14. オーガキングを訪ねる精霊王
(精霊王視点)
村を襲っていたオーガを雷の魔法で倒してから、私は一旦森に戻った。戦いの最中にオーガ同士がしていた会話が気になったのだ。魔族の言葉なので人間達には分からなかっただろうが、オーガキングの悪口を言っていた。ソフィアがあの村にどの程度滞在することになるのか分からないが、二度とソフィアに危険が及ぶ様なことがあってはならない。オーガキングがあのオーガ達を差し向けたのであれば、釘を刺しておかねば。
オーガキングには会ったことがある。10年ほど前に単身で私の元を訪ねて来たのだ。あの頃彼はオーガの王になったばかりだった。私の元に来た目的は、彼の理想実現のために、精霊王である私の協力を取り付けるためだ。彼の目標は魔物の森を魔族の独立国として人間に認めさせることだと言った。先代のオーガキングが人間との戦いに敗れてから、魔物の森は人間に開拓という名の侵略にさらされ続けている。この300年でなんと面積が半分になってしまった。だが、魔族たちは散発的に抵抗を示すものの、種族間の連携が取れず人間の軍隊に対抗できない。魔族をまとめ上げて人間の軍隊に対抗できるだけの組織を作り上げ、魔物の森を不可侵の独立国と認めさせること。それが彼の悲願だった。
その時私は、是とも否とも言わず、まずは戦うことなく魔族をまとめ上げてみろ、それから考えようと答えた。先代のオーガキングの様に、他の種族を力で支配しようとすれば失敗するぞと。そうは言ったが、本当は体よく追い払っただけだ。一部の魔族は私のことを神の様に崇めている。確かに精霊は死ぬことはない。決まった姿も性別すらない。通常の生き物で無いのは確かだ。だが正直な話、私自身、自分が何者であるか知らないし興味もない。それにあの頃はソフィアを育てるのが面白くて、面倒なことに巻き込まれるのは御免だったのだ。
オーガキングが住んでいる集落に向かう。着いてみると、なんと以前集落だったものが町と呼べる規模になり、簡単ではあるが木で出来た家々が並んでいる。オーガである彼がどこから家を作る技術を手に入れたのかと訝しんだが、町に居る魔族たちを眺めて納得した。オーガはもちろん、エルフ、ドワーフ、アラクネ、ラミアと、この森のすべての魔族が共存している。家を作る技術はドワーフ当たりから手に入れたのだろう。
私は、数人の配下を連れて道を歩くオーガキングを見つけ、しばらく観察した。昔会った時には腰に魔物の皮を巻いているだけだったのが、今はちゃんとした服を着ている。このデザインはエルフの物だろうか。道ですれ違う魔族たちは、オーガキングを怖がることもなく、むしろ親しげに声をかけており、オーガキングの方も気軽に挨拶を返している。彼らとの仲は悪くは無い様だ。私はオーガキングが建物の中に入り、数人の配下以外には人影がないことを確認してから姿を現した。以前オーガキングが私に会った時と同じ、ソフィアの母親の姿だ。私を認めるなり、オーガキングは私の前に土下座し頭を下げた。
「精霊王様! このような場所に来ていただけるとは光栄の至りでございます。」
精霊王と聞き、オーガキングの配下達も慌てて頭を下げる。
「マルシよ、無事、魔族の王となった様だな。まずは、よくやったと褒めてやろう。」
「ありがたきお言葉、このマルシ、今日ほど喜びに打ち震えた日はございません。」
「して、これからどのように動くつもりだ? 約束じゃ、話次第では力を貸そう。」
「ハッ、まずは人間の国に対して我らの独立と領土の範囲を宣言いたします。ただいま地図を用いて説明させていただきます。」
オーガキングが配下のひとりに何か囁くと、そのオーガは急いで大きえな地図をもってきて床に広げた。このような物まで使いこなすようになったとは! とひそかに感心する。
「まず、領土ですが、この大陸を南北に貫くアルトン山脈を境とし、これより東を魔族の土地とします。アルトン山脈より西の土地は不本意ながら人間共にくれてやります。」
なるほど、思い切ったものだ。300年前まではアルトン山脈を越えて遥か西まで魔物の森が広がっており、当然そこには魔族達が住んでいた。だが先代のオーガキングが人間との戦いに敗れてこの方、人間達は森の木々を次々と切り倒しながらその領土を拡大してきた。明らかな侵略であるのだが、種族毎に分かれて連携を取ろうとしない魔族達は、人間の軍隊の調略と各個撃破の戦略により、侵略を止めることが出来ずにいる。最近ようやく人間達の領土拡大が止まったのは、何か状況が変わったからではない、人間達の領土がアルトン山脈の麓まで至ったからだ。流石に高山が連なるアルトン山脈を越えて開拓事業を継続するのは困難だったのだ。
