13. オーガキングと対峙するカラシン
(カラシン視点)
ソフィアは無事冒険者の試験に合格した。それも通常なら新人はFクラスから始まるところをEクラスとなった。隊長の得意とする剣での試合で1本とったことを評価したのだろう。もっとも俺としては、あの小型ファイヤーボールの方がよほどすごいと思う。隊長が魔法使いでなくて良かった。でなければソフィアのことを根ほり葉ほり聞かれて大変だったかもしれない。あの大きさまでファイヤーボールを圧縮するにはものすごい魔力圧をかけねばならない。ソフィアの他にできる奴はいないんじゃないかと思う。ちなみに俺達のチームはケイトがCクラスの弓使い、俺がDクラスの魔法使いで、マイケルはEクラスの槍使いだ。マイケルの奴、ソフィアが一気に同じEクラスになったものだから負けん気を出したのか、こっそりと槍の訓練に励んでいる様だ。
あれから1週間は平穏に過ぎた。寝室は無事、俺とマイケル、ケイトとソフィアの2グループに分かれることが出来、俺もベッドで眠ることが出来る様になった。ケイトがソフィアに女の子のたしなみについて、きつく説教したらしい。突然ソフィアが、「ケイト、こわい」と言って泣きながら縋り付いて来た時にはびっくりした。ケイトよ、お前、人外の者にまで怖がられているぞ...。
それ以外には村長の孫が肺炎になった時に、ソフィアが例の果実を村長家族に提供したことぐらいだ。村長はあの果実を見てひどく驚いていた。リクルの実と言って万病に効く薬なのだそうだ。森の深奥に行かないと手に入らない品らしい。村長の若い頃に、リクルの実を手に入れようとして何人もの村人たちが森に分け入り返ってこなかったため、以来、採取に行くことは禁止となり幻の果実と呼ばれているとのこと。リクルの実の果汁を飲ませたら死にかけていた孫は一晩で良くなり、村長家族はソフィアにひどく感謝していた。下世話な話だが、どの程度の値段の物なのか聞いたのだが、「値段なんて付けられるものではありません」と返ってきた。
ソフィアが正式に冒険者となって1週間が過ぎた日、軍の調査団が村に到着した。わずか10人の部隊だが、精鋭が揃っているのは一目見れば分かる。調査団は村に入るとすぐに冒険者や村人からオーガについての聞き取り調査を開始した。オーガは俺が倒したことになっているので、俺には団長自ら話を聞きに来た。俺と同年代の男だが、貴族様らしく横柄な命令口調で詰問してくる。以前隊長に話した様に、倒したのはフクロウの使い魔で、倒すのに無理をさせたからか、あれから戻って来ないと言ったら納得してくれたが、冷や汗ものだ。
聞き取り調査が終わると、調査団は連絡係をひとり残して森に入って行った。連絡係は調査団から携帯用の通信の魔道具を通して届く報告を、本隊に伝えるのが仕事らしい。
調査団が出発して10日目の昼下がり、突然連絡係の兵士が村長の家に駆けこんできた。軍よりこの村に避難命令が出されたので、全員ただちに村を離れる様にと言う。なんでも調査隊から、100匹のオーガの大群を発見との連絡をあったが、それを最後として連絡が取れなくなったとのこと、それを本部に連絡したところ避難命令が出たらしい。
100匹の大群? まさか...。いや、そういうことか。オーガは普通大きな群を作らない。せいぜい先日この村を襲った時の様に多くて3匹程度だ。だが、300年前に記録があると聞いたことがある。その時はオーガキングと呼ばれる個体が出現したのだ、オーガキングは通常のオーガよりも遥かに強いが、恐れるべきはオーガキングの統率力だ。オーガキングは通常バラバラに行動するオーガを組織としてまとめ上げ、オーガの勢力を拡大する。ただでさえ強いオーガが組織だって行動するようになれば、森の中の勢力図は大きく変わる。300年前は森の魔族の社会がオーガキングに支配されるのにそれほど時間は掛からなかったらしい。
だが、俺達人間にとって問題なのはその後だ。森を征服したオーガキングは、次の目標を森の外、すなわち人間社会に据えた。森に住むすべての魔族を従え、森から人間社会の征服にやって来たのだ。当然、人間の軍隊と魔族の戦争になり、人間は辛うじて勝利したものの、沢山の人々が殺され王都が壊滅したと記録にあるらしい。国が心配していたのはこのことだったのだ。だからわざわざ調査団まで派遣した。オーガキングの征服目標にこんな小さな村が入っている訳が無いが、それでも、森から魔族があふれ出れば巻き添えになる可能性は高い。軍の避難命令は妥当だ。しかし、村長は納得しなかった。この村を捨てるくらいなら死んだ方がましだと頑なに言う。実際、避難しろと言われても行く場所はない、国が生活を保障してくれる訳では無いのだ。他の土地に行って運よく職を得られる者は良いが、多くの者は野垂れ死にするのが落ちだろう。
