浮遊金魚 ~きーちゃんと颯太~
七幹一広
第1話
小学生という年齢は、遊ぶのが仕事のようなもので、学校終わりや休日は、子供たちが意味もなく集まり、意味のあることを見つけようとしてせわしなく動き回る時間だ。
貴一と颯太も例外ではなく、休日の、朝早くから近所の公園に向かっていた。
「ねぇ、きーちゃん、どっちが先に公園に着くか勝負しない?」
「しない。走るのは嫌いだ」
「え? 走るから公園に行くんじゃないの?」
「別にそういうわけじゃないし、公園で走るなら今走らなくてもいいだろ」
「じゃあ、公園でどっちが速いか勝負しようよ」
「しない。どうせお前の勝ちだし。負けるとわかってる勝負するかよ」
「じゃあ、公園で何する?」
「楽しいこと。できるだけ気分が晴れること」
「ふーん」
颯太は、貴一と勝負できなくて少し残念そうな顔をしたが、いつもこんな調子なので、大して気に留めなかった。
何か他に楽しそうなことがないかと、脇道に視線を剃らした颯太は、あるものを見つけた。
「きーちゃん、金魚だ!」
「は?」
「あそこ、ほら」
「こんなとこに金魚屋? …………はぁ!!?」
颯太の指差す方向を見た貴一は度肝を抜かれた。貴一は、てっきり金魚売りの露天商が店を出しているのだと思った。しかしそうではなく、視線の先にそのまま本当に金魚がいたのだった。
そう、まさしく宙に浮いて泳いでいた。
別に特異な金魚ではなかった。よくお祭りの屋台で売られている、赤色の小さい金魚だった。ひれをなびかせて元気そうに泳いでいる。
「浮いてる……よな?」
「捕まえようよ、きーちゃん!」
貴一は正直不気味で仕方なかったが、颯太は好奇心が勝り、貴一に提案しながら既に走り出していた。
「あ、おい!」
待て、と貴一が言ったときには、颯太はもう金魚に飛び掛かっていた。
えい、とこそ言いはしなかったが、大雑把な手つきで金魚に手を覆いかぶせた。
スイーーーー……
もちろん、金魚の方もそんなに簡単に捕まえられるはずもなく、まさに子供をいなすように簡単に逃げてしまった。
「よっ、とっ、ほっ!」
それでも、砂糖に釣られるアリのように、ただひたすら颯太は金魚に手を伸ばした。
「はぁ……」
あきれた貴一は、傍に捨ててあったスーパーのレジ袋を手に取り、金魚の前に軽くかざした。
スイーーーー……
「あっ!」
と颯太が驚いてるときには、金魚はもうスーパーのレジ袋の中に吸い込まれていた。貴一はレジ袋の入り口を縛り、いとも簡単に金魚を掴まえた。
「すげーー! きーちゃん!」
「いや、こいつが大人しいだけだ。割と物怖じしないみたいだな。でも、こいつ本当に何なんだろう?」
「何って、金魚でしょ。飼うの?」
「普通の金魚が空中を泳ぐかよ! こんな生き物いるかな? なんかかなり珍しいんじゃないか?」
まだ小学生の貴一と颯太には、今捕獲している金魚の奇妙さが、今いち理解できていなかった。彼らにとっては、空中に泳ぐ金魚は、アマゾンにいる大蛇や、ゲーム画面の中にいるモンスターとあまり変わらないものだった。
「飼うの?」
珍しい生き物に興奮している颯太が、待ちきれずにもう一度尋ねた。
「いや、うーん、うちでは飼えないな……」
「じゃ、うちで飼っていい?」
「え、本気か? 面倒見れるのか?」
「前屋台で売ってた金魚飼ってた。すぐ死んじゃったんだけど……」
「失敗してるじゃないか。どうせろくに面倒見なかったんだろ」
「今度はちゃんとするから、ね、お願い!」
「いや、別に俺にはなんの権利もないけど……。飼いたいなら飼えばいいんじゃね?」
「やったーーー!! これからよろしくな、赤金!」
「あかきん、って名前にするのか、その金魚」
「うん! よし、家に水槽あるからまずは家に戻ろうよ!」
「公園はいいのか? ていうか水槽で飼えるのか? その金魚」
金魚はレジ袋の中でも相変わらず宙に浮いていて、水を必要とはしていなかった。
だが、颯太はそんなこと気にしてないようで、家に向かって走り出していた。
「あ、おい! ったく、逆戻りか」
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