「悔しいですが、すでに多くの人間が暮らしているアルトン山脈の西側まで我らが領地と主張すれば、人間との戦争は免れないでしょう。もちろん、戦って負ける気はありませんが、戦争になれば我が方にも多大な被害がでるのは必定。可能な限り戦いは避けたいと考えております。このアルトン山脈を領土の境とすれば、山脈が天然の要害となり、攻めるに難く守るに易しです。いざという時に人間の軍の侵攻をたやすく防ぐことも出来ましょう。」
「なるほどな、じゃがここはどうするつもりじゃ。」
と私が指さしたのはソフィアがいる人間達の開拓村だ。この村だけが例外的にアルトン山脈の東にある。アルトン山脈は高山が連なっているが、このあたりだけ例外的に山が低く、辛うじて馬が通れる道が通っているのだ。その道を開設出来たことにより、人間の村が作られたわけだ。
「人間達が軍を進めるとすれば、間違いなくこのルートになりましよう。山中に堅固な砦を設けます。人間達に独立を宣言するのは、秘密裡に砦を作ってからにするつもりです。独立は人間共に気付かれずに砦を作れるかどうかにかかっていると考えております。完成までに気付かれると、軍の侵入を防げないでしょう。」
「して、この村の人間達はどうする。」
「住んでいる者たちには悪いですが、この森から出て行ってもらうつもりです。」
「ほう、初めて意見が合わなかったな。悪いことは言わん、その者たちに選択の機会を与えてやれ。残りたいと言ったら、6番目の魔族として国民にしてやるのだ。」
「人間を魔族にですか!?」
「別におかしくはないぞ、昔は人間も魔族の種族のひとつだったのだ。」
これは本当のことだ。本来、魔族と人間を区別する理由はない。魔族の中で人間が突出した繁殖力を持っていたために数が増えただけだ。
「そうなのですか...。しかし、人間がこの森に残るとなると安全を保障できません。魔族は多かれ少なかれ人間を憎んでいますから。」
「そこを、お主が守ってやるのだ。村の人間共はお主に感謝するだろう。良いか、国として独立したとしても人間との付き合いを無くしてはならん。未知の物には大きな恐怖が湧く。関係を断てば、一時的に戦いを避けることは出来ても将来より大きな戦いが起きるだろう。戦いを避けるには、お主たち魔族が人間の敵ではないと示すことが肝要だ。独立後も国内に人間達が住んでおり、幸せに暮らして居れば何よりの宣伝になる。そのことを知らせるためにも、人間の国と交易を行い互いに繁栄する道を探すのじゃ。武力を持つことは必要だが、相手に恐怖を与えるだけでは国を保つことは出来んぞ。」
「精霊王様、私が愚かでございました。かならずやその様にいたします。」
口から出まかせの理論だが、うまく説得出来たようだ。これでオーガキングはあの村を守るだろう。神の様に思われているのは鬱陶しいが、偶には役に立つ。
「分かれば良い、ところで、今日その村に攻め込んだオーガ達はお主の差し金ではないと思ってよいな。」
「なんと! 私の指示ではございません。誰か? 心当たりのあるものはいるか?」
と周りの配下達を見回している。すると配下のひとりが発言した。
「お恐れながら、ダラム達ではないかと...。人間の村に手を出すなという王の命令に公然と反発しておりました。」
「なんと...。精霊王様、すぐに止めに参ります。」
「あわてずとも良い。その者たちは儂が始末した。」
「そうでございましたか。精霊王様のお手を煩わせたこと、偏に私の不徳のいたすところでございます。どうか我らオーガ一族をお許しください。責は私が負います。」
「過ぎたことは良い。ただし、今後同じことが起こったら覚悟することだ。」
「寛大なお心に感謝いたします。私の命に代えても二度と同じことは起させません。」
「良い返事じゃの。ならば、儂も褒美としてお主の計画に協力せねばならんな。」
まあ、ソフィアの安全のためにも少しは協力してやろう。それから私はオーガキングに、人間の軍の侵攻を防ぎ、かつ交易を容易に行う方法について話を始めた。
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