら、お母さんが核に戻った場所は分からない。お母さんは私が攫われかけたことに腹を立てて、人間の国の国王を殺しに向かったらしいから、人間の国の王都辺りだとは思うが、戦争中に気軽に訪れることのできる場所ではない。まずはこの戦争に勝つことだ。


 そうこうしている内に谷底の道が見えて来た。上空から見ると谷底の道は鋭い刃物で切り裂いた跡の様にまっすぐにアルトン山脈を貫いている。ほとんどの部分は無傷だが、西端部分で大規模な土砂崩れが発生して大量の土砂で道が埋まっている。道の両側の崖はお母さんが硬化してくれていたはずで、よほどのことが無ければ崩れはしないはずだ。敵のファイヤーボールの攻撃がそれだけ強力だったのだろう。


 道ではドワーフの工夫やエルフの先発隊の兵士達が必死に土砂の除去をしているが、はかどっている様には見えない。道の東側からしかアプローチ出来ないから、掘り出した土砂を道の反対側まで運ぶ必要がある。私はトムスに頼んで降り積もった土砂の上に着陸してもらうと、工夫や兵士達はいきなり空からドラゴンが降りて来たものだから右往左往していたが、しばらくして私の存在に気付いた様だ。


「ソフィア様だ!」


とドワーフの工夫のひとりが叫ぶと、全員が私に向かって頭を下げる。


「皆さん、ご苦労様です。急で申し訳ありませんが、今からこのドラゴンに土砂を除去してもらいます。危険ですので少し離れて下さい。」


と叫び、全員が離れたのを確認して再びトムスの乗り飛び立つ。土砂を除去するなら、東側に運んだ方が早い、私とトムスはアルトン山脈の東側の上空を旋回して土砂を運び込むのに適した場所を探す。だが、突然トムスが叫んだ。


<< ソフィア! 防御結界を張れ。墜落する! >>


トムスの言葉どおり、トムスの身体は急激に落下を始める。私も一緒に落ちて行くが、私の落下するスピードよりトムスの方が早い。明らかに何かの力で下に引っ張られている! トムスの言葉通り防御結界を全力で張りながら、飛行魔法も併せて発動する。私の飛行魔法は非力なもので、空を飛ぶことは出来ないが落下速度を落とすくらいのことは出来る。なんとか、先に落下したトムスの傍に無傷で着地できた。途端に再びトムスが叫ぶ。


<< ソフィア! こっちへ来い。ファイヤーボールが来る。>>


私がトムスに駆け寄ると同時に、トムスの防御結界にファイヤーボールが接触し、閃光とドーンという衝撃が走る。かなりの威力だ、恐らく谷底の道の崖を崩したのと同じものだろう。トムスの強力な防御結界が無ければやられていたかもしれない。その後もファイヤーボールは切れ目なく降り注ぎ、閃光で周りがまったく見えない。


<< トムス、大丈夫? >>


と思わず訪ねる。精霊は少々のことではダメージを受けないが、先ほどの墜落は相当な衝撃だったはずだ。


<< 少々驚いたよ。精霊王もこれにやられたのかもな。なあに、回復魔法を使ったから大丈夫だ。だが、これだけ攻撃されていると動けんな...。ソフィア、探査魔法で攻撃している奴を探れるか。俺は防御結界で手一杯だ。>>


トムスに言われるまま探査魔法で探る。


<< 敵は人間。沢山いるけれど、私達を攻撃しているのはふたりだけ。>>


<< ふたりだと!? この攻撃を人間がたったふたりでやっているというのか。信じられんが。>>


だが、なんど探査魔法を使っても結果は同じだ。数キロメートル離れたところに人間の軍隊らしきものが居るが、近くにいるのはふたりだけだ。


<< とにかく、そいつらを排除しないと動けんな。だがこれだけ連続して攻撃されたら結界を解けない。こうなったら近づいて体当たりをくらわしてやる。>>


確かにトムスの言う通りだろう。結界を張ったままでは攻撃魔法は使えない。トムスはドラゴンから大きな白馬の姿に変わり走り出す、私は敵のいる方向を指示しながらトムスにしがみついた。敵は300メートルくらい離れたところにいる。全身を黒色の鎧でおおった兵士だ。そのまま敵のひとりに体当たりするが、敵も強力な防御結界を張って防ぐ。防御結界を張った敵はこちらを攻撃出来ないが、敵はふたりいる。攻撃の手はとまらないから、こちらも防御結界は解くことが出来ない。何度も体当たりを敢行するが効果はない。敵がふたりいるのは厄介だ。


