金玉デカくして睨む月は青

山川 湖

(夢は叶う)≠「夢は叶う」

 木嶋きじまみなとが囲炉裏で炒めたポップコーンは、しかるべき瞬間に放射状--弾け、鍋蓋を吹き飛ばして宙を舞った。

 ぱちっと快音、はだけたトウモロコシの嬌声が耳朶を打った。

「イくピヨ!!」

 木嶋の睾丸が怒張し、膨張し、頭部に比肩する大きさになる。陰茎は下からの圧力に押し出されるがゆえ、勃起もしていないのに体と垂直になるまで起こされる。

 射精は、しない。性的興奮は全て睾丸の内部へと溜まり、弾性力に濃縮還元される。質の高いエクスタシーは、SAFEセイフを求める脳みそにSAFEXORセイフェコサーを与えた。

 肉絨毯の重鎮。



 串カツ宇宙。宇宙の上底・下底と定義されるポイントを串刺しに、「終わらない架橋」を作り出した世界。宇宙を横断する串は、地球-月のL1付近を通過している。

 串は、その身に粘着ネズミ花火「カツ」を一つだけ纏わせている。月に並ぶサイズを持つカツは地球と月のラグランジュ点に位置し、人類の月の鑑賞を阻害した。

 地球側に位置するカツの先端は、重力に導かれるまま餅のように伸張して、我らが青き星に日々近づいている。月側でも、地球程の速度では無いが同じ現象が見られていた。



 大学の食堂にポップな喧騒。ペニスとヴァギナを丸出しにした科学オタクたちが手拭いを頭上で振り回し、「さよなら人類」を輪唱している。空気感染でセックスをする斑らの人類ぴよ「さよなら人類」を輪唱している(高音)

「月でポップコーンが弾けたら、もっといい音がすると思うんだ」

 木嶋は針金でペニスをきりもみ状に縛り上げ、友人の高倉たかくら宗佐そうさに語った。

「重力に縛られないから、もっと、良い音が--きょ〜う、じんるいがはじめて〜--出る出るの巻」

「どうやって月に行くんだ?」

 金玉おじさんの掻痒コンテンポラリーダンスを華麗に踊る高倉が問うと、木嶋は「The nationl pedestrian's dick see me trussed up in an angry vagina. 芋芋芋芋芋芋いもいもいもいもいもいも、ふひひ」と笑った。

「カツがもうすぐ地球に届く。月までの道ができる」

「特訓がいるぽよ」

「特訓をするぴよ」

 木嶋は無重力を装うように舞い、食堂脇のバケツを蹴り上げる。ピンク煮汁が床に広がれば、百人組手の始まり。科学オタクたちが一斉に手拭いをねじり、棍棒にして木嶋に襲い掛かった。

 丁々発止の肉銀杏にくいちょう。木嶋の睾丸が扇状に広がり科学オタクたちを丸ごと包み込んだ。

「俺に、知恵を与えたまえ!!」

 睾丸の内側から、鬨の声に似た「--御意」という返事の反響がした。


 カツが大気圏に突入した時、空気摩擦で燃焼を始めた。たちどころにカツの先端から顔を出した灰色の竜の頭に、人類は恐れ慄いた。観測当初の報告とは打って変わり、あと三日もすればカツの先端は地表に衝突するとピサロ鉄道より発表があった。

 準備の整っていない人類ぴは焦っていた。そんな折、動画サイトに一つの希望がアップされた。動画の中で、木嶋湊は金玉にミサンガをつけてチュルチュル、ジョセフィーヌ。

tab,tabndtdt7|3、ナタデココ美味え、あ、ヨダレ出ちゃ...sein piyopiyoエモエモ海老カツ食べてたまるか脇五郎。ピストルモロコシの出番ですよ」

 人類は歓喜し、種子島に巨大な砲台を急遽仮設した。砲台より放たれた一つのトウモロコシは竜の首元に刺さり、体内に留まった。

 竜の体温に温められたトウモロコシは、時限爆弾の容量で弾けた。ポップコーンの快音が世界に響くその時には、竜の頭は内部からの自壊に耐えかねて、胴体から崩れ落ちた。



 地球-月のL1に宇宙ステーションが完成して久しい。「カイワレ煮凝り」と名付けられた球状の施設には、木嶋の乗った宇宙鹿が停泊している。

「鉄の掟。うきき」

 木嶋が窓外を一瞥する。数キロメートル先に見えた一本の線は、果てがなく、視界には収まりきらない長さを持つ串。

「今この瞬間、木嶋は人類で最も宇宙の中心に近づいている」

 衛星中継に映された彼の勇姿に、そう言葉が添えられた。

 彼の活躍は、日本でも度々ニュースになっていた。

「ピサロパブの鬼エントリー。宇宙の中心にたどり着いた彼。是非、日本人として頑張っていただきたいですね」

 木嶋は宇宙鹿に乗って残りの道を急ぐ。

 ついにたどり着いた月の表面。そこで炒めたポップコーンは、仰々しく弾けた。



 --パチッ!