連絡係の兵士は、「勝手にしろ」と捨て台詞を残して村から去って行った。しばらくして、隊長から冒険者全員に招集が掛かった。村の広場に集まると、村の護衛任務が解除されたと報告があった。すなわち、俺達がこの村に留まる義務も無くなったということだ。今までの分の報酬は町のギルドで受け取ってくれと言う。すでにオーガの大群が出現し、調査団が全滅したとの話は伝わっているから、冒険者達は誰一人文句も言わず頷いている。この村に居れば命が危ないと理解しているのだ。隊長が解散を告げると、冒険者の多くが我先に村を後にする。俺達も村を出て行くことになるだろう。
だが、村長の家に引き返した俺達は衝撃の場面に出くわした。一足先に戻っていたケイトが村長を始め、多くの村人達に土下座されているのだ。俺が家に入ると、土下座する相手が俺に変わる。ケイトが焦った様に俺の傍にやって来る。
「カラシン殿、どうかこの村を救ってくだされ。」
と村長が頭を下げたまま頼んできた。面食らったが、ケイトが耳元で囁いてくれたのでようやく状況が理解できた。要するに、村としては冒険者達が居なくなるとオーガに対して対抗のしようがない。しかし、あれだけの人数の冒険者を雇う金はない。それでも、俺達のチーム4人だけなら何とかなる。それに前回のオーガの襲撃の時、オーガ3匹はすべて俺が倒したことになっている。だったら俺さえいれば村は大丈夫だと思っているのだ。とんでもない誤解だ。
「おじさん、お願いします。」
声をした方を見ると、見覚えのある女の子がいる。確かオーガに追われていたところを助けた子供だ。くそ、卑怯者め、俺の弱点を熟知してやがる。
「申し訳ありませんが、前回オーガを倒せたのは森で使い魔に出来たフクロウの魔物がいたからです。前回で力を使い果たしたのか、フクロウはあれから戻って来ないのです。俺自身にはオーガを倒す力はありません。俺達だけでは村を守ることは出来ないのです。」
と話すと、村人達はざわざわと互いに話始める。当てが外れてガッカリしたようだ。申し訳ないが本当のことだ、俺にオーガを倒せるわけが無い。
その時、開け放されていた窓の窓枠に何かが降り立った。それに目を向けた俺は全身が凍り付いた。何故だ、何故このタイミングなんだ、俺に何の恨みがある?
窓枠に降り立ったのは、どこかへ行ってしまっていたフクロウだった。フクロウは窓枠から飛び立つと、俺の頭に着地し、「クー」と鳴いた。それを見た村人達から、「おおっ」という喜びに満ちた声が上がる。
「カラシン殿、フクロウの使い魔が戻ったようですな。」
と村長が心底うれしそうな声を上げる。
「い、いや、これは、その...」
必死に言い逃れする術を考えるが何も思い浮かばない。その時、俺の背中に隠れていたソフィアが小さな声で囁いた。
「カラシン、オーガキングがくる」
余りの内容に、思わず窓に駆け寄り、森の方角を見て腰を抜かしそうになった。オーガの群が森を出てこちらに向かっている。確実に30匹はいるだろう。終わった。俺の人生は今日ここで終わると確信した瞬間だった。いくらソフィアやフクロウが強くてもあの数は無理だ...。
すぐに村中が大騒ぎになる。冒険者達は我先にと村を逃げ出す。一方で村人達は何人かは逃げ出したものの、ほとんどの者が、手製の粗末な武器を手に村長を中心に固まってオーガに対峙していた。その中に俺達もいる。周りを村人に囲まれて抜け出せなかったのだ。そして驚いたことに、隊長も俺達と一緒に残っていた。
「親父、いいかげん村の人たちを逃がした方がよくないか?」
と隊長が村長に声を掛ける。
「バカ息子が、この村を捨ててどこへ行くというのだ。野垂れ死にするくらいなら、オーガと戦って死んだ方がましじゃわい。お前こそ逃げたらどうじゃ。どうせ一度はこの村を捨てた身じゃろう。」
と村長が答える。なんと隊長は村長の息子か。
その間にも、オーガとの距離は確実に縮まってくるが、オーガは意外にも声を発することもなく静かに歩いて来くる。50メートルくらいまで近づくと、そこで止まり地面に座り込んだ。だが、先頭に居たひと際大きい1匹だけが座らずに、引き続きこちらに向かって来る。こいつがオーガキングだろうか。