<< トムス。結界に穴を開けられない? そこから私が攻撃する。>>


<< だめだ、穴を開けたらそこから攻撃されるぞ。>>


<< 大丈夫、穴の大きさは10センチメートルでいい。ファイヤーボールを圧縮して小さくする。>>


<< 分かった。穴を開けるのは一瞬だぞ、タイミングを合わせろ。>>


私は胸の前にファイヤーボールを作ってから、直径5センチメートルくらいに圧縮する。


<< 3、2、1、発射!>>


掛け声でタイミングを合わせてこちらを攻撃している敵のひとりにファイヤーボールを放つ。私のファイヤーボールは敵の頭部を粉砕した。攻撃中は防御結界を張れないから効果抜群だ。


 残ったひとりにトムスが体当たりする。敵は防御結界で防ぐが、その途端攻撃の手が止まる。


<< それを待っていた! >>


怒りと共に叫んだトムスが雷魔法を放つ。だが、敵はトムスの全力の雷魔法を防いで見せた。トムスも私も驚いて一瞬動きが止まる。人間がここまでの防御結界を張れるなど信じられない。


<< トムス! 結界を! >>


と私が叫ぶ。驚きで一瞬反応が遅れたが、何とか敵の反撃に間に合った。敵は攻撃されたことに恐怖したのか、必死に攻撃の手数を増やして来るが、それでもふたりに攻撃されていた時よりもましだ。再び私のファイヤーボールが敵の頭部に命中し、敵は倒れた。


 他に敵はいないかと探査魔法を使うと、数キロメートル離れたところに居た軍隊に異変がある。なんと半数がすでに死亡し、それ以外の兵士も半死半生の状態だ。トムスも異常を感じたらしく。


<< 行ってみるか? >>


と聞いて来る。私が頷くと、そのまま走り出した。現場に到着して驚く。軍隊の全員が倒れ伏している、既に死んでいる者も多いが、残りも意識が無い様だ。数百人はいるだろうか。思わず駆け寄り、持っているだけの回復薬を飲ませたが、誰も目を覚まさない。回復薬が効かないなんて...。


<< ソフィア、無駄だ。これは魔力を使い過ぎた結果だ。回復薬で身体は治っても精神は回復しない。生きている奴等も直ぐに死ぬだろう。一体何が起こったんだ。想像がつかないぞ。>>


 そんなこと言われても私にも検討が付かない。とにかくここに横たわる兵士達に出来ることは無い様だ。私とトムスは谷底の道に引き返し。トムスが重力魔法で道を塞いでいた土砂を何回かに分けて浮かべ、アルトン山脈の東の麓に捨ててくれた。作業が終わると、遠くから見守っていたドワーフの工夫とエルフの兵士達が駆け寄って来る。


「流石はソフィア様です。これ程の大工事をあっと言う間に成し遂げてしまわれるとは感服いたしました。」


とドワーフの工夫が口にする。


「ソフィア様、エルフ族の軍の本体が到着しました。これより谷底の道を通り、直轄領の城に向かいます。必ずや敵を追い散らして見せます。」


「よろしくお願いしますね。そして必ず無事に帰って来て下さい。武運を祈っています。」


「はっ、お任せください。」


と兵士が答えて敬礼する。それから私とトムスはエルフの兵士達が全員谷底の道を通過するのを、道の出口で見送った。兵士達は全員私に敬礼をして通り過ぎて行く。約1万人のエルフ族の兵士と数百人のラミア族の兵士の混成部隊だ。ラミア族は様々な魔道具を持参し戦闘時の情報収集にも活躍してくれる予定だ。特に人間の数と位置を探知できる魔道具は戦闘時に大いに役に立つはずだ。私は兵士の最後のひとりが谷底の道から出て行くまで、手を振りながら見送った。

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