36.まさかの伏線

 セドリック王子越しに見える候爵は、遠目にもわかるほど青ざめている。


「どうしてここに来た?!全てが終わったらエルランジェ嬢が迎えに行くというのに!」

「何で彼女が出てくるんですか?……その、彼女は私に好感がありませんのに危険を冒してまでは来ないと思うのですが」

「そんなことは決してない。それに、私の手紙が読めなかったのか?!」

「あんなの書かれていたらフリかと思うじゃないですか!」

「……フリって何のことだ?」

「やって欲しいことを敢えて”するな”って言うことです」

「まさか……君はそれで先週私の紅茶に塩を入れたのか?」

「ええ、話の流れでフリになったので」

「んもぉ~、司書長様とシエナちゃんったらこの状況ちゃんと見て?!」


 ノアがバシバシと侯爵を叩いた。

 すると、侯爵ははっとした顔になり咳払いする。


「フェレメレン、とにかく今すぐ……」


 侯爵は言いかけて口を噤んだ。侯爵の言葉をセドリック王子が笑い声で遮ったのだ。

 目の前で、肩を震わせ笑っている彼が。

 

「フェレメレンさん、やはりあなたが居ると毒気を抜かれそうです」

「え?」

「僕の事、わかりますか?」


 振り返った彼は、漆黒の髪の間から覗く翡翠色が美しい中性的な顔をしている。瞳を細めて私を見つめる。親しみや好感を抱いているように見えるが、私は彼に会ったこと……無いと思うんだけどな。


 しかしこの声には聞き覚えがある。


「お、お久しぶりです……?」

「ふふ、僕に会ったことありますか?」

「フェレメレン、どうして誤魔化した?!第六王子殿下は幼少の頃より療養をとられていて関係者でない限りお会いできないはずだ」

「だ、だって第六王子殿下はご存知のようなのでどこかでお会いしたかと!」


 セドリック王子はクスクスと笑うのを止めない。

 ノアが「気が抜けるわ」と言って呆れたような表情で溜息をつく。


「そう、まだお会いしていませんでしたね」


 セドリック王子が変身の呪文を唱えると、見慣れた男性に姿を変える。ロッシュ様だ。髪の色も瞳の色も変えていたのだ。


「ロッシュ様……!」

「僕も司書長と同じく、あなたが居ないから安心していましたのに」


 ロッシュ様、モブじゃなかったんだ……どうりで雰囲気があるわけだ。

 エドワール王子がロッシュ様のことを把握してない官僚って言ってたのは伏線だったのか。


「あなたを塔から離したかったのに上手くいかず焦っていました。塔に来てみて姿が見えなかったのが、どんなに嬉しかったか」


 セドリック王子は唇を噛みしめて目を伏せる。悔しさを滲ませる表情は、私の記憶からある一言を思い出させた。


 私を襲った官僚が「第六王子殿下がお呼びです」と言っていたことを。


「ま……まさか、あの官僚たちは王子殿下が?」

「ええ、閉じ込めていれば巻き込まなくて済むと思っていましたのに。現れてしまっては致し方ありません」


 どくん、と心臓が鳴る。


 私は要点を繋げられていなかった。


 セドリック王子がなぜ図書塔にいるのか?


 佳織の話では、彼は噴水広場に悪魔を連れて現れるはず。


 彼は建国祭で悪魔を呼んで騒動を起こす。

 ジネットは聖女の力で彼が連れてきた悪魔を眠らせる。

 それがこのゲームのクライマックスのイベント。


 その悪魔はどこから来るのか?


 てっきり、セドリック王子が召喚するものだと思っていたけど、違うかった。

 ノアの中に居る悪魔を起こしていたんだ。


 悪魔を召喚するにはそれ相応の代償が必要になる。でも、あらかじめ召喚されて眠っているものを起こすならリスクは低いはずだ。


 彼は、図書塔を襲撃してノアから悪魔を取り出していたんだ。


 セドリック王子の手が伸びてくる。

 私は拘束魔法を放ったが、あっけなく防がれた。心もとない間合いはかろうじてとることができた。


「なぜ王子殿下がこんなことをなさるのですか?!」

「そうですね、私怨と正義のため言ったところでしょうか」

「私怨と正義?」

「ええ、あの罪人は私の兄の将来を奪ったのです」

「そんな……そのようなお話は聞いていませんが?」

「そうですね、なぜなら国王陛下父上や司書長たちが隠しているのですから」


 彼は凍りつくような視線を侯爵に浴びせて言い放った。憎しみに満ちた瞳に、見られていなくとも当てられてしまう。侯爵は苦虫を噛み潰したような表情になる。


「第五王子殿下のことは不測の事態が重なり起こったのです」

「なぜそれを公にしない?」

「図書塔と王族の秘密に触れかねないからでございます」


 セドリック王子殿下は鼻で笑いあしらった。


「そうやって罪を塗り重ねて来た結果が兄上の犠牲でしょう?あの悪魔を利用するために、死なないから閉じ込めておくだなんて国民を欺き続けたツケを罪もない兄上に押しつけるなんてどうかしている」

「王子殿下、あなたはまだお聞きになられていないでしょうが、ノア・モルガンはこの国を守るためにその身に悪魔を眠らせているのです」

「そんな話で僕を騙せると?この悪魔憑きを飼うために何百年も語り継いでいる作り話は聞いたよ。父上は僕が王太子になれると思ってないから教えてくれませんでしたが」

「どのようにお聞きしたかは存じかねますが、お話しなかったのには国王陛下にお考えがあってのことです」

「そうやって欺き続けようとする……!あなたたちの罪は今日、我々が裁く!真に国民を大切する王室へと生まれ変わらせます」

「王子殿下、お聞きください」

「……頑なですね。いつまでそうしていられるでしょうか?」


 セドリック王子は息をつく間もなく私との距離を詰めてくる。魔法を放つこともできず腕を掴まれ、あっという間に後ろから身動きを封じられた。


「フェレメレン!」

「やめろ!」

「近づけば斬りますよ」


 侯爵とノアが動くと彼は剣の刃を私の首に当てた。


「ノア・モルガン、魔法を使って助けてはどうなんです?詠唱も魔法陣も無しで使えるんでしょう?」

「今日みたいに満月を迎える日に魔法を使えば悪魔の飯になっちまうじゃねぇか」

も、満月の夜でしたね」

「……まさか、あの場所に居たのか?」

「ええ。罪を償うべき場所で、お兄様を襲ったのを見ましたよ」


 沿わされた剣の刃がそろりと首を撫でる。

 侯爵が「お止めください」と叫べば叫ぶほど、刃は強く押し付けられる。ちりっと痛みが走る。残酷なほどに麗らかな日差しが、侯爵の表情を照らす。

 セドリック王子の低い笑い声が聞こえ、冷たい手で心臓を撫でられているような心地がした。


「そうですね、大切な部下のフェレメレンさんは知らないようなのでここで教えてあげます。あなたが隠してきたことを」


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