第2話
家に戻った颯太は、前使っていた水槽を探すため、レジ袋を机の上に置いて押し入れを引っ掻き回した。
口を結んでいなかったレジ袋から、そのまま金魚がスイーーッと出てきた。
何にも縛られないように、自由に部屋の中を泳ぎ回る金魚。
「やれやれ、おおざっぱなやつだ」
貴一は呆れて、金魚を捕まえるのも放棄して、床に座り込んだ。
「あった、あったよ! きーちゃん」
「そうか、よかったな。使えるとは思えんが」
貴一の返事を聞いているのかいないのか、颯太はそのまま小さな水槽を金魚に被せた。
スイーーッ……
当然、金魚は何食わぬ顔で上面から出ていく。
「あ、水入れるの忘れてた!」
「問題はそこじゃないと思うぞ」
またもや貴一の返事に反応することなく、颯太はお風呂場に向かい、小さな水槽いっぱいに水を汲んできた。
「よし、これでOK! 赤金~~、こっちおいで~~」
水槽を床に置いた颯太は、手を伸ばして赤金を捕まえようとした。
だが、簡単に捕まる金魚ではなく、颯太を遊ぶように右へ左へと逃げていった。
「学習しろバカ。袋を使って捕まえろよ」
「あ、そうだったそうだった」
自分でも間抜けだと思ったのか、ほんの少し顔を赤くして、颯太はレジ袋で金魚を捕まえた。
「きーちゃん、この子って水に入れていいの?」
「今更かよ! 知らねぇよ!」
レジ袋を持ったまま右往左往してる颯太だったが、答えは案外早めにわかった。
ぴょん、と金魚が一跳ねしたかと思うと、金魚は水槽の水の中にトプンと沈んだ。
「わぁ、すごい!」
「こいつ、水もいけるのか!?」
驚いた颯太と貴一が水槽に顔を近づけたおかげで、二人の頭がぶつかった。
ゴツン──
「「痛っ!!」」
「いってぇな! 周りをよく見ろ!」
「いたた……。あ、きーちゃん、あれ!」
涙をこぼしながら、颯太が金魚を指差す。
「あ!}
さっきまで水槽の水の中にいた金魚は、再び浮遊して、部屋の中を泳いでいた。
「なんだよ、水が好きなのかと思ったら、そうでもないのかよ」
「きーちゃん、もう一回水槽に入れるから手伝ってくれない?」
「無駄だよ。上が開いてたら出てきちまう。蓋はないのか?」
「ふた? 水槽はこれだけだよ」
「うーん、なんか重しになるものは……」
「僕、エサあげる!」
「また急だなおい」
何が颯太をそうさせたのか、急に押し入れに戻ると、またごそごそ漁って一人夢中になっている。
だが、水槽の近くに保管していたのか、颯太は割と早く戻ってきた。
「食べるかなぁ」
颯太は、エサの蓋を開けると、数粒を掌に乗せ、金魚の前に差し出した。
「そんな、うさぎにエサやるみたいに……。斬新なやつだな」
プイ──
「あ!」
物珍しそうに颯太の手に近づいた金魚だが、吟味するように口を近づけたあと、興味なさそうにそっぽを向いてしまった。
「食わないな」
「あやしんでるのかも」
颯太はそういうと、金魚の近くにエサを置いて、自分は遠ざかった。
……。
だが、相変わらず金魚はエサに興味を示さなかった。
「警戒してるとかじゃなさそうだな。浮いてる金魚だ、なんか別の物食べるのかもしれん」
「べつのものって何?」
「それは、……知らん」
「えー、きーちゃんなのに?」
「お前な──」
ピンポ──ン
貴一が颯太に言い返そうとしたとき、颯太の家のチャイムが鳴った。
「はーい」
この家はインターホン式ではない。しかし、颯太はチェーンもせず、なんの警戒もないままドアを開けた。
「ちょっといいかしら!」
ドアを開けると、50代くらいの年配のおばさんが、少し苛立ってるように不躾に体を中に入れてきた。
「お母さんいる?」
「あ、いえ、ママはいません」
「お仕事?」
「はい」
「じゃ、他に大人の人いる?」
「いえ……、いません」
「全くもう、こんな小さい子を一人にして、だから非常識なのよ!」
颯太のことを心配してるようには見えないおばさんは、苛立つように腕を組んで、俺たちを見下ろした。