 木嶋の睾丸は、象のように広がった。金玉の形が、元のサイズに戻ることはなかった。

(夢が叶った......)



 そこからは、また別の人生の始まり。鳴り止まない電話のコール。木嶋個人の携帯電話に、取材を求める要望の嵐。何度か受けたが、最後の質問は決まってこうだった。

「ずばり、次の目標は何でしょう? もしかして、串カツ宇宙の果てでポップコーンパーティーですか? 肉ピソカ?」

 嬉々として尋ねるインタビュアー。木嶋が最後に受けた取材で、彼は痺れを切らして、ついに声を荒げてしまった。

「公務員だよ!ねじり金玉が!」

 ついに鳴り止まなかった電話の音に、木嶋は心を病んでしまった。



 精神治療の過程で、先生が尋ねた。

「君はなぜ、ポップコーンの音に快感を覚えていたんだ?」

 木嶋は目にクマを携えながら、答えた。

「昔、山奥で小学生にならない程度の少女の遺体を見つけたんです。うつ伏せの彼女は全身が焼け焦げて、顔もぐちゃぐちゃになっていました。

 遺体の数歩奥には、トウモロコシで出来た家がありましたが、炎上していました。トウモロコシが適度に弾けていて、家が燃えているのに、なんだか賑やかなリズムだったんです。そこで思いました。自分の目の前にある遺体は、グレーテルなんだと。それに気づいた時、思わず金玉が膨らんだんです。それからというものの、ポップコーンの弾ける音を聞くたび、グレーテルの遺体を思い出し金玉が膨らむようになりました。同時に、このイメージの呼応に対して、自分自身で恐怖も感じていました。だから、ポップコーンの弾ける音そのものに純粋に興奮できる方法を探してもいたんです。それさえ見つかれば、自分の頭の中でグレーテルはこれ以上死なずに済むんです。そして、その答えは月にあった」

 木嶋、笑ぴぴ。


 帰り道、若年の女代議士が木嶋に近づいた。

「あなたは、あなたが思っている以上に、人々の希望の上に立っている」

「そんなものの上に立ちたいだなんて、言ってない」

「あなたには、世界を救う責任があるんですよ」

「何をすればいいんだ?」

「宇宙の果てで、ポップコーンを弾けさせましょう。あなたの夢でしょ?」

「夢なら既に叶った」

「夢に限りがあっていいんですか? もっと欲張っていいんじゃないですか? あなたはまだまだ現役で頑張れる年齢なの。あなたは宇宙の中心に、最も近い人なの」

「俺にとっては違う。俺にとっての宇宙の中心は、いつだって、あのグレーテルの遺体だったんだ。そして、それは俺にとってどうしようもないほどに忌々しかった」

「私はあなたが羨ましい。死ぬほど、死ぬほど、死ぬほど!」

 ちんぽ食うほどの沈黙ぅ。

「考えておく」

「ありがとう、それは、まさに、ありがとう」

 女代議士は、去りゆく彼の背中に叫んだ。

「夢は、叶いますよ!」



 宇宙ステーションから串カツ宇宙の下底へと一歩踏み出した木嶋は、次の一瞬間のうちにその道程の過酷さを理解した。

「重力が、放射状!」

 串カツ宇宙の引力に体を引っ張られる。衛星を介して通信をしていた官僚は「大丈夫。流されて、もっと先に行って」と返すだけだった。

 木嶋は安堵して重力の流れに身を任せたが、彼の睾丸は放射状の引力に従ってみるみる膨らんでいた。

「ああ!やめて!やめて!......やめて」

 睾丸は月の大きさにまで膨らみ、引力に耐えかねて、弾けた。

 木嶋の流した一粒の涙が、串カツ宇宙の底に沈んでいく。


 --パチッ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

金玉デカくして睨む月は青 山川 湖 @tomoyamkum

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