オーガキングは俺達と10メートルくらいの距離で立ちどまり、声を発した。
「たたかいにきたのちがう、おまえたちのおさと、はなしある。」
オーガが人間の言葉を喋った! それもソフィアより流暢だ。
「わしが長じゃ、用件を聞こう。」
と村長が答える。さすが村長だ、肝が据わっている。さっきから震えが止まらない俺とは段違いだ。
「おれ、マルシ、オーガのおうだった。いまは、まぞくのおう。まず、あやまる。オーガ3にん、このむら、おそった、もうしわけない。おそう、おれのきもち、ちがう。おれ、にんげんも、おそわない。たたかう、すきでない。このもり、まわり、おれのくに。こくみんなる、すんでよい。いやならでていく、どちらよい。」
「ここに住んでも良いのか。いくらの税をとるつもりじゃ?」
「ぜいとらない、だが、やくめはたす。」
「やくめとは?」
「まぞくのくにのこくみん、しゅぞくごとに、やくめある。オーガ、アラクネはへいしだす。ドワーフはどうぐをつくる。ラミアはまどうぐをつくる。エルフはへいしにたべものをていきょうする。にんげんのやくめは、にんげんのくにとのこうえき。まぞくのつくったせいひん、このむらでうる。」
「人間の国に物を売るじゃと! 人間の国と戦争をするのではないのか? じゃが、人間は怖がってだれも魔族の国には来ないぞ。」
「せんそうしない。こうえきする。きゃくこさせる、おうのやくめ。」
「わかった。客が来たら売れば良いんだな。」
「せいひんのしゅるい、ねだん、あとでそうだん。それと、もうひとつ、じょうけん、ある。もりのき、きらない、はたけ、ひろげない、やくそくする。」
「役目を引き受けて、森の木を切って畑を広げなければ住んでよいということか。税はとらないと?」
「ぜい、とらない。やくそく」
「じゃが、あんた以外のオーガが襲ってきたらどうすればいい。」
「こくみん、まもる、おうのつとめ、こくみんおそう、おう、たたかう」
「....儂らを守ってくれるというのか!?」
流石の村長も戸惑ったようだ、周りの村人達と相談を始めた。長く感じる時間が経過したが、オーガキングは我慢強く村長の返事を待っている。遂に村長が、
「分かった、あんたの国民になろう。」
と回答した。
「では、にんげん、このくに、6ばんめのしゅぞく。エルフ、ドワーフ、アラクネ、ラミア、オーガ、にんげん。」
「おれ、これから、にんげんのくににつづくみち、こうじする。10にち、かかる。それまで、みち、とおれない。まぞくのくにのこくみん、なりたくないもの、いてもよい。でも、でていくの、こうじがおわってから。こうじ、おわったら、どくりつせんげん、する。おさは、おれと、いっしょにいく。はなし、おわり。おれ、かえる。ごえいのこす、このむらのまもり。」
と言ってからオーガキングは仲間のところに引き返していった。
「おい、親父。良かったのか? 魔族の下に付くことになるんだぞ、人間の国の敵になるということだぞ。」
「構わん、国が俺達にしたことを考えてみろ。無理やりこんなところに連れてきて、魔物の森の開拓を強制しやがった。俺達は必死の思いでアルトン山脈に道を作りこの村を開拓した。開拓する途中で何人の仲間が死んでいったことか。そのくせ、少しでも作物が取れる様になったら税だけはきっちり取っていきやがる。国に恨みはあっても恩は無い。今回のことだって、避難しろと命令はするが、ここを追い出されたら俺達がどうなるかなんて考えてないさ。そんな国に従うだけ馬鹿を見るだけだ。だったら、税はいらないという魔族の王に付いてみるのも一興だ。それよりおまえはどうするんだ。Aクラスの冒険者なんだろう。ここに居たら苦労して手に入れた地位を無くすことになるぞ。」
村長と隊長が何やら言い合っているが、村人達はとりあえず命が助かったことに安堵している者が多い。
その後、村長から改めて俺達に村の護衛の依頼があった。俺達は魔族の国の住人になるかどうか決めていないと話すと、それでも良いと言う。オーガキングの話では人間の国に戻るにしろ、今から10日間は人間の国に続く道が通れない。その間だけでも良いから村の護衛をして欲しいと言う。オーガキングは村を守るといったが、どこまで信じて良いか不安だと言うのが本音らしい。ケイトと相談し、依頼を引き受けることにした。どうせ俺達も今から10日間はこの村に残るしかないのだから。
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