「あのね、ここのお宅、随分若い奥さんだけど、だからかしらね、ゴミを出す時間帯を守ってくれないのよ」
「?」
颯太が意味を理解できずに首を傾げた。
「ゴミを出す時間帯! 夜中にゴミを出してるでしょ!? あれ、猫やカラスが寄りついて荒らすから困るのよね! ゴミを出す時間は朝6時から8時の間にってちゃんと回覧板にも書いてると思うけど!?」
小学生の子供相手に、まぁまぁの本気口調で怒るおばさん。貴一は、少し離れた場所から、苦い目で見ていた。家の問題であるから、本来は自分が口を出すべきではないと思っていたが、貴一は、颯太には荷が重いと判断した。
「ちょっと待ってください」
「ん、何? この子のお兄ちゃん?」
「いえ、友達です。ゴミ出しの時間ですが、この子の親は、出勤する時間が早いんです。ですから、その時間に合わせてゴミを出してるので、ゴミを出すのがしょうがなく早くなってしまうんです。この子に頼むと、ゴミを出すのを忘れちゃうことがあって。でも、ご近所の迷惑になってるのはわかります。すみません」
そこまで話すと、貴一は颯太に方を向いた。
「おい、颯太。近所の迷惑になってるようだから、これからはお前がゴミを忘れずに出すんだ。じゃないと近所から苦情がきちゃう。できるよな?」
「え、う~ん、……わかった」
「この通り、この子がゴミを時間通りに出すと言ってますから、それでよろしいですか?」
「子供の約束じゃなくて──……」
「?」
おばさんが怒りの口調で話しを続けようとしていたが、急に黙ったので、貴一は怪訝な顔をした。
「それならいいいわ。よろしくね。じゃ」
それから、急に我に返ったおばさんが、急に物分かりがよくなって、すんなりドアを閉めて帰って行った。
「やれやれ、お前んとこもご近所付き合いが大変だな」
「きーちゃん、赤金が」
「え、うわ!」
おばさんの威圧で下を見ていて貴一は気づかなかったが、おばさんのいた場所のすぐ真上に赤金が浮いていた。いつからそこに居たのか、よくばれなかったなと、貴一は今更胸を撫でおろした。
「こっちまで来てたのかよ。おばさんにばれたらややこしいことになってたから、よかったな」
「そんなことよりきーちゃん、赤金、なんか前より赤くなってない?」
「え?」
颯太にそう言われて、貴一はマジマジと赤金を見つめた。
最初見たときは、屋台でよく見かける普通の金魚だと思った貴一。今見つめると、確かに、いくぶん赤の発色がよくなっている、気がする。
「確かにそうかもしれないけど、魚が色変わりするのはよくあることだ。慣れない環境より、落ち着いた環境に長くいると、魚っていうのはよく発色する」
「この短時間で発色よくなるの?」
「うぐ……」
珍しく颯太に正論を言われて、貴一は黙ってしまった。
「なんかね、さっき赤金がおばさんの頭つついてるの見たんだよ」
「何? そんなことしてたのか? っていうか、よく見てたな」
おばさんは結構な本気の調子で怒っていたのに、と貴一は思った。
「それでね、なんか、おばさんの頭を、何か食べるようにつついてたんだ」
「何か食べるようにって、何だよ? ふけとかか?」
「わからないけど、なんか食べてた」
「お前の勘違いなんじゃないか?」
「違うよ、僕見たもん」
珍しく譲らない颯太。
「でも、俺たちの頭には何もしなかったぞ? 大人のふけを食べるのか?」
「それは……そうだ、外行こうよ!」
「はぁ!? 急になんだよ?」
「僕たちだけじゃわからないよ。他の人でももっと試してみないと!」
「え、おい!」
そういうと、颯太は貴一の返事も聞かずに靴を履いて外に出た。
赤金もそれについて行く。
「なんで赤金までついていくんだよ」
貴一は慌てて、颯太が忘れた鍵を取りに戻り、きちんと家の鍵をかけて颯太のあとを追った。
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