35.状態が浦島太郎なんだが?

 目を覚ますと、侯爵の寝室に居た。

 どうやら、眠らされた後ここに運ばれたようだ。


 塔の中も外も騒がしい。

 怒声が聞こえ、思わず身を固くする。


 一体、何が起こっているのだろうか?


 窓の外は明るく、空には建国祭の時に浮かぶ魔法のバルーンが飛んでいる。

 塔の下を見ると、大勢の騎士が黒い鎧の集団を相手にしている。あの鎧は焚書魔術組織、エルランジェ公爵が討伐した残党だ。


 建国祭のイベントが始まったんだ。


 長い間寝てしまったみたいだが、今は何日目で何時なのだろうか?


 身体を動かすと、パタンと音を立てて本がベッドから滑り落ちる。王女殿下の絵本だ。王女殿下が魔法を解いたと言っていたが、もしかしてこの絵本を呼び寄せたのも彼女だろうか?


 絵本に落とした視線は、シーツに描かれている魔法陣を捉えた。ベッドから起き上がり見てみると、シーツいっぱいにインクで描かれているが、本が落ちていた場所だけシーツが破れ魔法陣が途切れている。


 侯爵は、私が起きないようにしていたようだ。


 ひとまず、この部屋を出よう。

 黒い手袋をはめて王女殿下の絵本を片手に持つ。髪留めを探したが、それは見つからなかった。仕方がなく髪を下ろしたまま扉に向かうと、張り紙がある。侯爵の筆跡だ。


『フェレメレン

もし目が覚めても、この部屋を出るな。

エルランジェ嬢が迎えに来るまでここでじっとしていなさい。

決して外に出るなよ。

物音や人の声が聞こえても心配するな。この部屋は外から見えないようにした。中に居る限り安全だ。

絶対に、外に出るなよ。

ディラン・ハワード』


 手紙まで残すなんて。本当に全てお見通しですね侯爵。

 しかし、そんなフリみたいなこと書かれちゃ私はもう出ていきますよ。これ以上、侯爵に抱えさせませんからね。


 ドアノブに手をかけると、執務室の方から足音が聞こえてくる。扉を開けるのをやめ、息を殺して様子を探る。男が何人かいて、話をしている。侯爵やノアではないようだ。


 心臓が脈打つ。口から出てきてしまいそうなほど、大きく。


「チッ、あの司書がどの本棚に魔法をかけて本を盗れなくしてやがる」

「計画が狂っちまう。神殿と噴水広場で待っている奴らに魔法書を渡せられねぇ」

「まるで俺たちが来るのを知っているような周到さだな。空から襲撃したのにすぐに現れただろ?」

「やはり殺すしかねぇか。上に加勢しよう」

「けどよ、あいつの魔王みてぇな強さを見ただろ?あれ本当に司書か?」

「確かに騎士と同じ服を着ていたが、自分で司書だと言っていたし……」

「まあ、今はセドリック王子殿下がいるから大丈夫か」


 男たちは侯爵の命を狙っている。


 しかも、侯爵は塔の上の方で戦っているようだ。絶対に、彼に近づけてはならない。今ここで、私が何とかしないといけない。

 

 私は深呼吸して落ち着かせ、足音に耳を澄ませる。相手はおそらく2人。

 眠らせた方が良いかもしれないが、ヘルメットで目が見られないとかけられない魔法だ。身体の自由を奪う作戦でいこう。


 足音が外へと移動し始めた頃合にドアを開けて飛び出す。黒い鎧を身に着けた2人組がこちらを見た。


「女が隠れていたのか?!」

「捕まええて人質にしろ!」


 私はすぐに人差し指を彼らに向けた。


拘束リミテシオ!」


 男たちは直立の状態になって手が動かせなくなった。

 次に彼らの足元を指さす。


捕縛プレヘンデア!」


 脚力を奪われた彼らが地面に倒れたため、ヘルメットを外してそれぞれ眠らせる。武器は全部取り上げて寝室に隠した。最後に魔法で紐を作り出し彼らの身体を縛った。

 

 執務室に静寂が戻る。足の力が抜けて地面に座り込んでしまった。

 今になって恐怖が押し寄せてくる。じんわりと涙が溢れ視界を奪う。それでも、侯爵はまだ危険な場所に居るのにここで留まっているわけにもいかない。ノアも巻き込まれているはずだ。


 2人の元に行かなければならない。


 王女殿下の絵本を手にすると、じんわりと光が宿る。王女殿下が励ましてくれているような気がした。立ち上がって執務室を出た。


「うっ……」


 階段を上がっていくと斬られて倒れていたり、氷漬けにされている侵入者が点々といる。もしかして、侯爵はこの人たちと闘ったのだろうか? 


 領地でも首都でも、今まで平和な場所で暮らしてきたから失念していたがここは剣と魔法が使われる世界だ。幻想の隣に死があるということを改めて思い知らされる。


 心臓がずっと大きな音を立てている。


 ぐるぐると巻いている螺旋階段を上るたびに、階段や部屋で敵と遭遇したらどうしようかと不安に駆られる。実際に何人か蹲っている侵入者を見つけ、魔法で動きを封じていった。


 侯爵は、こうなることを知っていたの?

 そうだとしたら、なぜ?


 ……まさか、彼も転生者でこのゲームを知っている?


 全部、聞かせて欲しい。もう何も隠して欲しくない。知らないままで、私だけ安全な場所に居たくない。


 延々と続く階段が不安を煽る。


 いつも上から下まで往復していた階段が、妙に長く感じる。実際に17階もあるんだから長いんだけど。こんなに焦っている時には果てることのないように思えてしまう。


 足よ動け。

 もっと早く。


 螺旋階段の渦を辿る。

 上がれども侯爵とノアの姿は見えない。


 幾つもの部屋の入り口が通り過ぎてゆくのに、一向に行きたい場所に着かない。


 何も知らない自分が憎い。

 力が足りないのが悔しい。


 2人に何かあったら、間に合わなかったら、そんな不安が襲い掛かる。絶えず胸に刺すような痛みが走る。駆け上がり続けているせいで息も上がっていて苦しい。


「ハワード侯爵!!ノア!!」


 気持ちばかりが前に出てしまう。耐えられず声を絞り出して彼らを呼んだ。


「フェレメレン?!」 


 侯爵の声が聞こえてきた。

 階段の先に微かな光が見える。


 上がっていくと、その先には天井が無く空が広がっていた。

 目を疑った。塔の天井が破壊されていたのだ。


 視線を下ろすと、私が立っている場所とは正反対の場所でハワード侯爵がノアを庇うように前に立っている。そして、私のすぐ近くには1人の男がいる。


 侯爵と向き合うように立っている彼は、後姿しか見えないがおそらく今まで会ったことのない人物だ。

 漆黒の髪は綺麗に整えられており、王族の礼装を纏っている。


 彼こそが、セドリック・リュドン・フェリエール。

 このゲームの黒幕で、暗躍王子だ。

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