03.麗らかな朝とざわめく心と

 麗らかな天気が見守ってくれる再出発の朝、私は図書塔の扉と睨めっこしている。かれこれ20分、深呼吸してはドアノッカーに触れようとするのだが、いかんせん手が震える。

 だって、中で待っているのは鬼上司と名高いハワード候爵。しかも、意中の人と2人きりのところ私が入っていくなんて、どう思われるのか想像しただけで胃が痛い。

 あまりの様子に扉の前で警備している騎士の2人が心配してくれた。


「ほら、もう一度深呼吸したら大丈夫だ」

「頑張れ!気合いだ!」

「そ、そうですね!スーハー!」


 騎士の2人に両側から声援を送ってもらい励まされて私は深く息を吸って、吸って、吸って、吐き出した。深呼吸して上を見上げると、空まで伸びるような塔がこちらを見下ろしている気がした。

 騎士様が傍に居てくれるから怖くない、大丈夫。でも、傍に居てくれるのって扉までなんだよな!

 そう思うとやはり心細い。


 図書塔は限られた人しか入られない。騎士であってっも許可がなければ入れないのだ。頼もしい騎士の温かな視線に見守られつつ私はドアノッカーに手をかけ、数回叩く。するとドアノッカーの装飾であるフクロウがくちばしを動かし、そこから男性の声で返事が聞こえてきたかと思うと、扉が開かれた。

 扉から出てきた人物を見て、私は思わず息を呑んだ。その人物は夜空のような紺色の髪を持ち、瞳は透き通った氷のような水色だ。その端正な顔立ちが目と鼻の先に現れて私は思わず固まってしまった。さすが乙女ゲームの世界。攻略対象でもないモブでもイケメンが多い。……これから毎日この顔を見るの、慣れるのかな?


 いかんいかん!厳しいお方の前でこんなアホ面を晒したら何と言われるか。それに惚れてしまたらマジでこんどこそ私の司書人生消えてしまう。


 急いで顔面を整えて再び彼の顔を見ると、あちらも何やら奇妙な表情で私をじっと見ていた。なんだか、複雑そうな顔だ。


 そりゃあ、好きな人と2人きりだったのにこんな小娘がいきなり来たら複雑よね。


 私はひとまず笑顔で簡単に挨拶をすることにした。


「初めまして、本日からこちらに配属になりましたシエナ・フェレメレンです。早くこちらでの仕事を覚えられるよう最善を尽くしますのでよろしくお願い致します」

「ああ、遅かったな」


 ハワード候爵はそう言うなりスタスタと階段を上がり始めた。私は扉を閉めてついて行く。


 遅かったなって……あ、もしかして初日はもっと早く来いってこと?一応指定された時間の30分前なんだけど。それにしても素っ気ない。せめてこれから頑張っていこうなーくらい聞かせて欲しかった。

 期待はしてないけど、鬼上司って聞いてたから期待はしていなかったけど。なんだか売られていく何かのような気持で彼の後に続き塔の中を進んでゆく。


「すご……」


 塔の中は外観よりも広く感じた。魔法書を収める場所だからそれなりに色んな魔術が付与されているのかもしれない。入ってすぐには倉庫代わりの小部屋と階段があり、見上げれば壁は全て本棚である。窓にはステンドグラスがはめ込まれており、陽の光が入り込むと幻想的な影が床に落ちる。この装飾にも魔術が込められており、簡単には割れないそうだ。ハワード候爵によると、囚人は1・2階部分には入ってこれないらしい。したがって、この辺りの本はここを管理する司書が自由に持ち込めるようだ。


 管理する司書の執務室は一応あり、図書監獄塔の司書長であるハワード候爵の執務室は2階部分、私は3階部分にある。……私の部屋は囚人さん入ってこれるんですね。なんだか恐ろしくなってきた。

 しかも、なんだかこの塔に入ってから視線を感じる。人は私とハワード候爵と囚人さんだけしかいないはずだ。……もしかして霊とか?

 同僚から聞いたのだが、ここに配属されて辞めていった人の中には幽霊に追いかけられたからって人もいたらしい……聞かなきゃよかった。


 急に寒気がしてきた。ぞわりとする感覚に逃げ出したい気持ちを抑えてハワード公爵の後を追いかける。


 ハワード候爵に私の執務室まで案内してもらうと、候爵は簡単に私の仕事について説明してくれた。

 私のここでの仕事は、悲しいことにほとんどが雑務だ。食事や洗濯ものの運搬や掃除、本棚の整理や本の手入れや事務処理。あとは魔法書が本部の王立図書館から送り込まれてきたら魔法を読み解き適正な本棚を選定して並べたり、魔力が弱ってきた本を見つけて王立図書館に転送することや蔵書のリスト作成。……まあ、そこは王立図書館でもしていた司書らしい仕事かもしれない。

 あとは、ノア・モルガンつまり囚人さんの身の回りの世話と監視である。私みたいに非力な司書が務まるのかというと、これもまた先人たちの技術の結晶のおかげでできるのである。囚人さんが私に攻撃しようとしたり逃げ出そうとしたら私たち監視の司書は図書塔の本棚に触れて彼に魔法をかければ拘束できる。彼の身体には特殊な印が刻まれており、その印はこの図書塔と連動しているのだ。


「不満そうだな。雑務が嫌なら今すぐにでも辞表を書けばよい。何なら紙とペンを用意してやってもいいぞ」

「へ……?」


 私はハワード候爵の顔を見た。彼はこの上なく冷たい目で私を見ている。その口の端は上がっており、いかにも挑発して楽しんでいると言った感じだ。私はさすがにかっとなった。


「いいえ、不満はありません。どのような形であれ本を通して国の役に立つことが私の望みです」

「……そうか、その意気込みがいつまで続くか見物だな」


 ハワード候爵は鼻で笑った。


「いつまで突っ立っている?囚人に顔合わせするぞ」

「……はい」


 たぶん、すごく嫌われている。

 マイナススタートを感じた私は気が重くなる一方であった。

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