灰かぶらせ娘
黒幕横丁
灰かぶらせ娘
昔、西国にお硝という炭問屋で奉公をしている娘がおったそうな。
持っていた可愛さと気前の良さで店では人気者だったのだが、その炭問屋には三人の娘たちがおって、お硝はいつも彼女らに陰でいじめられていた。
「どうして、アンタが人気モノなのよ」
「アタシたちよりモテてるって生意気!」
「そーよ!そーよ!」
炭問屋の娘たちはお硝の髪をつかんだり、着ている着物をボロボロにしたり、陰湿ないじめをしてはお硝を泣かせていた。
そんなお硝にも一人味方が居たのだ。同じ時期に炭問屋へと奉公に来ていた、お雪だった。
「おしょうちゃん、大丈夫?」
三人娘が立ち去ったタイミングを伺って、お雪はお硝の助けきたのだ。
「おゆきちゃんありがとう。もう大丈夫だから」
お硝は着物をパンパンと軽く叩くと、すくっと立ち上がる。
「旦那さんに一度いうべきだよ。これじゃ、おしょうちゃんの体がいくつあっても足りないわ」
「旦那さんに言ったら、更にお姉さん方の逆鱗に触れちゃうかもしれない。そしたらおゆきちゃんだって危ないわ。もう慣れたから大丈夫、平気よ」
お硝はそう言って笑って店へと戻るのであった。
しかし、お硝は決して平気なわけではありません。夜な夜な寝床に入ってはぎゅっと枕を握りしめて涙を流します。
こんな暮らしとはおさらばしたい。お姉さん方をギャフンと言わせたい。そう誓って眠りにつく日々でした。
さて、そんなお硝の願いが天に通じたのか、お硝たちが奉公していた町である日、呉服屋の若旦那の嫁候補を町の中から募集するという瓦版が張り出されていたのだ。
これは一生にあるかないかのチャンスなのでは?とお硝はやる気になったのであった。
しかし、炭問屋の三人娘もその瓦版を見ており、嫁を選ぶ選考会に向けて着ていく着物などを選んでいたのだ。お硝はその様子を覗き見していたのだが、三人娘たちの選ぶ着物はどれも高そうで到底自分には手が届きそうにないものばかりだった。
はぁ、とため息をつくお硝に、お雪は傍に駆け寄ってきた。
「おしょうちゃん、どうしたの?」
「おゆきちゃん。瓦版見たでしょ?呉服屋の若旦那のお嫁さんを探すやつ。あれに私も参加したいんだけど、お姉さん方が着ている着物が高いから、私なんてきっと若旦那に振り向いても貰えないわ」
「そんなことないわ。おしょうちゃんは綺麗だもの。きっと呉服屋の若旦那さんも気に入ってもらえるはずよ。そうだ、着ていく着物に困っているのなら私のを貸してあげる。ちょっとこっちに来て」
お雪に手を掴まれてつれていかれた先は、お雪の部屋だった。お雪はつづらの中からとても高そうな着物を取り出した。
「おゆきちゃん。これ、どうしたの?」
豪華な刺繍の入った着物にお硝は目をまるくしたのだ。
「母上が奉公に行くときに持たせてくれた着物なの。これなら、若旦那も振り向いてくれるわ」
「でも、そうしたらおゆきちゃんはお嫁さん選びに出られないじゃない」
お硝の言葉にお雪は首を横に振った。
「私はいいの。おしょうちゃんならきっと選ばれるから、自信をもって!」
「うん!ありがとう」
時は、呉服屋若旦那のお嫁さん選び当日。お雪に着付けと化粧をしてもらったお硝は、それはまぁ大層綺麗な娘へと変貌したのであります。
町行く人々も皆お硝の姿に見惚れ、お嫁さん選びに参加している町娘たちはざわつきます。
そのお硝の姿を一目見た呉服屋の若旦那は、この人こそが運命の人だと、お硝の手を取り、あっという間にお嫁さん選びは決着がついたのでありました。
こうしてお硝は見事、呉服屋の若旦那と結ばれて、炭問屋の三人娘たちをギャフンといわせるという夢が叶い、幸せに暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。
と、思ったでしょう?これにはまだ続きがあるのです。
それはお硝たちの祝言を迎えて間もないこと、お雪が祝いの品を持ってお硝の嫁いだ呉服屋に行った時の話でございます。
「おしょう……ちゃん?」
お雪が嫁いだお硝の姿を見て愕然としました。身なりは豪華な着物をその身に包み、煙管をふかしながら気だるそうにお雪を見るのです。
「何?私は今凄く忙しくて灰に塗れたアンタの顔なんて見たくないんだけど?」
「灰って、おしょうちゃん、一体どうしちゃったの?」
一緒に炭問屋で働いたころのお硝とはまるで違う態度にお雪は困惑してしまいました。
「この裕福な暮らしが案外楽しくってね。もう、あんな暮らしは思い出したくもないのよ。灰かぶり娘はさっさと帰って頂戴?」
「そんなっ、酷いっ!」
冷酷なお硝の態度にお雪は泣いて呉服屋を去っていきました。
「これで、気にすることなく裕福な暮らしが出来る」
お硝はそう言って煙管をふかします。
それから数日たったある日、お硝に罰が下るのです。お硝の嫁いだ呉服屋が火事で何もかも無くなってしまいました。
「なんで?なんで?」
絶望の中で焼け落ちた店をただただ見ることしか出来ませんでした。
すると、お硝の目の前に見覚えのある娘が現れました。豪華な着物を着ていましたが、顔はお雪そのものでした。
「お、おゆきちゃん、たすけ……」
お硝はわらをも縋る気持ちでお雪に助けを求めました。すると、
バサッ。
お雪はなんとお硝の頭から灰を振りかけたのです。
「……へ?」
あまりの行為に、お硝は口をポカーンと開きます。
「これで、アンタもおあいこよ。ざまぁみなさい」
何処か悲しそうな顔でお雪がそういうのでした。
実はお雪は裕福な家の生まれで、社会勉強として奉公に出されていたのですが、お硝の一件で傷心家に戻って暮らしていたのですが、お硝の嫁ぎ先が火事になったということを聴きつけ、呉服屋に資金を融資する為に来たのです。
こうして、お雪たちの融資のおかげで呉服屋は再建したのでありましたが、その代わり、お硝はお雪の下女として働かされる日々になったとのことです。
人の恩を仇で返してはいけないお話だったとさ。
めでたしめでたし。
灰かぶらせ娘 黒幕横丁 @kuromaku125
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